第2話 秘策

 子供みたいにギャン泣きするメルダ嬢。

 ふと、彼女のバッグからコロンと何かの瓶がこぼれ、床に転がる。

 小ぶりだが流麗な曲線の青い瓶、中身の液体が煌いてゆらゆらと揺れていた。


「なんだ、これ?」


 拾い上げると、泣いていたメルダ嬢が「ふぇっぐ!」と急いで顔を起す。

 瓶にはこう書かれていた。


【SS級魔術毒薬、どんな魔術防御も一発無効、即効で即死させます。人も魔物もアンデッドも、誰にでもご使用出来るお得な万能タイプ。無味無臭でSランク鑑定も潜り抜け、証拠は一切残りません。製作 王家直属薬師ブーゲン】


「な、なにいいいいいいいいい!」


 驚きの声をあげた瞬間、泣き顔のメルダ嬢が凄まじい力で、「ふんす!」と俺の手から瓶を奪い返す。


「か、返してください! これは彼を確実にぶち殺す完全犯罪、プランBなんです!」

「そ、そんな危険なもの、使っちゃ駄目! もういいから早く返して来なさい!」

「い、いやです! 絶対に彼をぶち殺すったらぶち殺すんです! か弱い私には、こんな方法しか思いつかないんです、うううっ、ふぇっぐ、ひっぐ、うわぁあああああああん!」


 再びギャン泣きするメルダ嬢。か、会話にならない……。

 流れる涙を厭わず、わんわん泣くその手には、SS級の毒薬がしっかり握り締められている。

 駄目だ、これはあかんやつだ。もう完全に手に負えない……。 



 コンコン。



 突然、扉をノックする音が軽妙に響いた。

 するとドア越しに、この館の若きメイドであるノルンの穏やかな声がする。


「リブラ様、お仕事中に申し訳ございません。緊急で内密だと言うお手紙が届いております。鑑定中の無作法、どうかお許し下さいませ」


 安心感のある落ち着いたその声。

 この修羅場で戸惑いまくる俺は、未だ泣き続けるメルダ嬢にそっと声をかけた。


「あっと、メルダ嬢、ちょっとすまない」 

「ふぇっぐ、ひっぐ、はい、どうぞ……」


 一言断りを入れ、素早く立ち上がり、足早に出入り口の扉を開く。  

 廊下に控えていたノルンが恭しく手紙を差し出す。

 それを見て、思わず息を飲んだ。

 そこには、王都冒険者ギルドその頂点に君臨する本部統括長メリック・バーナム卿の署名があり、有力侯爵家の証でもある不死鳥と剣の家紋が、堂々と朱色のろうに刻印されている。


 バーナム卿はメルダ嬢の祖父。

 俺とは全く面識のない王都の実力者から届けられた緊急で内密な手紙。

 もしかすると、この王都でのっぴきならない事件が発生している可能性がある。

 流石にこれは後回しにする案件ではない。

 メルダ嬢には悪いが先に読ませてもらおう。


 俺は急いで一旦扉の外に出た。

 昼間とはいえ少し薄暗い廊下。設置してある魔鉱灯に火を入れ照らすと、焦る心のままに手紙を開封した。


『リブラ・スクトゥム殿


 挨拶を略する無礼を許して頂きたい。高名なスクトゥム家の若き家長である貴殿に、ギルド統括長として緊急事案発生を告知する。


 実は当ギルド職員メルダに不穏な動きがある。内偵調査した結果、秘密裏に刀匠ルッグに対し、ギルド特A最優先発注と偽りの緊急依頼をかけ、アダマンタイト製・特級卍指定魔導ダガーナイフを製作・購入。

 続いて魔導師アマンダに泣きつき、禁忌特殊呪術付与の依頼を懇願。さらに王家直属薬師ブーゲンより、表面上は使用期限切れの廃棄処理と誤魔化し、SS級魔術薬一瓶を入手す。

