第6話 無明の廃墟

 不思議だが、ダンジョンの中でも星は輝く。


 澄んだ宵闇の中、天空で瞬きする星々。

 銀とオレンジ、双輝する二つの月。

 ダンジョンが見せる幻惑の夜影が、ただ濃ゆくなっていた。

 休息中に眺めるそれらは、かつて流浪の旅路の果て、寄るべなき孤独な夜を何故か思い出させた。


 孤独とは寂しさだけではない。

 一人闇夜の中で、己と向き合う刻。

 頼りなく佇み、確かなものは何一つない。

 いつも静かだった。

 月明かりが作る曖昧な影を知る。

 吹く風が伝えるのは何だろう。

 俺にあるのは、この寂しい静けさだけ。

 満たされず、そんな夜に投げかけた迷い。

 くさびが抜けない様なもどかしさが迫り、手探りで歩む岐路。

 限りある人生の旅路。

 随分遠くに来てしまったこの頼りない孤独を抱え、出口を探していた。

 暗闇の中の寄るべなき想い。

 

 俺はそんな孤独な夜を思い出していた。




 四十二階層、まるで繁栄の名残を残すかの様な、廃墟と化した都市跡が広大に広がる階層。ここの夜が明ける事はなく、ただ闇ばかりが色濃ゆい。

 さしずめ『無明の廃墟』とでも名付けたくなる。


 現在、このダンジョン内は一般冒険者の収入補償をし、その侵入を禁じていた。

 国がここまでする理由、それは未踏層攻略での不測の事態に備えたからだ。

 ダンジョンは決して優しくない。

 誰も立ち入っていない不穏な下層域。

 廃墟の薄暗い狭い通路。

 慎重にその歩を進める討伐隊を誘うのは、死臭が混ざる僅かな風。

 姿を見せぬ魔獣の気配が漂う暗闇。

 温い空気は身体にじっとりと汗を這わせ、不快な行程を余儀なくさせる。


 緊張感を維持しつつ、幾人かの騎士や冒険者が、魔鉱灯を片手に粛々と迷路の様な街中を進んでいる。





「前方に魔影! ご準備を!」


 魔力感知でモンスターを索敵した魔導師団団員から、静寂を破る鋭い声が上がった。


「抜刀!」

「「「「おおおっ!!!」」」」


 毅然とした掛け声と共に、隊の前衛最前列が動く。

 地を蹴り猛然と駆けるは、三人一組で組まれたホワイトナイツ騎士隊。

 眼前の通路にて「ゴォガァアア」と、鼓膜を震わせる獣の雄叫びが響く。

 月明かりを受け不気味に浮かぶ巨躯のモンスター。討伐難度AA(ダブルA)、体長八メートル強、レベル三十を越える獰猛なベヒーモスだ。


「陣形、両翼より挟撃、行けっ!」

「「はっ!」」


 疾風の如く迅速な連携は、鍛え抜かれた練度の証。

 魔獣は砂塵を巻き上げ、地を激しく揺らし、身をよじる様に獰猛さのまま暴れ狂う。

 暴風の様に振り回す人と同サイズの巨大な双角。それらを素早く躱し、分岐した二名の騎士が左右より躊躇なく前肢を切断。

 獣の血が吹き上げ、ベヒーモスの苦悶の咆哮が響こうとした瞬間。

 戸惑う暇さえ与えず、瞬時に距離を詰めた正面の騎士が、左足をドンと深く踏み込み、その全身の筋肉が、魔力が迸る。

 「うおぉおおお!」

 雷撃の様な速度と苛烈さで、剛剣が魔獣の硬質な肉体を一気に切り裂く。

 豪気一閃! 真っ二つに両断された暴悪な魔獣。

 轟音と共にその巨躯が雪崩の様に崩れ、無残な肉塊と化す。

 煌めきを放ち、魔獣の死骸は数舜で魔力残照を残し、さらさらと静かにダンジョンへと吸収消失された……。

 ドロップアイテム『雷火の腕輪』が空間より現れ、深紅の巨大な魔結晶がころりと転がる。



 エブライムダンジョンに潜り三日。

 マッピングされている三十階層まで、高ランク冒険者パーティでも一ヶ月以上はかかる。

 だが、五階層毎に現れるフロアボス討伐後、解放条件により転移クリスタル塔が現れる。そこに到達記録を残せば、次回よりその場所に時短転移が可能となる。


 クライブさん率いる冒険者は、三十階層到達者を中心に構成されており、その恩恵を用い討伐隊は未踏の地、三十一階層からダンジョンに挑んだ。


 総勢百名を越える隊は、中衛を魔導師団、その前後衛をホワイトナイツと冒険者が固める。

 騎士や冒険者は三人一組となり、ローテーション制でモンスターを討伐。中衛の魔導師団は後方支援に徹する。

 三人隊はクライブさんの指示の元、適時休憩を挟み回復しつつ討伐を続ける。


 数的な有利さで激しい消耗も蓄積されず、一騎当千の戦闘力は例え未踏階層でも出現するモンスターに全くひけを取らない。

 索敵探査、回復は魔導師団が一任し、数人で行う高度な魔術感知により、広大なフロアを完全マッピング化。最短距離を移動し、転移トラップの類にも一切かかる事はない。

