第4話 盟約

「お待たせ致しました。館主のリブラ・スクトゥムです」


 応接間の扉を開き、軽く会釈をし、落ち着いた声で挨拶を述べた。


「はっ? 貴様がそうなのか?」


 いち早く、ソファに座る煌びやかな甲冑姿の大柄な男が、驚きの形相を浮かべる。

 訝しみ不審げにこちらを睨むなり、失望感を露わに、大袈裟にそのかぶりを振る。さらに「ちっ」と小さく舌打ちする音までもが聞こえた。

 いきなりの反応だが、ここは特に気にせず、場に漂う緊張感をいなしながらテーブルについた。


 旧来、占い以外でも、来訪者の多いうちの応接間は広い。

 東方の貿易国カルザスから取り寄せたカミアル・シルクで縫われたサテン素材のソファ。触れるだけでも微回復を促す天然素材は、心地よい座り心地を生み出す。


 その濃厚なダークブルーのソファに居並ぶのは、王国でもトップクラスの精鋭達。

 纏う覇気に劣らぬ豪奢な装備は超一級品、一騎当千を誇るにふさわしい武威を放っている。  

 彼らの自己紹介を受けながら、頭の中で持ち得る情報と照らし合わた。


「私は王国騎士団・副団長にしてホワイトナイツ隊長、バート・ラングラーだ。こんな若造が館主とはな、悪いが正直がっかりだ」


 正面に座り不満な面持ちを隠そうともしないのは、王国騎士団・副団長のバートさん。圧倒的武勇を誇る特級戦力、国の絶対たる守護者と呼ばれる現剣聖を父に持ち、既に次期剣聖の呼び声も高い凄腕の剣士。二十代後半ながら、騎士の頂点である王国騎士団・団長である剣王バーナードさんとは、実力的にも変わらないレベルだと言われ、精鋭部隊「ホワイトナイツ」を率いる武人。


「まぁ、まぁ、バートはん、そない言わんと。えーと、リブラはん、わいはクライブ・ボーナムや、冒険者をしとるんよ、ランクはAや。以後お見知りおきしたってな」


 右手に座り、ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべるのは、A級冒険者のクライブさん。特徴的な言葉使いは、西方バリアウエスト領の方言。彼はクエスト受注数で、ギルド歴代最高数を誇る四十代の中年冒険者。人格、人望、経験が飛びぬけて優秀な人で、多くのパーティからも慕われ、共闘クエストでも引っ張りだこだ。深い経験と知識で、準S級とも評される。


「はぅううううう、ぼ、坊ちゃま、お久し振りにご尊顔を拝し奉り恐悦至極、フィオナは嬉しゅうございますぅうううう!」


 最後に左手に座るのは、王国魔導師団・団長のフィオナ、二十七歳。うちの母さんのお弟子さんだ。かつて十五歳の時に、王都を襲った百匹を越えるワイバーンの大群を、たった一人で軽々と撃退。その後魔導師団にスカウトされ、団長にまで登りつめた勇猛な女傑。ぱっと見の気が強そうな凛とした容姿と裏腹に、俺に対しては物凄く甘くて超過保護だったりする。


 3人と対面する俺の隣にカリーナが座り、その後ろにメイドのノルンが控えた。

 これはもしかして、あれかな?


