第10話 (挿絵あり)
全身のあちこちに包帯や湿布を巻かれ貼り付けられた二人は肩を並べてソファに座っていた。場所は大和の本部内だ。
「OSIRIS、と言ったのか?」
南美に刺さっていたナイフは急所を外れており、刃渡りもそこまで長くはなかった。投げる為の短いナイフしか持っていなかった為だろう。出血多量に見えたのは単なるヱマの錯覚だ。
ただ激しい動きは出来ないし、ヱマも下手をすれば背中側の神経をやられていた。拘束も兼ねて本部内に置かれる事になった。
「俺らには敵わないとか言ってたし、多分脅してやらせたんだろ。OSIRISがBLACK BLACKにつく理由がない。公安の仕事をやった方がリスクも少ないし、金もたんまり貰えるしな」
大和の救護班に所属している医者や看護師からチクチク言われまくったせいか、ヱマは終始不機嫌そうに不貞腐れた顔をしていた。反対に南美は青年を逃した事に意識が持っていかれているようで、こちらに来てからずっと浮かない表情を浮かべている。
「ふむ……とは言えOSIRISも全く抵抗しない訳ではないし、我々と違って動きに制限がない。何れ裏切られるはずだ」
五月雨の力が及ばなかったのはその時点からOSIRISを利用していたからだと田嶋は言った。だがそのお陰で五月雨総裁とOSIRISのトップに繋がりが出来た。
「私から総裁に言って、OSIRIS側からBLACK BLACKを裏切るようにしてもらおう。それに例の青年は、“怯えていたんだよな?”」
南美に視線をやると浮かない顔をしながらも肯いた。
「五年前は弾丸を普通に避けとったが、今回は警戒してるように飛び退いた。しかもかなり手前でだ。飛び退いて、距離を取った」
それに今回はナイフをそのままに逃げた。五年前は沖田に突き刺したナイフもいつの間にか抜き取っており、証拠品が一つもない状況だった。
然しスナイパーの隊員に投げたもの、南美の腹部に突き立てたもの、そして逃げる際に手放したものの三本が現場に残された。勿論手袋は一切していなかったので、指紋がべったりと付いている。
「まだ若い。それにタオウーで能力を上げているだけで、性格や性根は変わらないはずだ。だとすれば……かなり焦っているのかも知れないな」
五年越しにあの時の刑事が現れたとなれば、普通の少年は怯えるはずだ。相棒を殺して本人も殺しかけたのだし、しかも自分の顔をハッキリと見ている……。
「BLACK BLACKも親身になって味方してくれる訳ないだろうしな。寧ろ、お前の失態で危うくなってるって圧かけられてんだろ」
だとすればあの状況下で南美を殺せたとは思わないはずだ。ヱマを止められるだけの気力はあったし、その直後に隊員達が来ている、相当な楽観主義者でなければ手応えは感じない。
「……どうせ私が言ったところで、自分から行くのだろう」
田嶋はもう大和全体を動かして青年を追うつもりでいる。指紋から身元は判明したし、BLACK BLACKが彼をトカゲの尻尾のように扱う前に捕まえたい。然しそう言って退くような男ではなかった。
「それにヱマも……」
すっと視線がよこされ、勿論と言いたげに肯いた。黙って田嶋の案を受け入れる程大人しくもない。
「はあ……せめて傷がある程度治ってからにしてくれ。青年の行方は五月雨、OSIRISと協力して探るから」
諦めた口調で俯いたあと、懐から二丁の拳銃を出した。ごとんっと机の上に置かれる。
「咄嗟に渡してしまったせいで実弾になってしまったが、もう全て麻酔弾に変えた。うちでもかなり新しいモデルだ。麻酔弾特有の癖は殆どない。実弾に等しい」
南美はそれを受け取り、ホルスターに戻した。
「ヱマには防刃の特殊グローブを渡しておく。ベストを着ろと言っても着ないだろう、君は」
黒くしっかりとした手袋に軽く笑った。
「義務以外で着た事ねえな、防具は」
それに田嶋は溜息を吐き、ソファに身を預けた。
「死ぬのだけはやめてくれ。私の為にもな」
二人はそれぞれ立ち上がった。
「死なん。安心しろ」
「俺がいるからだいじょうぶい」
挿絵
https://kakuyomu.jp/users/nekomaru16/news/16818023212113613778
南美の獲物を狙うような横顔に続き、ヱマの状況に似合わない爽快な笑みを見つめた。立ち去っていく背中にややあって田嶋も腰を上げた。
二月も終わりを迎える頃、殆ど完治した二人は最後の仕上げに大和の隊員とトレーニングをしていた。南美は柔道の帯を締め直し、ヱマはボクシングのグローブを付け直した。
確実に捕まえてやる、そしてBLACK BLACKを潰し、タオウーの謎を追う……その気合いが身体に馴染んだのか、一二を争う程の強さを持つ隊員をそれぞれ打ちのめした。
『青年は名古屋の特例地区まで逃げた。そこにBLACK BLACKのメンバーが所有している倉庫群がある。恐らく複数人いるだろう、もし必要な場合は連絡してくれ。すぐに近場の隊員が向かう』
