第5話 エブライムダンジョン
激怒したバートさん、それを上回る勢いで激昂するフィオナ。
切迫する空気、漂う不穏、その勢いは止め難い激流と化し、さらに熱を帯びる。
「なんで、私が謝る必要がある! 事実を言ったまでだ。魔導師団団長フィオナ、貴様正式に王国騎士団副団長の私に喧嘩を売るつもりか!」
「うるせぇ! すぐに肩書を振りかざすな、このぼけなすが! おうおう、上等じゃねぇか! やってやんよ、どうせなら、うちの魔導師団の全勢力で騎士団をぶっ潰してやんよ! 気合入れて来いやぁ! ごらぁ!」
「貴様、発言には責任を持てよ! 私とホワイトナイツを敵に回すのだな!」
「はん! 敵じゃねえよ、うちらが一方的に蹂躙すんじゃ、ぼけがっ!」
上背高く体躯の良いバートさんが柄を強く握り込み、今にも剣を抜きそうな勢いで睨めば、背の低いフィオナは腰を落としがっつり見上げながら、その眉と口を歪めメンチを切る。
堪らず、クライブさんが立ち上がった。
「こらこら、あかんて、あかんがな! 二人とも落ち着き! ほんまに短気やな。国王様の任務が先やがな。そんなにやりたかったら、終わったら好きなだけやればよろし!」
「止めるなクライブ! 私は騎士としての矜持に賭けて、この無礼な魔導師を成敗、……って熱ぅうううう! あ、熱ぅう! こら火を出すな! 決闘の申し込みもせず、いきなり魔術を使用するなど卑怯だぞ!」
「うっさいわっ、この無礼者の痴れ者が! 私の大恩人の家で無作法ばかり働きやがって! 燃えてなくなれや、ばかちんがぁ!」
怒りに滾るフィオナが右手に業火を宿す。すかさずその左手が、短く正確に上級魔術の印を結ぼうとしていた。やばい、目がマジだ。家が燃えるどころの騒ぎではない。周辺一帯が瞬時に灰となってしまう。
と、そこに静かな声が響いた。
「…………ねえ、フィちゃん、怒っちゃ駄目よ」
姿勢正しくソファに座り控えていたカリーナが、にっこりと笑顔を作りフィオナに注意した。
「はっ、ひっいい!」
途端、威勢の良かったフィオナは息を飲み硬直すると、その顔が哀れなくらいに引きつり、さらに蒼白に変化すると発動しかけていた魔術が一瞬で消失した。
「そんな事をしたら、うちの家が燃えるでしょう。いい子だから、おとなしくしてね」
「は、はい! 申し訳ございません! イエス・マイロード!」
フィオナは素早く背筋をピンと伸ばし、そのまま直立不動で固まった。
「わかればいいの」
「は、はひぃいいい!」
カリーナの浮かべる微笑にフィオナは微動だにせず、だらだらと汗をかき小刻みに震えながら血の気が失せていた。
おもむろにカリーナの視線が優雅に移動する。
「それと、バート様、ヴィルゴ魔導占星術の館の正式なマスターに対し、敬意と礼節をもって対応するのは盟約にも記されてあります。ご存知ですか?」
静謐さを含むゆったりとした声。だが問われたバートさんは収まらぬ怒りのまま、場に割り込んで来たカリーナの言葉に対し、露骨な不快感を露わにする。
「敬意と礼節だと! そんな事は当然知っている、舐めた態度で私を愚弄にするな! 貴様らみたいな、……って、ぐっ! 苦しい!」
突如バートさんの全身が硬直し、身に纏うミスリル製の美しい甲冑がキンキンと高い金属音を発しメキメキと軋む。これは空間系拷問呪縛魔術だ。ちょっと、カリーナ!
