【ようこそ、ヴィルゴ魔導占星術の館へ!】 ー魔道を究めし若き大賢者は、その正体を全力で封印するー
福山典雅
第一章 黒衣の大賢者
第1話 リブラ・スクトゥム、家業を継ぐ
星が煌めき天蓋瞬く
人は生まれ、命に従い、生を知る
魔導の占術は
理を越え、閃きを知古とし
万感なる叡智をもって
黄昏に望み
深淵の万象を紐解くなり
なんちゃってね! えへへ。
ー大魔導師ヴィルゴ・スクトゥム雑記帳「メモを書き書きするのが、私は好きなのだー!」よりー
詩人フォレスト・レグルスが「私の最も美しき記憶を呼び覚ます都」と讃えたエルタニア王国の王都エルミーナ。
この白藍を基調とした壮麗な都の歴史は、千年を越える。
遥か悠久の昔、建国に合力した美しき大魔導師ヴィルゴ・スクトゥムの存在は、いまなお輝きを失わない。
鮮やかな陽光を浴び、虹色に輝く噴水が交差する王都中央広場にて、煌めくはその英雄が彫像。
かの大魔導師の名は累々と伝わりし伝説と共に、広く世に語り継がれていた。
その王都の一角、武勇闊達な冒険者達が闊歩する魔導武具店街に、とある館がひっそりとある。
厳かな深緋を含んだ鳶色の重厚な扉、刻まれるは不破の術印。
ご先祖様であるヴィルゴ女史による幸運の魔術陣であり、千年を超える由緒正しき証。
人々は畏敬と親愛の念を込め、ここをヴィルゴ魔導占星術の館と呼んでいた……。
午後の陽光が、まるでシルクの様に柔らかい。
すらりと伸びた吹き抜け。
宵闇には天蓋を望む小窓を備えるこの部屋。
調度品は万年を越える古樹木を、高名なエルダードワーフの手によりあしらえ整える。
太陽と月と大地を示す絵画が壁面を飾り、華美ではなく厳かにしつらえた内装。
静かに湯気を燻らせ、春摘みのファーストフラッシュである、フルーティな紅茶の香りが漂う。
「絶対に浮気です!」
「ほう」
俺はリブラ・スクトゥム。王家とも古き盟約を持つ、歴史あるこの館のマスター。
現在、この半年間の内に計三十六回も熱烈にご来店頂いた常連客、メルダ嬢の恋愛相談を受注していた。
「ううっ、聞いて下さい! 彼は他の女の子とは絶対に仲良くしないって約束してくれてたんですよぉ! なのに酷いと思いませんか!」
このヴィルゴ魔導占星術の館は、人々の悩みに助力する事が生業。
とはいえ俺はつい半年前に稼業を継いだばかりの、新参占者に過ぎない。
「悔しいです! 彼の魔道通信機に他の女との履歴がこっそり残っていたんです! それを見つけた時の衝撃といったら! この気持ちわかりますか!」
それまで館を切り盛りしていたのは、大魔術師にして人気占星術師でもある妹のカリーナ。
その妹から家業を継ぐにあたり、「お兄ちゃん、芸名をつけたらどう? あのね、【星読み伝道師ルナティックファンタジア・レイキアカシック・グランドマスター(キラリン★)】とかカッコよくない?」と告げられた。
妹への深い愛ゆえに無下にも出来ず、かと言って「喜んで!」などとは言えるはずもない。
困惑する内心をひた隠し、穏やかな笑顔(苦笑い)を浮かべ、あらゆる手段を講じて却下した(笑)。
俺は可愛い妹の、壊滅的な名付けセンスを心配するお兄ちゃんでもある。
「私だって他人の魔道通信機を見るなんて、いけない事だと分かっているんです。でも我慢できなかったんです!」
二階にある専用の個室。元々は書庫兼倉庫であり、ご先祖様である大魔導師ヴィルゴ女史の趣味が満載された秘匿場所。
王立図書館ですら所有していない歴史的価値の高い特級古代文書。
見る者が見れば涎垂間違いなしの用途不明な
それらが山と積まれ、所狭しと溢れていた。
歴史とは知の遺産で語られる。
だが、幼少時の俺にとっては、お気に入りの遊び場でもあった。
懐かしき思い出の場所は、今ではすっきり片付き、顧客を迎える相談室となっている。
「しかも、相手の女っていうのが、彼の後輩で新米冒険者なんです! 大体、その女も女です! ギルドに一体何を冒険しに来てるんですかね! 同じ冒険をするなら、大陸の英雄である黒衣の大賢者様を見習って欲しいものです!」
稼業を継ぐ以前、成人と認められる十五の歳を境に、ギルド登録はせず、流れの冒険者稼業をやっていた。
冒険者ギルドに所属する恩恵は、サポート情報も含め計り知れない。