 僅か三日で誰一人欠ける事なく、ここ四十二階層まで到達した。


 さらに、三十五、四十階層と高レベルモンスターであるフロアボス戦。

 クライブさんの指揮の元、驚く事に両階層ともバートさんが一撃で軽々と討伐してのけた。

 凶悪で人を拒むダンジョン階層は、洞窟、廃墟遺跡、草原、大森林、山間、と様々に変化するが、討伐隊は驚異的な進捗率で進んでいた。




「ふん~ふふふ〜ん、あの、リブラ坊ちゃま、フィオナは先程の休憩でクッキーを焼いております。大好きなチョコチップ入りですよ、さあ、召し上がれ。そうだ、あ~んして差し上げましょうか? うふふふ」


 完全に場違いなピクニックテンションで、フィオナは香ばしいクッキーを笑顔で差し出して来る。

 危険極まりないレベル三十越えの凶悪モンスターが出現し始め、討伐隊全体にも警戒心を強めた独特の緊張感が漂っているが、フィオナにはまるで関係ない。

 そこへ魔導師団の団員さんが現れ、遂に耐えかねたのか、恐る恐る声をかけて来た。


「だ、団長、大変申し上げにくいのですが、そろそろご警戒なされたほうが……」


 被るローブの隙間から遠慮気味かつ緊張した表情が伺える。彼はさり気なく士気が引き締まっている前衛部に視線を向けると、そろりと無言で指差した。


「ああん! なんだ、貴様。私の幸せの邪魔をする気か、埋めるぞ!」

「そ、そんなつもりは! も、申し訳ございません! ど、どうぞご自由にされて下さい!」

「わかればいいんだ、わかれば!」


 フィオナは「まったく……」と小さく呟くと、右の人差し指を立て、軽く団員の目前で振った。


「魔力視覚・強化魔術だ、いいか、見えるか? 私は既に三階層前から隊全体を覆う魔術防御結界の強度を上げている。最大、レベル四十台モンスターの一撃にも軽く耐えられる、安心しろ」

「えっ、はっ、た、確かに!!」

「お前も誉れ高い魔導師団の団員ならば、それぐらいすぐに気が付け。わかったら、行け」

「は、はいぃぃぃいいい!」


 目を丸くして驚く団員さんは、すぐにその眼差しを羨望に変えると、恭しく一礼し素早く持ち場に走った。


 こう見えて、フィオナは仕事には寡黙に誠実であり、それ故に団員にも厳しい団長で通っている。育成・指導を熱心に行い、口は悪いが評判は良い。

 ただ、俺と団員さん達に対する温度差だけはいかんともしがたいけど……。


「フィオナ、俺の事はあまり気にするな。もう油断出来ないぞ」

「はい、リブラ坊ちゃまのおっしゃる通りですね。このフィオナ、仰せに従わせてもらいます。あっ、それか、もういっそフィオナの代わりにリブラ坊ちゃまが指揮を取られますか? 全てのフォローはお任せください!」

「いや、絶対にそんな出過ぎた真似はしないから!」


 杖を片手にフィオナは「……もう、坊ちゃまならきっと立派にお出来になるのに……」とぶつぶつ言っている。

 俺は聞かなかった事にして、貰ったチョコチップ入りのクッキーをかぷりと齧り、その歩みを進めた。



 ふと雲闇なく晴れ渡る夜空を眺めると、小さな流れ星が輝き消えた。


 戦場での流れ星は不吉だと言われるが、闇夜を走るそれは儚くも綺麗だった。

 するとすぐに流星群なのか、鮮やかな虹色を放つ無数の流れ星が天を一気に駆け抜け、煌いては消え、煌いては消えを繰り返した。


 天空を染める荘厳な光の葬列。


 暫く後、もう終りかと思った瞬間だった。

 その遠大な星空を、大きな流れ星が三つ駆け抜ける。

 美しい虹彩、圧倒的な眩い輝きを放ち、流れ星は突き進む。

 だが、次の瞬間、すっとその煌きは消え去った。

 微かな光の帯が、暗闇を散り散りに流れて堕ちてゆく。

 そして、天蓋は静かで静謐な闇夜に帰った。

 ただ、静かに……。

 


 



 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 第六話をお読み頂き、誠にありがとうございます。深く、深く、感謝です。

 次回予告「期限」

 過酷な魔窟の攻略、王命ゆえの厳しさが皆を襲う。その時、俺は……。

 明日は【20:00】に更新予定です。

 頑張って書きたいと思います。

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【ようこそ、ヴィルゴ魔導占星術の館へ!】 ー魔道を究めし若き大賢者は、その正体を全力で封印するー 福山典雅 @matoifujino

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