第8話 ポーションと、引き換えに


 エルフのマスター、エイヴェリアの酒場”せせらぎ”で、私が働き始めてから、数日が経った。

 アラン、エルバートのパーティは、報酬の山分けを済ませると、それぞれが旅立って行った。

 二つのパーティは、あくまで今回の討伐のための同盟だったらしい。

 冒険者はそういうことも柔軟にするんだなーと、少し勉強になった。


「はい、おまちどおさま。サラマンダーの自火串焼きでーす」


 私は酒場の冒険者たちに、出来上がった料理を運んだ。

 ここもすっかり以前の活気を取り戻していて、私の仕事もまあまあ辞めたいくらい忙し……充実していた。


「だから、倒さなきゃいけないんだって!そうしないと、俺のランクが上がんねぇの!」


 次のブルーグラタンを頼んだお客さんたちは、何だか言い争いをしているようだった。

 軽装の鎧を身に着けたリーダーらしき男の人が、無表情な女の子を怒鳴りつけている。


「へーそうなんですか。でもそれでいいんだと思います。相応の評価というやつでは」


 女の子は無表情で淡々とそう話す。

 魔法使いのようで、長い杖を椅子に立てかけて、背もたれには つばの広い三角帽子をかけていた。

 大人しいというよりは、何を言われても気にしないタイプのようだ。

 最近、自分の心の弱さを身に染みて感じた私からすれば、あの態度はむしろ見習いたいほどだ。


「何が相応だよ、このままじゃ、落ちぶれる一方じゃないか。なあ、トムもなんとか言えよ」


 もう一人のトムと呼ばれた男は、小太りの優しそうな顔つきだった。

 薬品を沢山ポーチにつけているところから、薬師のように見えた。

 私は実際、それに一番興味を持った。

 こっちのことなど気にしていない三人に、私は料理を運んだ。


「おまちどおさま。青チーズたっぷりブルーグラタンです」


「あ、それ私です。わーい」


 魔法使いの子が無表情の上、棒読みみたいに抑揚のない声で喜んで見せた。

 先ほどまで怒られていたのに、やはりまったく気にしていないようだった。


「お待たせしました~」


「おいおい、呑気に食ってる場合かよ。俺は大事な話をしているっていうのによぉ」


 やっぱり気になったので、私は薬師の、トムと呼ばれた男に声をかけた。


「それ、状態異常回復薬ですよね?何用のやつですか?」


 ポーチを見て、そう言うと、トムは一瞬驚いたが、嬉しそうに返事をした。


「ああ、これかい?一部の毒と、ブラインド以外は大体直せるよ。僕の特別製なんだ」


「すごい!在庫とかってあったり……ん?」


 いやいや、待て待て。私はもうヒーラーじゃない。

 勇者パーティにもいない。ただの酒場の従業員だ。

 これを買ってどうする……

 でも、そこらの薬屋では買えない珍しいものだ。

 買っておきたい。


「在庫とかってあります?」


「一瓶くらいなら譲ってもいいけれど、何に使うんだい?」


「あー……なんというか、趣味?もしかしたら、暇なときにレジャーでヒーラーなんかやってみたりして……あははは」


 誰が遊びでヒーラーなどするだろうか。

 思わず妙なことを口走ってしまったが、トムは笑っていた。


「そうか。ヒーラーさんだったか。フリーランスなんて珍しいね。構わないよ」


「いやいや、ちょっと待て」


 瓶を差し出そうとしたトムに対して、リーダーが止めに入った。


「何タダで渡そうとしてるんだよ」


「えっと……お金なら払いますけど……」


 私がそう言うと、事態は解決しそうに見えたが、魔法使いの女の子が口を挟んだ。


「待った。私、全ての解決法を考えました。ナザールは依頼を達成したい。ヒーラーさんはポーションが欲しい。ならばこのウェイトレスヒーラーさんに依頼を手伝ってもらい、その報酬にポーションを渡せばいい。私、天才」


 魔法使いは私を指さし、ナザールと呼ばれたリーダーを指さすと、そう言った。


「そうすればオールおっけい」


「えぇ……」


 明らかに面倒ごとに巻き込まれそうになり、私はその場から逃げようかと迷った。

 しかし、状態異常回復薬は、やっぱりちょっと欲しい。


「じゃあ、内容次第ですけど、ヒーラー、やりましょうか?」


 こうして、私は三人とともに、魔物の盗伐依頼に挑むことになった。




 私はその日の仕事を終えると、依頼を手伝うため、トム達三人の元へと向かった。

 三人は、はじめからずっと一緒に旅をしているわけではないが、しばらくパーティを組んでいる仲間で、次に受ける依頼で揉めていたらしい。


 リーダーの男、ナザールは、リーダー兼前衛をしており、片手剣と盾を使って戦う。

 無表情な魔法使いの女性はモニカで、役割はアタッカー。

 薬師のトムは、薬品を使って支援をする役割だった。

 ポーションを使った回復なども薬師のトムがして来たようだったが、今回ナザールが受けた依頼では、それだけだと難しいらしい。


「リザードマンの討伐依頼なんだ」


 リザードマンは、人型のトカゲといったらわかりやすい。

 剣や盾を装備しており、連携をしてくる知能もある。

 厄介なのは、そのスピード。


「あぁ……素早いから?」


「そうだね。僕のポーションは効果には自信があるけど、経口摂取だし、効果が出るまでに少し時間がかかってしまう。その間にリザードマンの連撃を受けたらおしまいだよ」


「それなら、自信あるかも!」


 たった一体のリザードマンを倒すだけだ。

 しかしそこで気になって、私は分析スキルでナザールのHPを見てみる。


 低っ!!


 この人は、本来前衛ではなくアタッカーだけど、メンバー上仕方なく前衛を務めているのだろう。


「ここらに出てくるリザードマンに……ナザールさんが前衛……うーん」


「な、なんだよ」


 ナザールが戸惑ったようにこちらを見ている。

 私は少し迷った。

 でも、まあ、最悪取り返しがつく間に撤退すればいいか。

 私が回復さえ絶やさなければ、ナザールが死ぬことは無いはず。


「私は魔法を撃つ。バーン!でかいやつ。一撃必殺。それが当たれば終わり。だから、それまでだけ、リリーさんは回復をしていて」


「う、うん」


 モニカは相変わらず独特の表現だった。

 一撃必殺かぁ。

 リザードマンを本当に一撃だけで葬れるのなら、かなりの実力者だ。


「残念だけど、僕は今回参加しないよ。お役には立てないし、足を引っ張っちゃうだろうからね」


 トムは参加しないことに決めたようだった。

 薬品を使えば補助もできるだろうが、リザードマンみたいな素早い敵が相手だと、確かにトムがダメージを負う分だけ、私が大変になってしまう。


「大丈夫、ちゃんと落とさず回復するよ」


 私は保証した。

 何とかなるはず。

 そう、自爆でもしない限りは。

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