第4話 久しぶりの、ヒーラー

 翌日、私はなんとか遅刻することなく、集合場所へと到着した。

 久々に早起きしたせいで、死にそうな顔をしていたけど。


「今日は、二パーティ合同で作戦を行う。敵は、ミノタウロスだ!指揮は俺、アランと……」


 アランはそう取り仕切ると、エルバートのほうを手で指した。


「エルバートだ。それから、今回はもう一人助っ人がいる。ヒーラーのリリーさんだ」


 エルバートが私を指すと、私はぎこちなく笑いながらお辞儀をした。


「リリーです、がんばりましょう!よろしくおねがいします!」


 うう……未だに人と接するパワーが戻ってきていない。

 以前の私は勇者パーティにいたから、人に注目されることもよくあった。

 というか、やたらちやほやされていたのだ。

 そんな時も誇りをもって、自信満々で対応することができていたのに、今やどうやっていたのかさっぱり思い出せなかった。




 私たちは、しばらく時間をかけて歩いて、ミノタウロスがいるという北東の森の近くまで着いた。

 森の中で戦えば、見通しが悪く、大勢いる私たちにとっては不利だ。

 だから、平野で戦うために、エルバートとアランだけが森に入り、ミノタウロスを誘い出す事になっていた。

 私と、五人のアタッカーたちは、しばらく開けた場所で待機した。

 私はその間に、構成を確認する。


 アランのパーティは、四人。

 アランが前衛の大盾剣士、アタッカーが三人で、魔法剣士、攻撃魔法使い、弓使いだ。


 エルバートのパーティは三人。

 エルバートが前衛の大剣使い、アタッカーが二人で、格闘家と、短剣使い。みんな前衛とも言える。


 戦力は申し分ない。

 きっと、すぐ倒せるはず。


 そんなことを考えていると、アランとエルバートは、重い甲冑をガチャガチャ言わせながらも、猛スピードで森から駆けだしてきた。


「うおおおおおっ!!来るぞ、来るぞ!!」


 アランはどこか楽しそうにしていたが、エルバートは必死の形相だった。

 森の奥から、背の高い木々がガサガサと揺れて、それがだんだんと近づいてくる。

 その次の瞬間、平野に繋がる木々が横に軽々と押し広げられ、大斧を振り回しながらミノタウロスが出現した。


 ブモオオオォ!


 叫び声をあげながら、その人型の大牛は、斧を大きく振り回す。


 アランは、自分がミノタウロスの一番近い場所に位置取ると、大盾を構え、突進した。

 アタッカーはそれぞれの武器の射程にあった距離をミノタウロスから保ち、私も後方へと下がって全体を見渡した。


「こっちだ、デカブツ!”シールドタックル”!!」


 アランはスキルを発動した。

 魔法を使わない前衛やアタッカーは、磨きをかけた自分のスキルで、敵に攻撃を仕掛ける。


 アランの挑発攻撃に、ミノタウロスは激怒し、敵の眼中にはアランしか見えなくなったようだ。

 前衛の仕事は、そうして攻撃を自分に引き付けることだ。


 その間に、周りのアタッカー達が攻撃する。

 魔法剣士の斬撃が、ミノタウロスの脇腹を斬りつけると、ミノタウロスはそちらに意識を取られるが、すぐに自分のほうを向くように、最も近い位置でアランが攻撃をする。


 アランはしっかりと前衛の役割を果たしている。

 私は初めて組む前衛のアランとエルバートが、どれくらいのことをできるのか少し不安だったけど、全然大丈夫そうだ。

 ミノタウロスの大斧での斬撃を、アランはしっかりと大盾で受け止める。


「ぐぅっ……!重たいな!」


 私はアランのHPに注目する。

 ミノタウロスの通常攻撃に対して、大盾で防いだこともあり、アランのHPの減少は一割にも満たない。

 アランやエルバートは前衛を務めているだけあって、他のメンバーよりHPが明らかに高く成長していた。


 ブレイズほどではないけど、余裕かな。


 私は未だ回復を唱えず、しばらく様子を見た。

 サボっていたわけではない。

 私は、自分の魔力の総量も、しっかり可視化して分析していた。

 メイナの魔術所にならい、魔力の総量を私はマジックポイント、MPと呼んでいる。


 この戦闘で使えるMPは、私が持っている最大の量のみ。

 敵を倒し終わるまで……もっと言うと、ちゃんと村に帰るまで、私はMPを切らさないようにしないといけない。



 良いヒーラーとは、最大限効率的に回復しつつ、絶対に仲間を殺さず、戦闘に勝利する者。



 それが、私の考えだった。

 そのために必要なのは、敵と味方、全体の把握、行動の先読みと、仕事タスクの整理と、優先順位の素早い決定だ。


 アランのHPが二割ほど減った時、私は基礎回復魔法の”ヒーリング”で、アランを回復しようとした。

 しかし、アランの後ろからエルバートが躍り出て、アランと前衛を交代スイッチした。


 なるほど。

 その動きが私は疑問だったが、すぐに納得した。


 もし、私がいない場合は、二割も減ったら前衛を交代して、アランがポーションで回復するのが通常なのだろう。

 ポーションを安全に飲み、HPを戻すのは、私が回復魔法を詠唱するより、時間がかかる。

 かなり早めの段階で前衛をスイッチして、交互に回復を行う必要があるのだろう。


 そんなことに納得しながらも、私は魔法を詠唱する。


「”ヒーリング”!」


 交代して後ろに下がったアランの身体が光に包まれ、HPが最大まで回復したのを確認。

 アランは驚いたように自分の体を見て、それから私の方を見て、少し微笑んだように見えた。

 アランのその手はポーチへと伸びており、私が何もしなければ回復薬を使用するつもりだったのだろう。

 癖かもしれないけど、せっかくヒーラーがいるんだから、もうちょっと信用してくれてもいいでしょ。

 とはいえ、回復薬だけでなんとかなると言っていたアランでさえ、それだけ用心深く敵に向かっているということだろう。


「回復は任せて!」


 気にしなくていい、と私はアランに伝えた。

 実際のところ、私がいれば前衛同士でスイッチなんてする必要はない。

 HPが減れば、私が前衛を回復し続ける。

 これだけの人数がいれば、すぐに敵を削り切れるだろう。



 その時、ミノタウロスが大斧を大きく両手で振り上げた。

 今までと少し違う動きに、私は警戒した。


 私たちと同じように、強い魔物もスキルを使う。

 目立った動きはその合図だ。

 おそらく、直線状の範囲攻撃。


 エルバートが慣れていれば、察知してそれを避けるだろう。

 しかし、もし当たれば、前衛でもかなりのHPを削られる。


 ここからが、私の本当の仕事だ。

 全体を見て、予測して、タスクを洗い出し、優先順位をつけて、素早く行動することが求められる。

 それができてこそ、一人前のヒーラー。

 ただ苦しそうなメンバーを回復していればいいというのでは、ポーションと何も変わらないのだ。


 私はエルバートの動きを見た。

 エルバートは、大剣を構え、その場を動かなかった。

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