 それにより、メルダには国家反逆罪の嫌疑がかけられた。


 雇用職員の危険極まりないその行動に対し、当局は彼女の動機の裏取り調査をした結果、『浮気した彼をぶち殺す為』と判明。……甚だ遺憾である。

 よってここにギルド統括長権限により、王国ギルド法第九項の二を適用。冒険者ではない貴殿に、緊急隠密クエストの依頼を発注する。


 どうか当ギルドの不祥事を未然に防ぎ、彼女の心に安寧と平穏を与え、業務に支障が出ないように取り計らって頂きたい。


 貴殿はメルダの懐いている占い師と、私も噂は聞き及んでいる、大いに期待する。成功報酬は破格の金貨1000枚を準備した。


 尚、この依頼は王国ギルド法第十一項の九を適用。この手紙を読んだ瞬間から守秘義務が発生し、当然、拒絶は不可能だ。絶対に他言は無用と胸に刻んでくれ。

 さらに依頼失敗時は厳罰極刑とし、バグリット特S級収容所にて半年間拘留するものとする。心して挑まれよ。成功を祈る。


 以上。 


 王国冒険者ギルド統括長 メリック・バーナム』




 俺はわなわなと震える手で、バーナム卿の署名捺印された手紙を何度も見直した。 


 拒絶出来ない上に、厳罰極刑だと! 


 バグリット特S級収容所は、屈強かつ凶悪な犯罪者を集め、地下数千メートルで強制労働を行ない、魔素が高圧縮化された特殊魔鉱石を掘り続ける採掘場。苛烈、劣悪、無慈悲、の三拍子揃った悪名高き収容所だ。


 噂では不死者たるリッチ化した犯罪者ですら、「こ、殺してくれ、頼むぅぅう!」と泣き叫び懇願する地獄絵図が、当たり前の様に日々繰り返されているという。


 一度収容されれば最早生きて帰れる保証などなく、犯罪者界隈では『フェアウェル・キャンプ』と呼ばれ恐れられていた。

 ゆえに極刑に処された極悪人達が、どうにかして収監を逃れようと仲間をほいほい売り、簡単に司法取引に応ずるのでも有名だ。

 無論、一般人の俺が半年間も耐えれる訳がない。


 公私混同の上に職権濫用、ギルド法を悪用した極悪コンボの鬼クエスト。

 これはバーナム卿が孫可愛さのあまり、やっちゃいけないレベルで、合法的に抜かりなく放たれた正当な公式任命書簡となる。

 とはいえ、特級極悪魔術アイテムを準備し、さらに前後不覚でギャン泣きするメルダ嬢を説得だと!


「どうなされました? リブラ様?」


 隣で様子を伺う、十五歳のあどけないノルン。

 柔らかなライムグリーンの髪を揺らし、華奢な小首を傾け心配そうに覗き込む。

 俺はやり場のない怒りのまま、天を仰ぎ思わず絶叫した。


「そんな事、出来るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 その声は館内に虚しくこだました……。





 覚悟を決めた。

 図らずとも進退窮まった(泣)。抗えぬ運命に立ち向い、死地に活路を見出すしかない。

 虚勢ではあるが胸を張り、とにかく室内に戻った。 

 そこには、その端正な顔を涙と鼻水でぐちょぐちょにしたメルダ嬢が、俺の帰りをじっと待っていた。


「ううううっ、リブラさん、もう、リブラさんったら! とにかく早く占って下さいよぉおお、一緒に彼をぶち殺しましょう、ううううう、ふぇっぐ、ひっぐ!」


 もはや三歳児並みに駄々をこね、その上で恐ろしい事を要求してくる。

 だが退路はない、マジで行くしかない。

 俺は背筋を伸ばし、両手を大きく広げると、自信に満ち溢れた悪い笑みを浮かべ、高らかに宣言した。


「実は、占いよりもず―――――――――――――――っと凄い、とっておきの秘策がある!」


 突然の提案にメルダ嬢は一瞬きょとんと固まった。

 だが、すぐさま我に帰るとその涙で濡れた瞳をカッと大きく見開き、かばっと身を乗り出すと、本日一番の勢いで食いついて来た。


「そ、それは一体なんなんですか、ひっぐ、ぜひ教えてください!」


 さらに、俺は揺るがぬ不敵な笑みを浮かべたまま、右手の人差し指をすっと立てると、彼女の期待に膨らむその瞳の前でじらす様に左右に振った。


「フフフ、焦るなメルダ嬢、とっておきの秘策だからな、まだ内緒にさせてもらおう。だが安心してくれ。確実にそして圧倒ぅううううう的に! メルダ嬢の彼氏に必ずや天誅が下るだろう! ふわはははははは!」

