完璧主義のヒーラーは、勇者に追い出されたら普通にヘコむ。

八塚みりん

第一部

第1話 むせび泣く、回復術師


「うええぇぇえぇ~~~ん……ひどいよぉ゛ぉ~~~~!!」


 私、リリー・ティアベールは、酒場のカウンター席の隅で泣いていた。

 

「う゛え゛ぇぇえぇ~っ……ひっく……」


 いや……正確に言えば、泣いているなどという表現は生易しい。


 私は……むせび泣いていた。

 涙と鼻水を全開で垂らしながら、人目もはばからず泣いている。


 これでも、私は勇者パーティの清楚担当って感じだった。

 回復術師ヒーラーという役割もあって、人々は私のことを”天使のリリー”なんて呼んだりもして、私もちょっと気に入ったりしていた。


 やだな、天使だなんて、照れる照れる。


 ……で、それがもはや見る影もなく、涙と鼻水でべちょべちょになった顔を拭きすぎて、すでに純白のローブの袖は、汚れきってしまっている。


 無様だ……。

 何が天使だよ。


 酒場にいるほとんどの人に白い眼で見られながらも、私はそれを気にする余裕すら持ち合わせていなかった。


 それでも、酒場のマスターは優しかった。


 人はつらい時に泣くのではない……優しくされたときにこそ感情のダムが決壊するのだ。

 私は生まれて初めてそれを知った。



 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 事の発端はたったの数時間前だった。




 勇者の仲間たちと共に、故郷から長い時間をかけて、魔王を倒すために旅して来た私達。

 すでに、旅の終盤と言っていいほどに、目的地に近づいてきていた。


 魔王の支配領域は日々広がって来ており、この村の近くまでも強力な魔物が現れるようになっていた。

 だから、私たちは安全を見て、大きな街でもないこんな寂れた村で、小休止することにしたのだった。


「ふふ、完全回復薬を見つけるなんて。こんな小さな村なのに、行商の薬屋さんの品揃えが良くて助かった~」


 私はいい買い物ができて、小躍りしながら宿屋へと戻っていた。

 その手には、虹色に光る珍しい薬品が入った小瓶があった。

 私は回復術師ヒーラー。皆を回復して、死なせないのが仕事だ。

 もし、私の魔力が尽きてしまったら……その時が最期なんていうのは避けたい。

 そのための、完全回復薬だ。

 奥の手の先の、更に奥の手。

 みんなの命を握っているからこそ、どこまでも慎重に用意する必要があるのだ。


 まあでも今思えば、何も知らずに、いい買い物ができてご機嫌でいたこの時の自分を、殴りたい……。


 私が戻ると、既に仲間たちは買い物を終えて戻ってきていた。

 どうやら、私が最後の一人のようだった。


「お待たせ~」


 ご機嫌な私がそう言って部屋に入ると、何故か重々しい空気が漂っていた。


「ん?何々?作戦会議していたの?」


 私が尋ねると、パーティ……つまり冒険仲間の皆は、顔を見合わせた。

 そして、勇者であり、このパーティのリーダーであるブレイズが、口を開いた。


「リリー、それ、薬をまた買ったのか?」


 ブレイズは、私が持っている虹色に光る小瓶を見て、そう聞いてきた。


「え?う、うん。いい薬があったから……いざというときに備えてね!」


「はぁ……」


 ブレイズは大きくため息を吐いた。

 そして、隣のメンバーと顔を見合わせる。


「何……?なんかまずかった?」


「なあ、リリー。俺たちは今、金に余裕があるわけじゃないんだ。回復を間に合わせるのがお前の仕事だろ?どうして魔法薬を買う必要があるんだ?」


「それは……急に魔物たちが強力になってきたから、最後の手段にって思って……だって、危ないでしょ?魔力が切れたら……」


「いいや、いらないね。無駄遣いだ。もし薬なんか必要なら、お前の能力不足ってことだろ。違うか?」


 ブレイズは譲らなかった。


「でも……」


「ほら……な?もう決まりだろ、ロイヤー」


 ブレイズは、隣にいた剣士のロイヤーにそう言った。

 ロイヤーも、小さくため息を吐くと、頷いた。


「ねえ、何?言いたいことがあるなら、はっきり言ってよ」