「立場をわきまえろと言っているのです。あなた、殺しますよ。うちにはその程度の権利など、当たり前に存在します。ご存知じゃなくて?」
「ぐっ……がっ……、わ、わかった。私が悪かった! せ、正式に謝罪する!」
場の空気が凍りつく。
涼し気な表情のカリーナ。絞り出すような呻き声での謝罪を聞き、術式は解除された。
無詠唱かつ一切の起こりすら気づかせず、瞬時に放たれた高濃度の魔力圧。
さしものバートさんも冷や汗をびっしょりとかき、ぜいぜいと呼吸を乱していた。
青ざめたその身の内には凍てつく戦慄を覚え、恐怖と驚嘆の入り混じった眼差しでカリーナを仰ぎ見た。
「そ、そうか……すっかり失念していた、ぜいぜい、き、貴殿が、スクトゥム家の……ヴィルゴ伝説の再来と言われる天才か……」
隣のクライブさんも唖然とし、あんぐりと口を開いている。
カリーナはここ数年間、ヴィルゴ魔導占星術の館で代理マスターを務めていた存在。
幼少の頃から類稀な魔術の才を発揮した天才は、俺が十五歳で家を出た時に父さん達の判断により、十一歳の幼さながら館の代理マスターとなる。
うちの両親は旅好きでよく館を空ける。一応家督相続人である俺がいない間、館の代表者不在はまずいという配慮からだが、妹の高い資質が多分に影響していた。
カリーナの魔術、その魔力量も腕もずば抜けていた。僅か八歳の頃、他国の王立魔導師団と実戦形式の腕試しをし、たった一人で圧倒的な魔力と超高度な魔術式を自在に操り、僅か数舜でぼこぼこに壊滅させた。
ついでに言うなら、フィオナはカリーナが幼少の頃から魔術の練習台に使われまくり、その苛烈な才を身をもって体験。稀有な魔術師である彼女ですら死地を幾度も彷徨い、強烈なトラウマを抱えている。
静まり返る室内で、何事も無かったかのように隣に座るカリーナ。毅然とした態度で交渉に応対する姿は、俺よりも遥かに立派で経験豊富なマスターぶりだ。
でも、不遜な態度を振りまいたとはいえ、年長者を脅すのはお兄ちゃんとしては見過ごせない。
「こらカリーナ、やり過ぎだぞ。それに簡単に殺すとか言っちゃ駄目だ」
「ふぇ! ご、ごめんね、お兄ちゃん! き、気をつけるね」
無邪気な笑顔で、てへっと俺に謝る。
この場の誰も笑えなかったのは言うまでもないが、俺の可愛い妹はそんな空気をまるで気にしていない。
深い闇が瞬く。
仄かに灯りを照らすは、まばらに埋もれた魔鉱原石。ごつごつと靴裏から伝わる硬質な岩石の感触。頬をかすめるひやりとした冷気が微かな風で揺らぎ、嫌な湿り気を帯びていた。
漂う濃厚な魔素。ここは凶悪な魔獣達が無限にリポップする魔窟。
支配するは闇。蠢くは恐怖。
希少なアイテムに誘われ挑む者に、容赦なく放たれる死の洗礼。
揺るがぬ不壊、果て無き洞穴、潜むは鬱々たる終焉か、禍々しき無慈悲か。惨禍凶変の魔迷宮、ここはエブライムダンジョンと呼ばれる地。
薄暗い闇の中を、手に持つ魔鉱灯の光を頼りに粛々と隊列を組み進む一団。
油断無き騎士達の息遣いと共に、甲冑の留め具が擦れる金属音がガチャガチャと響き、臨戦態勢で瞬時に抜刀されるであろう腰の剣が暗闇の中で揺れる。
さらに巨大なバトルアックスを背負う者、宝玉を嵌めた杖を掲げる者など、慣れた身のこなしで魔窟を警戒する冒険者達が追随し、最後はその身に濃紺のローブを纏い、逐次支援に徹する魔導師団が歩む。
「リブラ坊ちゃま! 疲れてませんか? 疲れてますよね! これはもう、フィオナの膝枕でお休むしてもらうしかありません!」
「いや、まだ休憩じゃないから!」
隣を歩くフィオナが、やたらとこちらを覗き込み、にこにことあれやこれやと語りかけて来る。行軍する隊列の纏う緊張感を置き去りにし、ここが危険な死地である事さえも忘れている。
