第3話 カリーナ登場
「ふう~っ」
歓喜重畳、満面の笑顔でニコニコと帰って行ったメルダ嬢。
彼女のいなくなった部屋で、設置してあるソファにばふっと身を投げると、魂の底から深い深いため息を吐いた。疲れた……。
そこでふと、相談中に彼女が語った《黒衣の大賢者》について思いを馳せる。
大陸の英雄、漆黒の修羅、黒雷炎使いの守護者、万象疾風の覇者、風花絶月の魔術使い、その他無数の二つ名で呼ばれ、その名を大陸に轟かす
全身を真っ黒な衣裳で固め、目深に被るフードからは僅かに鋭い眼光だけが窺える。その正体を知る者はいない。
ほんの数年前に現れたこの男は、数々の天災・災厄を吹き飛ばし、その計り知れない壮大な魔道の力で多くの国や都市の人々を救った。
慧眼で高名なひとかたならぬ魔術師達でさえ、まるで解析出来ぬその術理。
謎が謎を呼び、驚愕と共に彼の神格化を唱える者さえ現れ始めた。
神人か、魔人か、魔導を極めし亜精霊か。
瞬く間にその噂は大陸全土に広がり、救われた都市領ではいち早く銅像も建てられ、地方の村々では年に一度感謝の祭りまで開催されている。
その過熱する人気は留まる所を知らない。
今じゃあ、吟遊詩人の歌にもなれば、英雄譚の書物も発刊され、芝居の興行も盛況だ。
すっかり大人から子供までを魅了する大人気の英雄様。
まぁ、俺の知らん人の話だけどね。
今日は厄日だった、占い師も楽ではない。
早急にメルダ嬢を誤魔化す、いや、説得する秘策を考えなきゃいけない。
だが、まぁ、いい。
とにかく今日の予約は終わった、店終いだ。
バン!
突然、扉が勢いよく開かれた。
すると、妹のカリーナが駆けこんで来るなり、体当たりかと見まがう速度と勢いで、全力ダイブして俺にぎゅと抱きついた。
「お兄ちゃん!」
「ぐはっ!」
セミロングのピュアオレンジな髪がさらりと触れ、その華奢な体がひしっとしがみつく。
四つ下のこいつは少しブラコン気味で、とても寂しがり屋だ。
流れの冒険者として、長期不在をしていた俺にも責任がある。随分と長い間、妹に寂しい想いをさせてしまった。
優しくその柔らかい髪を撫でながら、違う意味でずきずきする胸の痛みを我慢した。
「カリーナ、どうした? 今日はもう仕事も終わりだし、外に飯でも食いに行くか?」
「ふぇーん、これは最後の抱擁なの! お兄ちゃんは私が守るの!」
「へっ?」
「あ~ん、お兄ちゃん! もう、もう、これが最後なの、最後なのぅぅううう!」
訳のわからないセリフをのたまう。
カリーナは両手を俺の背に回すと、その顔を深く胸に埋め頬をすりすりし、何故か突然静かになった。
「ふにゃふにゃ、落ち着くぅう、スー、スー」
「おい、カリーナ?」
「みにゃ~、く〜ぅうう」
「こら、寝るな、カリーナ!」
「……、ふゃ! キョロキョロ、あれ、お兄ちゃん? もう、なんで起こしてくれないのよぉお!」
「いや、俺が怒られなきゃいけない理由を説明してくれ……」
暮れ行く日の光が柔らかく室内を染める。
自動感知術式を施した魔鉱灯が淡くその役目を果たそうとする中、一旦カリーナの肩に両手を添え引きはがし、そのつぶらな瞳と愛くるしい顔を凝視した。
「カリーナ、ところで『最後』ってなんだ? 意味がわからないだろ、ちゃんと説明しろ」
カリーナは一瞬きょとんとし、「う~ん?」と唇に人差し指を当てぼわんと考え込み、すぐにはっとその表情を引き締めた。すると今度は俺の両肩を慌ててがしっと掴み、前後に勢いよくガクガクと揺さぶる。
「た、大変なの! あのね、聞いて、聞いて!」
「わ、わかったから、そんなに激しく揺さぶるな、むしろ気絶しちゃうだろ!」
「あっ、ごめん、うふふ。で、あのね、騎士団の人がね、お兄ちゃんを出せって!」
「なんだ、それ?」
言われてみると、店の表通りに息づく大勢のただならぬ気配。
すぐさま窓際に移動し、二階のこの個室を相手に気取られぬ様に身体を壁側に隠す。
そろりとカーテンを小さくはぐり、その隙間から注意深く外の様子を伺った。
「うおっ、なんだこれ!」
思わず声が漏れた。
通りの半分を埋める長い馬群の隊列。
騎乗するは威容を放つ勇猛そうな騎士達。
凛とする毅然とした姿勢。その一糸乱れぬ規律は、揺るがぬ練度の証。
純白の輝かしい甲冑に身を包んだ精悍ないで立ちは、その辺の衛兵とは漂う覇気が違う。
これは王都に名を馳せる王国騎士団、その精鋭中の精鋭『ホワイトナイツ』だ。しかも出陣と同様の重装備を身に纏い、大勢いらっしゃっている。
付近の住民の皆様も怪訝な表情を浮かべ、遠目から眺めてはひそひそと噂し合っている。
王国騎士団序列上位五十位までで構成された、一騎当千の超武闘集団ホワイトナイツ。
だが、居並ぶ者達はそれだけではない。
勇猛な馬群と肩を並べるは、この武具店街では誰もが知り、常に冒険者ギルドランキング上位を占め、王都を越え国中に名が轟く百戦錬磨の強者達、万夫不当を誇るハイランカー冒険者達の姿。
さらに、術式金糸で縫われた特殊ローブを羽織るのは、高名にして孤高、英明にして最強、王国全土から集められた天才魔術師の集団、高位魔術の深淵を極める者達、『王国魔導師団』。
そんな連中達が軽く百人を超え混在し、何故か我が家の前に集結している。
なにこれ、怖いんですけど!