「挨拶もそこそこだが、事は急を要する。早速だが用件に入らせてもらおう」


 ピリピリとした威厳を放つバートさんが、代表として話を切り出した。

 厳つい相好は短髪のブラウンヘアーでさらに精悍さを引き上げ、ガチャリと甲冑を鳴らし腕組みをすると、鷹の様な鋭い瞳で威嚇する様に見つめられた。


「我が王国と貴殿のヴィルゴ魔導占星術の館には、古くより盟約が存在する。貴殿はこれをご存知かな?」


 やっぱりか、俺は小さく頷く。

 居丈高に顎を突き上げ、こちらを見下す目の前の武人は、王命を拝するがゆえとは言え、少々高圧的だ。


「この度、国王陛下じきじきにダンジョン攻略指令が発せられた。貴殿は我々と共に作戦にあたる義務がある!」


 その鋭い瞳がギロリと動き、強要じみた断定的な口調。

 途端、左隣に座る魔導師団・団長フィオナが、ギリッと歯ぎしりした。


「おい、バート! 貴様、何が『義務がある』だ。盟約には拒否権も存在する。そんな言い方、リブラ坊ちゃまに失礼だろうが! てめぇ、ぶっ飛ばすぞ、こら!」


 外聞を一切気にせず、身も蓋もなく王国の重鎮を叱責するフィオナ。 スラム街育ちだったせいか、地が出ると多少オラってしまう。なんかごめんなさい……。

 だが、対するバートさんは感情を排し横目で一瞥をくれただけで、その姿勢を一切崩さない。


「ふん、そんな事は知っている。だから義務と言ったんだ。私の言葉は間違ってはいない」

「その言い方が、威張っていて気に食わないと言ってんだよ! 泣かすぞ、ごらぁ!」

「なんだと! 貴殿こそ口が過ぎるぞ、フィオナ!」


 フィオナは顎を上げ「ああん?」とがっつりメンチを切り、バートさんも額に青筋を浮かべ「ぐぬぬぬ!」と怒りを露わにする。

 フィオナが俺に気を使ってくれるのは有難いが、今はもう偉い立場なんだから喧嘩はいけない。急いで止めに入ろうとした時だ。


「まあ、まあ、落ち着きや、二人とも」


 見かねた冒険者のクライブさんが、両手を大仰に広げ、おおらかな口調で割って入った。


「バートはんが気合入ってるのも、フィオナはんが礼節を重視するのも、みんなええこっちゃ。ただな、急ぎの用件なんや。今は話しを進めんと国王様に申し訳ないで。そない思わん?」

「う、うむ、そうだな。すまん興奮した」

「ふん、私はリブラ坊ちゃまに失礼のない態度なら、文句を言わない!」


 クライブさんはやれやれと肩をすくめ、俺に目配せしてみせる。

 若干不服そうだが、バートさんは軽く咳払いをすると話を再開した。

 

「こほん、今回の王命は、エブライムダンジョン、その五十階層フロアボスの討伐だ。未踏の階層を目指し、相当な高難易度任務となる。もちろん危険も伴う上に、命の保証はない。ヴィルゴ魔導占星術の館、そのマスターに問う、ご返答はいかに!」


 お前には到底無理だと言わんばかりの、叱責じみた声音。

 だが、俺が返事するより早く、再び隣席のフィオナが怒鳴った。


「おい、バート、貴様、まだ偉そうなんだよ! ここは『どうか、ご助力をお願いします』って頭下げるところだろうが! てめぇは交渉下手か!」

「ふん、私とて本来なら助力を普通に請いたい所だが、こんなへらへらした若造だとは聞いていない」

「てめぇ、坊ちゃまに対し失礼だぞ!」

「聞け、そもそも大魔導師たるヴィルゴ魔導占星術の館、そこのマスターは壮年の凛々しい男性だと聞いている、しかるになんだこの若輩館主は!」

「誰が若輩館主だ、殺すぞ、貴様! いいか、よく聞け! 六ヶ月前に正式にリブラ坊ちゃまが家督を継がれたんだ。貴様如きぼんくら騎士風情が威張りくさるな、図が高いわ! てめぇは、『うわ~ん、知らなかったんです、僕が馬鹿ちんでした、ごめんなさい、ふぇーん!』って泣いて謝れや、ぼけぇ! ねぇ、坊ちゃま」


 えっ、ここで俺? 