だが何者にも縛られない自由な旅に憧れていた。
「あの女に、私も仕事で接する事がたまにあります。はしたない言い方ですけど、男に媚びる嫌なタイプの女です! 最低です!」
そんな流浪の旅をとある理由で辞め、王都に戻り十九歳の今年、家業を継いだ。
「彼を許せると思いますか? 許せませんよね! そう思いませんか、ねぇ、リブラさん! ねぇ、リブラさんったら! 聞いてます? 私の話し聞いてます?」
おしとやかに見えるメルダ嬢は傍らにトレードマークである眼鏡を置き、口惜しそうにハンカチ片手に涙を拭うと、穏やかな見た目にそぐわない厳しい表情で、批判がましく俺をじーっと睨んで来た。
「も、もちろん聞いてるから!」
相談テーブルにつくなり、怒涛の勢いで語り始めたメルダ嬢。
彼女は王都冒険者ギルドの美人受付嬢であり、現在妙齢の二十四歳。
半年前に有望冒険者である二つ歳下の彼と付き合い始めたのだが、最近どうもその挙動がぷんぷん匂うほどに不審だったらしい……。
「浮気をするなんて絶対に許されない事です。だから私は考えたんです!」
メルダ嬢は仕事に熱心で真面目な女性だ。
多少融通が利かないのと、思い込みが激しいのがたまに傷だが、業務上の評判はすこぶる良い。
さらにショートボブにクールな眼鏡、その上制服のボタンを弾き飛ばすレベルで胸も大き……、コホン、とにかくスタイル抜群。
ギルドに来訪する冒険者からは絶大な人気を誇り、常に行列の出来る人気受付嬢てもある。
「これを見て下さい!」
そう叫ぶと、彼女は膝上に置くシックな黒褐色のバッグから、勢いよく何かを取り出した。
すると俺の眼前でゴトリと鈍い音がし、思いがけず磨き抜かれた刀身がその輝きを晒す。
メルダ嬢にはあまりに不釣り合い、一目で業物と判る不穏なダガーナイフが事もなげに置かれていた。
「彼をぶち殺して私も死にます!」
「まてまてまてぇ――――――っ!」
慌てふためき吠える俺を、彼女はギロリと睨んだ。
「いいえ! ぶち殺します! このナイフは鍛冶屋のルッグさんにお願いして作って頂き、魔導師のアマンダさんに【絶命】の魔術付与を加えて頂いた渾身の逸品です。戦闘の苦手な私でも彼を、か・な・ら・ず・ぶち殺せます!」
いかん、マジだ。
エルダードワーフのルッグさんは王都最高峰の名匠鍛冶職人であり、魔導師アマンダさんは呪術系魔術付与の超スペシャリスト。
このコラボは強力、いや凶悪過ぎる。
気のせいか、ナイフを見ただけで軽く寒気を覚えた。
小ぶりながらもえも言えぬ風格を携え、厳かに漂うそのクオリティは尋常ではない。
メルダ嬢は有能なギルド受付嬢であるが、さらに王都冒険者ギルド本部統括長の孫でもある。
受注待ち数年と言われる名匠がこの短期間で武器を仕上げ、次いで術式難度が異常に高度な禁忌レベル級の即死系呪術付与の獲得。
そんな離れ業を成し遂げるには、持ち得る立場とコネをフルに使ったに違いない……。
「まあ、まあ、メルダ嬢、少し落ち着こう、ねっ、ねっ!」
「リブラさん! 落ち着けるわけがないでしょう、私は嘘をつかれたんです、騙されたんです。いいですか、契約を破った冒険者には懲罰が必須です! 絶対に許しません!」
沸点低く一気に興奮したメルダ嬢は、眼前のナイフを突然鷲掴みにすると「もう、ぶち殺すったら、ぶち殺すんです――っ!」と我を忘れ、怒りのままにぶんぶん振り回し始めた。
「ちょ、危ないから、マジ怖いから! 少しでも刃先に触れたら、付与された【絶命】で俺が死んじゃうから!」
「ぶち殺すったら、ぶち殺―――って、はっ!」
前後不覚に猛り狂っていた彼女は、はたと冷静さを取り戻すと、その華奢な手でダガーナイフをむきゃっと構えたまま、とっさに顔を羞恥に染めた……。
「わ、私とした事が申し訳ありません…………。でも、酷くないですか? 酷いですよね、ぶち殺したくなるこの気持ち、分かって貰えますよね、リブラさん! ねぇ、リブラさんったら!」
辛うじて俺の鼻先すれすれで止まる鋭利な刀身。
心なしかメルダ嬢の微細な魔力ですらダガーナイフが共鳴反応を示し、微かだが放たれるは禍々しい黒色のオーラ。
物騒この上ない不穏なナイフを握り締め、鬼気迫る声色で迫るその姿。
