第2話 癒しのマスターは、オネエなエルフ
この先どうしようかと考えながら歩いていると、私は村に唯一であろう酒場を一軒見つけた。
小さな窓から暖かい明かりが漏れおり、営業中のようだ。
村の端に建っていたその酒場は、冒険者が来ることを想定しているのか、小さな村にしてはそれなりに大きかった。
看板には、”せせらぎ”と書かれている。せせらぎか。酒場の名前にしては、可愛らしい。
店の扉をくぐると、中はいくつかのテーブルとカウンターがあり、店主が一人で切り盛りしているようだった。
私は一人だったので、カウンターに座った。
マスターは優しく微笑んだ。
酒場のマスターは、珍しいことに、エルフだった。
その金髪碧眼の美しい見た目に、エルフの特徴の長い耳。女性の自分からしても、綺麗な人だと思った。
私は少し緊張しながら注文する。
「果実酒をください」
「はい、おまちどお。どうしたの?酷い顔してるわよ?」
んっ?
一瞬、頭が混乱した。
マスターの見た目に反して、無駄に男性のいい声が発され、私は驚いた。
見た目はどう見ても女性のように美しいのに、その声は明らかに男性のものだった。
言ってみれば、オネエのエルフだった。
しかし、それすらすぐ気にならなくなるほどに、私は憔悴していた。
少々イケボな程度の美少女、いやおじさん?エルフって何百歳まで生きるんだっけ?
……とにかく、そんな人がマスターをしていたって……全く気にならないほどに……
いや、さすがに少しは気になったけど。
「……酷い顔……そうですか?……そうかもしれません」
私は空元気で、そんなことない、とかさし当りのないことを答えようとしたが、自分でもそうできなかったことに驚いた。
それほどまでに、パーティを追い出されたことに衝撃を受けていたのだろう。
「よかったら、話……聞くわよ?もちろん、無理には聞かないけど……」
オネエ、エルフ、マスターという属性大盛り全部乗せ……そんな人が相手だというのに、そのマスターの距離感は絶妙なもので、私はしばらくお酒を飲みながら話すと、つい心を開いて、今あったことを全て喋っていた。
そして、始めは冷静に話せていたのに、喋れば喋るほど、言葉に詰まりだした。
「ひん゛っ……わ゛だし……みんなのこと考えて……やっでぎだのにっ……」
「わかるわ……大丈夫よ。落ち着いて話して。いくらでもここでゆっくりしていいからね……」
で、今に至る。
「う゛え゛えぇえぇっ……ぉ゛ぇ゛ッ……」
そりゃもう泣きすぎて、咳き込むレベル。
女の涙は武器とかいうけど、その噂は嘘だって、今判明した。
だって、酒場にいた男たちは明らかに私から距離を取っている。
笑いたくば、笑え……
地位も名声もモテもいらぬ。
天使のリリーがなんぼのものだ。
泣きたいのだ、私は。
結局、その後私は、記憶を失くすまでお酒を飲んだ。
翌日になれば自業自得にも、私は宿屋で二日酔いに苦しんでいた。
その日から、私は、毎日その村の宿で昼まで寝ては、酒場”せせらぎ”で朝まで飲み、大泣きするという飲んだくれライフを送ってしまっていた。
こんなワンダフルライフは望んでいないけど、他にどうすればいいかわからなかった。
ブレイズ達は、私を置き去りにして、既にこの村を発ち、次の目的地へと向かったらしい。
薄情とかそんなレベルじゃない。
そんなに嫌われていたのか、私。
私が人目もはばからず毎日大泣きするせいで、恐ろしいことに、酒場の客数は明らかに減って、客足は以前の半分ほどにまでなってしまっていた。
お客さんからすれば、大声で泣き喚いている女がいる側で美味しく酒なんて飲めないのだろう……
それなのに、マスターは優しく、私を決して追い出そうとしなかった。
マスターの名前は、エイヴェリアというらしい。
エイヴェリアはお荷物みたいな私を、追い出さず、酔いが進めば勝手にお酒を薄めて、いつの間にか水を飲まされて、美味しいご飯で元気づけてくれたのだった。
そんなエイヴェリアに感謝をしながらも、結局酒場の負担になっていることに、私はさすがに罪悪感を感じていた。
ある日、私はいつも通り、酒場に顔を出した。
何日も経ったこともあり、私の大泣きはだんだんと控えめになってきてはいたが、酒場には毎日通っていた。
すると、珍しい事に、十人ほどだろうか、結構な人数の団体が、酒場でにぎやかに食事をしていた。
私はカウンターについて、エイヴェリアに話しかけた。
「エイヴェリア、なんだか今日は賑やかだね」
「あらリリーちゃん。いらっしゃい。あの子たち、二つのパーティなんだけど、合同で強力な魔物を討伐するらしいの」
「ふーん……二パーティで挑むって、魔王にでも挑むつもりかな?」
「魔王ではないけど……けっこう強い相手みたい。で、ここからが本題」
「本題?」
「どうやら、どちらのパーティにも、ヒーラーがいないそうなの。回復薬で乗り切れるかどうかを、話し合ってる最中みたいよ」
「へ、へぇ……」
私は露骨に目を泳がせた。
そして、必死に興味がないふりをした。
別に、ヒーラーがいないパーティは珍しくもない。
そういうパーティは、回復薬を持って、連携しながら自らを回復する。
もちろん、ヒーラーがいるパーティと違って、戦闘中に手を止めて
「リリーちゃん、どう思う?」
「い、いいんじゃないかな?別に、珍しくないよ、そんなの。お、応援しようじゃないですかぁ……温かく見守ろう?」
「なんで保護者目線なのよ……そうじゃないでしょ、リリーちゃん」
エイヴェリアは、訴えるような目で、まっすぐ私の目を見た。
「う……」
エイヴェリアが言いたいことは、何となくわかる。
でも私は怖かった。
自信も何も、無くなってしまっていたのだ。
無能、不要、お荷物。
私は人にそう思われる存在なんだと、すっかり卑屈になっていた。
でも、そのたびにエイヴェリアが否定してくれるから、最近は少しずつマシにはなってきていたけど。
「リリーちゃん、私は、リリーちゃんがいっぱい泣くのを止めないわ。いっぱいいっぱい悲しんで、苦しんで、それでも止めないのは、リリーちゃんがいつか、前を向いて立ち上がれるって、信じていたからよ」
「うん……」
エイヴェリアのまっすぐな言葉に、私は弱い。
「私は、今がその、最初のチャンスだと思うわ。もちろん、今じゃなくても、いつか前を向いてくれればいいとは思ってる。いつ前を向くか、決めるのはリリーちゃんよ」
エイヴェリアは優しく微笑んだ。
「……私……また頑張れるかなぁ……」
「大丈夫よ。何回でも言うけど、リリーちゃんなら、大丈夫」
「……わかった」
私は、決意すると、自分の頬を、両手で軽く叩いた。
「わかった!行ってくる!」
「頑張って、リリーちゃん!」
イケメン?美人?なエイヴェリアは、ハンカチを振って見送った。
私は、賑やかな二つのパーティが集まったテーブルへと、少し震えながら進んだのだった。
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