「あっ、どうも……」


 つい、愛想笑いを浮かべ、へらへらした。

 即座にバートさんの、苦々しい舌打ちが室内に響く……。





 【盟約】

 『ヴィルゴ魔導占星術の館のマスターは、盟約ありし者、願いあらば合力する』


 千年を越える古き友との約束。遥か昔、エルタニア王国は建国後、台頭する新興国として、様々な陰謀、災厄、困難に見舞われる。だが、初代国王は懸命に対処にあたり、獅子奮迅、不眠不休、八面六臂の活躍で事に当たる。民を想いその幸せを願い、身を粉にし、誰よりも凄まじき働きをする王は思った。


「お、お休みくらさい……」


 そこで王は、親友であるヴィルゴ女史に泣きつき、なし崩し的に特別な時だけ、裏ミッションを有料で受けてもらう約定【盟約】を定めた。休暇申請である(笑)。

 「もう、大変なのはわかるけど、あまり甘やかすと君の為にならないんだからね!」とヴィルゴ女史は渋々条件を飲み、本当にきつそうな時だけ、【盟約(休暇申請)】を受け付けたと言う……。


 だが、問題があった。王はこっそり休暇申請という事を隠し、その内容だけを臣下に伝えた。【盟約】だけで言えば王族相手に対等以上。スクトゥム家が圧倒的に有利な条件。

 当然議会で物議を醸し紛糾、激しい議論となり、ついに国家最高権威である王国貴族元老院が動き、その審判を下す。


「まぁ、ヴィルゴさんだし……シカタナイヨネ」


 全会一致で承認される(笑)。こうして【盟約】は休暇申請だったと言う事実は伏せられ、形を変え、王家と我が家で代々引き継がれる事となった。



 さて、会談に戻る。

 フィオナに罵倒され、バートさんは一層強い怒りを滲ませつつ、大切な王命を追行する為、俺に再度激しく確認を迫る。


「王国騎士団・副団長バート・ラングラーの名において正式回答を望む! ヴィルゴ魔導占星術の館、そのマスターに問う、ご返答はいかに!」


 超高難易度ダンジョン、下層の危険なフロアボス討伐ミッション。

 高圧的なバートさんに対し、別に怒りはしない。

 俺は平和主義者だ、ここは温厚にスルーし、穏やかに返答しておこう。


「ははは、若輩者ではありますが、喜んでお手伝いさせて頂きますよ」


 謙虚に朗らかな笑顔で答える。波風を立てる気もない。

 ところが、眼前のバートさんは「ちっ!」と舌打ちをし、途端、俺をビシッと指差すと、その瞳をカッと見開き怒鳴った。


「なんだ、その気の抜けた返答は! そんなへらへら、へらへらした顔で、この重大な任務が務まると思うのか、王命を軽んずるな! 貴様には責務に対する覚悟と言うものが……、って、い、痛ぁぁああああ! ぐぬぉおおおおおお!」


 一喝しようとしたバートさんの頭を、躊躇なく速攻でフィオナが全力グーで殴った。

 

「何回言わせんだよ、てめぇ! 舐めた態度を取るな、リブラ坊ちゃまに謝れ! ぶっ飛ばすぞ、ごらぁ!」

「ぶ、無礼だぞ、貴様ぁあああああ!」

「聞こえねぇなぁ、ああん!」


 頭を抱えうずくまっていたバートさんは憤慨、怒髪天を突き一気にその表情を怒りに染め、剣に手をかけ立ち上がる。

 すかさず隣のフィオナも睨みながら立ち上がり、遂に両者一触即発の事態になった。


 そんな中、「既に一発ぶっ飛ばしてるぞ、フィオナ」と俺が密かに思ったのは内緒だ。 

 

 

 



 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 第四話をお読み頂き、誠にありがとうございます。深く、深く、感謝です。

 次回予告「エブライムダンジョン」

 一騎当千、王国特級戦力達が、超高難易度ダンジョンに挑む、その時、俺は……。

 明日は【20:00】に更新予定です。

 頑張って書きたいと思います。

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