 ロイヤーたちが、少し前まで私のことを話していたような素振りをしていたので、私はもやもやしてしまい、思わずみんなにそう言った。



「実は、お前がこのパーティに相応しくないんじゃないかって話をしていたんだ」



「えっ……?」


 ブレイズの口からその言葉を聞いた瞬間、私の頭の中は真っ白になった。

 不思議なことに、人はびっくりすると、言語を理解する能力が半減するらしい。

 その後ブレイズが言った言葉は、何か知らない言葉でも聞いているかのように、理解するのに時間がかかった。



「それで、今確信に変わったよ。お前は、もう俺たちについてこれないんだ。だから、ここで別れよう」


「な、何言って……冗談だよね……」


 ブレイズは、私の幼馴染だ。


 えっと、幼馴染だったよね……?

 あまりに冷たいし、酷いことを言われているから、ちょっと自信がなくなってきた。


 同じ故郷で小さいころから育ち、彼は勇者の家系だった。

 そんなブレイズと一緒に育ち、私は彼の助けになりたくて、本当に小さいころから、回復術師ヒーラーとしての修練を積んできた……多分。


 それなのに、今、私はブレイズに、こんな魔王のすぐ近くまで来て、パーティを出ていけと言われている。


 周りの他のメンバーを見ても、みんな目を伏せて、私の方を見ようとしない。

 それは、つまり、誰も反対していないということ?


 嘘でしょ。

 つい数時間前まで、お風呂に入ってなさ過ぎて誰が一番臭いのかとか、全力で馬鹿にしあってた仲じゃない。

 ……その時言いすぎたとかじゃないよね?

 いや、衝撃すぎて、まともな方向に頭が働かない。

 落ち着け、落ち着け……


「回復は……?私がいなくて、どうするつもり?」


「ルリナがいる」


 そういうことか。

 私は心の中で、悔しいながらも少し納得した。


 ルリナは、ほんの二つほど前に訪れた街で味方になった女の子だ。

 ルリナはその街で聖女と言われており、強力な光魔法が使える。

 そして、補助的な回復魔法も使えるのだった。


 確かにルリナがいることで、リリーも回復が楽になっていた。

 しかし、ルリナの回復魔法はあくまで補助だ。


 ルリナだけで、回復ヒールを回しきれるはずがない。


 しかし、ルリナは聖女と持ち上げられていたことや、その美貌もあり、すぐにブレイズのお気に入りになっていた。

 最近のブレイズはあまりにルリナに甘く、私は表には出さないけど苦虫を嚙み潰したような顔でそれを見ていた。

 だから表というか、顔色にはちょっと出てたかも。


 本来なら、私は、冷静になって、ルリナだけでは回復が足りないということを、理性的に話すべきだったのかもしれない。


 でも、私は何よりも悲しかったのだ。


 ブレイズが、幼馴染の私に、こんな旅の終盤でパーティを出て行けと言ったことが。



「そっか……そっか。皆もそう思っているんだね……」


 リリーは最後にもう一度、他のメンバーの顔を確認した。

 ルリナも、最後の一人の弓使いのジュールも含めて、誰も私の顔を見ようとしなかった。


 そっか、じゃあいいや。


 今までの旅の思い出も……楽しかったことも、苦労したことも、乗り越えてきたことも、全部、全部無駄だったんだ。

 私には特別な仲間で、大切な日々だったのに、みんなにはそうじゃなかったんだ。

 私は怒りを感じたかったのに、湧いてくるのは悲しみと、無力感だけだった。


「私を追い出して……それでヒールが回ると思ってるの?」


 それでも最後になんとか、悪あがきみたいに、私はそう言った。

 ヒールが回る……全員に的確に行き渡る……って考えさえ、したことないんだろうな、きっと。

 誰も、何も言わなかったから、私は荷物をまとめて、そのまま部屋を出た。

 誰も別れなんて言ってくれなかった。



 私は宿屋の外の道を、一人でとぼとぼと歩く。


 どうしよう、行く場所なんてない。


 故郷からここに来るまで、ずっとブレイズ達と一緒だったのだから。


 村の外の魔物は強力だ。

 私一人では村の外に出ることすらできない。

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