もういっそ「金を出せ」と言ってくれた方が自然な気がする……。
「ま、待て! わかった、わかったから、気持ちは痛い程わかるから、そのナイフをしまおう、ねっ、マジ危ないから、もうやめて!」
「……そ、そうですか? そこまで仰るのならわかりました。……ところでリブラさん、これ、実はお給料の三か月分もしたんですよ。どうです、私の本気がリブラさんにも伝わりました?」
命の危険をいやがうえにも認識させられ、これ以上彼女を刺激しない様に、こくこくと何度も大きく、そして全力で頷いた。
幸いにも落ち着きを取り戻したメルダ嬢は、そっとバッグの中にナイフを収納してくれた。
だが、カバーは付けていない。
抜き身の刀身は、常時戦場を誇る武人の猛々しい気概を表す。
街角で彼を発見するやいなや、ナイフを小脇に構え、「貴方をぶち殺して私も死んでやるぅうううう!」と突進する姿がありありと目に浮かんでしまった。
「しかし給料三か月分かぁ。なんて買い物をしているんだか…………」
「一度は愛した人をぶち殺すんです、最後の愛情表現として、お給料三ヶ月分を突っ込んでも全く惜しくありません! 私の健気なこのいじらしさ、わかって頂けます?」
重い、愛が重すぎるよ、メルダ嬢。俺は引きつったまま、ただ頷くしか出来ない。
「必ずや、浮気と言う罪深さを、彼の魂と肉体にふ・か・く・刻んでやります! さあ、そこでリブラさんも私に協力して下さい、わかってますか!」
「へ?」
「いいですか、よーく聞いて下さい。私が今日占って欲しいのは、彼をどこでどのタイミングで襲撃したら確実にぶち殺せるかです! 失敗は許されません! さあ、さあ、バーンと襲撃プランを占って下さい!」
最早、清々しいほどに、軽~々と占いの範疇を逸脱している。
斜め上を目隠しで突っ走る様な無茶な依頼、唖然を越え困惑をも追い越し、最早「なーんちゃって、ふふ、嘘ですよぉ!」で終わらせてくれないかな……。
だがメルダ嬢はそんな俺の渇望を見事にガン無視すると、急にしおらしく手を合わせ、まるで祈る様にしてその可憐な瞳で訴えた。
「どうか、どうか私の願いを叶えて下さい、もうリブラさんしか頼る人がいないんです!」
うえええぇ……。
『頼る人がいない』の用例としては、最もやって欲しくない型。
殺害プランのアドバイザー兼共犯者を強要される日がよもや来るとは……。
「あのなぁ、いきなり殺すとか飛躍しすぎだろう。そもそも完全に黒だと確定しているのか?」
「それは間違いありません! 浮気メールの内容は消去されており、通信ボックスは空白でした。でもそれって逆に怪しいですよね?」
「えっ? 履歴があったって言ってたけど、それってもしかしてメルダ嬢の単なる思い込み……」
ダンと平手でテーブルを叩き、俺の言葉を遮るメルダ嬢。
不満げに眉根を寄せ「むうーっ」と唸ると、すぐさまバッグから携帯魔道通信機を取り出す。今度は誇らしげに、それを高々と掲げたみせた。
「リブラさん、この私をそんな根拠のない妄想をする女と一緒にしないで下さい。ここに証拠は存在します!」
「へっ?」
「あまり知られておりませんが、魔導通信機はメールの送受信履歴をいくら消去しようとも、実は使用された魔力データーの履歴が残る仕様なんです」
「マ、マジか!」
「マジです! 私がギルド所有の魔力解析機で、綿密に、徹底的に、もう舐め回す様にねちっこく履歴を調査した結果、きっちりくっきり女との通信履歴が残っていました! 表面上いくら隠蔽しようとも、証拠はがっつりです。これは間違いなくギルティ! もう確実に黒、真っ黒、黒塗りです! そして私の人生も真っ暗なんですぅぅぅぅ、好きだったのに、信じてたのに、うあああああああああああん!」
そう言うなりメルダ嬢はテーブルに突っ伏して、号泣し始めてしまった……。
酷い話だし、メルダ嬢がピュアなのはわかるけど、これは修羅場だ……。
あの、今日は一旦お開きにしましようか……。
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第一話をお読み頂き、誠にありがとうございます。
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