窓際でぎょっとする俺。ふと見るとカリーナが側に立って腕組みし、ぷんすか憤慨した顔つきで矢継ぎ早に訴えた。
「でね、いきなりこんな大勢でやって来て、騎士団副団長のバートさんに、A級冒険者のクライブさん、ついでに王国魔導師団団長のフィオナまでいてね、いますぐお兄ちゃんを呼べって言うの! もう、これはあれよ、間違いなく指名手配犯を取り囲んで、『確保ぉおおおおおおおおお!』ってみんなで取り押さえる奴なの!」
「ふえっ?」
なぜ、俺が王都最大戦力に確保される?
顎に手を添え、心当たりに考えを巡らすが、身に覚えがある訳がない。
だが構わずカリーナは、再び俺の両肩に手をがしっと置き指先に力を込めると、力強く励ます様、瞳に渾身の目力を込め得々と語り始めた。
「こうなったら、もうお兄ちゃんを逃がすしかカリーナには思い浮かばないの! だから、お兄ちゃんと最後の抱擁をしたの。お兄ちゃん、いい? 私が魔術でこの家を吹っ飛ばすから、その隙に乗じてどうにか逃げて! もう、お兄ちゃんの人生は、これから騎士団の追っ手をかいくぐり、国中で追われる逃亡生活なんだよ、覚悟して! そうそう、拾い食いはせず、迂闊な生水は飲まないでね。ご飯はキチンと食べて、歯磨きもする! あっ、着替えもちゃんとして清潔にね。お風呂にも毎日入る事! カリーナは臭いの嫌いだからね! とにかく、一生を棒に振って日陰者となるけど、お兄ちゃんはカリーナが絶対に逃がしてあげるから、安心してね!」
なんで、逃亡生活前提で話を進めている、かわいそ過ぎだろ、俺。
無駄に緊迫感を醸し出し、鬼気迫る勢いで興奮するカリーナ。
まだ何かアホな事を言い続けようとするが、素早く手で制した。
「落ち着けカリーナ、飛躍し過ぎだぞ」
俺は喋りまくるカリーナの頭を、軽くポンポンと叩いた。
「大丈夫、なんでもないさ。そもそも本気で捕まえる気なら、有無を言わさず取り押さえに来るだろ? これは何か用件があるんだよ」
「そ、そうなの? えへへ、先制で殲滅迎撃する為に【
【古雷鳥の爪】
帰らずの山脈と呼ばれるボルダー連峰、その標高二万メートル以上の山間部に生息すると言われる古雷鳥。体長数十メートルを超え、ドラゴンすら凌駕するSSS級の魔鳥。その爪を使ったレアユニークアイテム【古雷鳥の爪】は、範囲指定を可能とし、超高温、超高圧縮された強力な雷撃を天から対象標的に叩き落し、一切を灰燼と帰す。うちの秘宝のひとつであり、例え数万の大軍勢であろうとも、一瞬で蒸発させる事が可能という恐ろしい品だ。
「そ、そんな危ない物、早く宝物庫に戻して来なさい!」
「はぁ~い」
言いつけを守り、すぐにしゅたっと部屋から走って出ようとするカリーナの腕を慌てて捉え引き留めた。
「あっ、まてまて、ところで、今はノルンが対応しているのか?」
「うん。応接室に案内しているよ。私は急いで駆け上がって来たの」
「そうか……、とにかく失礼があってはいけないな。宝物庫は後でいいから、早く一緒に降りて応対しに行こう」
「うん、わかった! えへへ、心配しちゃった」
カリーナは俺に腕を絡め、にこにこする、仕方がない奴だ。
しかし、騎士団に冒険者、さらに魔導師団までいるこの状況……。
まずないと思うが皆様占い希望だったら、個別対応な上に時間外労働だな、割増深夜料金を頂こう(笑)。
俺はとにかく急いで階段を降り、一階の応接室の扉を開いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
第三話をお読み頂き、誠にありがとうございます。感謝です。
次回予告「盟約」
吹き荒れる憎悪、騎士が、冒険者が、魔導師が、各々の思惑を抱える。その時、俺は……。
明日は【20:00】に更新予定です。
頑張って書きたいと思います。
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