「そうだ、喉は渇いてませんか? 疲れた時はすぐにフィオナに言うんですよ。リブラ坊ちゃまに倒れられては困りますからね!」
「大丈夫だって。そんなに俺の世話ばかり焼いてたら、部下の人達が戸惑うだろ」
ダンジョン潜入時からず――っと、魔導師団の皆様から微妙な視線を感じていた。ところが、フィオナは俺の腕にその腕を絡ませると、寧ろ熱い想いを周囲に訴え知らしめるが如く、グイグイにじり寄る。
「何を言うんですか。昔から坊ちゃまのお世話はフィオナの仕事。せっかくこうしてお久し振りにお世話が出来るのです。団員の目など気になりません。坊ちゃまは本当に昔と変わらずにお可愛いですわ」
「おいおい、俺はもう十九歳だぞ」
「いいえ、年齢は関係ないのです。ガサツな騎士団や陰気な魔導師団では味わえないフィオナの幸福でございます! またお風呂に一緒に入りたいくらいです」
まったく、昔から変わらない……。
俺が四歳の頃、母さんにその才を認められた十二歳のフィオナが家に来た。内弟子として一緒に暮らし始め、俺と生まれたばかりのカリーナの世話を任せられながら、懸命に魔術習得に励む毎日を送る。そんなフィオナは何故か昔から俺が大好きで、超絶可愛がられてしまう。
何があろうと常に俺の味方で、「坊ちゃまは必ず大成し、大陸にその名を轟かす大魔導師になられるお方です、フィオナには判ります!」と褒めちぎる。子供心に「いや、それはちょっと、甘やかし過ぎでは……」と自重し、却って自分を律していたくらいだ。
十八歳で魔導師団に入団後もちょいちょいうちに来ては、「坊ちゃま、お寂しくはなかったですか? ご安心ください、今日はフィオナが一緒に添い寝して差しあげますからね!」と満面の笑顔を浮かべ、カリーナと三人で仲良く一緒に寝たりしていた。
俺が十五歳で旅立つ時は、国王陛下を御前にしての魔導師団・新魔術披露式典があったにも関わらず、肝心の主役の癖にバックレて見送りに来てしまう。
さらにカリーナと二人で号泣しながら「いっじょにいぐ~!!!」と騒ぎまくり、母さんに緊縛拘束魔術をかけられ王城に連行された。
最近は仕事が忙しいのか少し足が遠のいていたので、久方ぶりの再会に感激しまくり、最早任務を忘れて俺の世話に夢中だ。
あの日の会談から十日、俺達はダンジョンに潜っている。
エブライムダンジョン。王都近郊に7つ存在するダンジョンの中でも、唯一のSSS級難度指定の特級ダンジョン。数々のレアアイテムをドロップし、一攫千金を狙う冒険者達の狩場にして、帰らぬ事もある危険な死地。
数年前に王都西方に突如現れ、その地の様相を一変させた。
ダンジョンある所、まずは冒険者と買い取り商人が集まる。続いて簡易的な宿屋、飯屋が立ち並び、あっという間に即席の町が形成された。
発展と拡大。周辺都市領以外からも噂を聞きつけ、王都移住希望の冒険者が続々と流入し激増。当然ダンジョン街と王都は、瞬く間に外壁で繋がる。
このエブライムダンジョンは、S級・A級冒険者による懸命な探索攻略の結果、現在は三十階層までマッピングされ、多くのさらに名をあげんと欲する冒険者達が日夜挑んでいる。
そして王命を受けた討伐隊は、未だ未踏の地、三十一階層を越えさらに最深部と予想される五十階層を目指し進んでいた。
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第五話をお読み頂き、誠にありがとうございます。深く、深く、感謝です。
次回予告「無明の廃墟」
深き闇のダンジョン、その危険な深層を進む討伐隊を襲う影、その時、俺は……。
明日は【20:00】に更新予定です。
頑張って書きたいと思います。
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