「で、天誅! ふぇっぐ、ああっ、なんて素敵な響き! そうです、私はそれを望んでいるんです!」


 まるで重い雨雲がさっと消える様に、メルダ嬢の涙は引き、神からの天啓を得たが如く、胸の前ではしっと手を合わせると、めっちゃ感動している。

 俺はそこですくっと立ち上がると、彼女の側に行き、その肩にそっと優しく手を添えた。

 驚いて見上げるメルダ嬢の瞳と、俺の瞳が交差する。


「いいか、よく聞いてくれ。俺はメルダ嬢の傷ついた胸の内を知ってしまった。もう俺達は運命共同体だ、いや、もっと深い強固な絆と縁を結んだ盟友でもあり同志とも言える。もう俺達は後戻りできない所まで来ちまったんだ。なぁ、俺のことを信用してくれるか?」

「も、勿論です! 力強い御言葉とお優しいお気遣い、猛烈に感動しております。私の顧問占い師と言っても過言ではないリブラさんです。誰よりも信じております!」

「そうか……ありがとう、メルダ嬢、嬉しいよ」


 視線を交わす俺とメルダ嬢はしっかりと見つめ合い、互いの絆を確認すると、「くふふふふ」と悪い笑顔を浮かべたまま頷き合った。


「さて、そこで決行日はいずれ伝えるが、奴を俺と一緒にやってしまおう。これは秘策中の秘策、スぺぇええええ――――シャルなプランだ。いいか、メルダ嬢、それまではくれぐれも自重して欲しい、……この意味、わかるな?」


 俺がそう語ると彼女はその胸中に秘する強い覚悟を滾らせ、力強く「はい!」と首を縦に振った。

 俺はニヤリと口角を上げると、さらに不敵な悪い笑みを浮かべる。


「くふふふふ、その上でさらに本気を出そうじゃないか! メルダ嬢、そのダガーナイフと魔術薬は一旦預からせて貰うぞ。おっと、不安な顔をするな、むしろ喜んでくれ。なぜなら、こちらでさらにとっておきの秘術をかけ、爆裂的にグッレレレレレードゥアップしてみせようじゃないか。奴が驚く姿が目に浮かぶわぁ! ふわはははははははは!」

「す、すごい! そんな事が出来るんですか!」

「もちろんだ、ここは千年を越える歴史あるヴィルゴ魔導占星術の館! 秘術の一つや二つ、軽ぅうううううく存在する、安心してすべてをこの俺にどーんと任せろ!」


 するとメルダ嬢はぷるぷるとその身を震わせ、ミルク色の頬を紅潮させると、美しい瞳にうっすらと再び涙を浮かべた。


「う、嬉しいです! 私の事をここまで親身に考え、さらに大切な秘術まで使って協力して下さるなんて! さすがはリブラさん、私が見込み、信頼するお方です! どうぞナイフと魔術薬は自由にして下さい。そして、裏切り者に正義の鉄槌を、絶対なる天誅を一緒に下しましょう!」


 来たるべき復讐の時を夢見て、興奮のあまり勢いよく立ち上がったメルダ嬢。

 すかさず俺達は、両手でがっちりと悪魔の契約にも似た固い握手を結ぶ。

 互いに「くふふふふ」、「ふわははは」と秘事を共有する者同士、とっておきの悪い笑みを浮かべ合った。 

 そうして彼女は【絶命】ダガ―ナイフと魔術薬を置き、「ふんふんふん~」と鼻歌交じりに嬉しそうに帰って行った。 

 イエス、ちょろい!




 ふ~っ、俺が話した事はもちろん全て嘘だ。

 許してくれ、メルダ嬢。秘策も秘術もあるわけがない、あろうはずがない。

 取り敢えず行動を制限させ、武器を手放させ、戦力を削ぐ、戦略の基本だ。

 先ずは時間を作った。これで一時的ではあるが不祥事に歯止めがかかった事になる。

 あっ、そう言えば、占いを全くしてないな(笑)。





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第二話をお読み頂き、誠にありがとうございます。

次回予告「カリーナ登場」

可愛い妹が! 現れた不穏な集団、その時、俺は……。

毎日【20:00】に更新予定です。

頑張って書きたいと思います。

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