車に乗り込み指定された倉庫群に向かった。OSIRISは五月雨の後ろ盾を手に入れた為、然るべきところで情報を抜き取り全国にばら撒くつもりだ。主に政治家や医療関係者等が関わっている事、警察や公安組織の上層部が脅されている事を世間に知らしめる。
とは言え警察の上層部にも故意にBLACK BLACKに関わっている奴はいるし、悪徳警官も勿論いる。その辺りはおいおい五月雨と大和で何かしら考えるつもりだ。
「前みたいにヘマしねえから、お前は真っ直ぐボスんとこ行けよ」
「ええ。信用します」
名古屋の特例地区に入ると適当なところで車を降りた。ヱマは見た目に問題がないので先にグローブを嵌めた。ぎゅっと感触を確かめ、倉庫群の入口へ向かった。
拳銃を片方引き抜き両手で構えながら侵入した。かなり広く、放置されているのが分かる。恐らく圏外エリアだ。
お互いに背を向けながら慎重に進んでいく。タオウーの使用は青年だけだろうが、他にも薬物はある。張り詰めた緊張感が二人を繋いだ。
その時、奇声と共にバイクのエンジン音が複数近づいてきた。がんっと何かを引きずるような音も響いてくる。
「南美、お前だけ先に行け」
とんっと背中を押され、ヱマを見た。振り向いた笑みに肯いた。
バイク音が来る前に姿勢を低くして物陰に隠れた。多少の足音なら逆にエンジン音に紛れて聞こえない。複数台がヱマを取り囲んだのを見てから、そっと動き出した。
「キメねえと相手出来ねえぐらいメンタル雑魚なんか?」
軽く手足を解し、指を絡めた。ヱマの挑発に涎を垂らした男がバットを片手に叫び散らした。殆ど言葉になっていない。
「まあまあ、落ち着いてやろうぜ」
指を絡めたまま両腕を前に伸ばす。にいっと舐めた態度の笑みにバットを振りかざしながら突っ込んできた。
それを腕を前に伸ばしたまま大きく上体を反らせた。眼前をバットが過ぎていく。すぐに起き上がり蹴りを放った。背中から思い切り蹴り飛ばされ前のめりに倒れる。
「一気に来い」
相手はざっと十五人。武器はバットとナイフ、あとはどこから持ってきたか分からないスパナやハンマー等の工具類だ。どれも思い切り振りかぶった状態で当たれば終わる。
先にナイフやハンマー系を倒した方がいいだろう、一斉に来たのを避け、相手の勢いを利用してバットを掴み力任せに横に振るった。そうすると自分の勢いに押されて力に振り回される。ナイフを持った仲間とぶつかり、阿鼻叫喚が出来上がる。
素手で挑んできた相手の拳をさばき、後ろから突っ込んできたナイフの刃を右手で掴みあげた。大和が使う防刃グローブは質がいい、鬼の力が加わると空き缶のように握りつぶされた。
そのままナイフを奪い取り、素手の相手に投げつける。相手は刃の反射で驚き一瞬避けようとする。ヱマはそこを狙って避けようと左に動いたと当時に、義足で出来た右脚を叩き込んだ。
反射的な動きとプラスされて首が完璧に折れる。相手が倒れるあいだにもヱマは蹴った脚で円を描いて身体を回転させ、左足でハンマーを持った手を攻撃。然し体勢を立て直すあいだに両脇から飛びかかってくる。
思い切り振りかぶってくる。ヱマが避ければお互いにぶつけ合いそうな雰囲気だ。ギリギリまで引き寄せたあと、倒れるようにして地面に身体を伏せた。
ばきっと頭上で音がした直後、倒れ込んでくる前に足で地面を蹴飛ばした。両手を中心に円を描き、頂点に行ったと同時に脚を広げてブレイクダンスのような形をとった。
角がある分難しいが、両手と下半身の捻りで上手いこと回転。後は自慢の馬鹿力で蹴りつける。
華麗に足裏を地面につけて立ち上がった。かなり削れた。火照る身体にスカジャンの襟を正す。
「ビビんなよ」
たった一人で、しかもノーダメージで半分程をノックアウトした事に彼らは怯えた。然し遠くから車やバイクの音が近づいてくる。
「……まだいんのか」
一体どれ程の青少年が捨て駒にされているのだろう、なかには更生の余地がある者もいるはずだ。ヱマはざっと靴底を鳴らして構え直した。
「なるべく殺さないでやる。その代わり全員ぶち込んでやっからな」
大和が指揮を取る更生施設、地獄と呼ばれる程にキツく、施設の監視官でもある田嶋は鬼のような厳しさを持つ。そんなところ自分は絶対に入りたくない。死んだ方がマシなくらいだ。
青少年達が躍起になったのを見て、ヱマは本気を出した。
「この辺りやけど……」
南美は一際大きな倉庫のなかに踏み込んだ。革靴の硬い音が反響する。
鉄の錆びた臭いと、先日まで降っていたのだろう雨水の臭いが充満していた。その時、からんっと物音がした。
ざっと靴底を鳴らしながら振り向き銃を構えた。だが単に小石が転げ落ちただけだった。息を吐き、後ろに足を退きながら銃身をおろした。
どんっとぶつかる。人の身体だった。自分より小さく、だが異様な程に熱っぽい身体……。
「刑事さん、タフだね」
猿の青年の声に眉根を寄せる。青年が一歩退いて背中から離れた。
「ええ加減大人しくしてくれ」
銃を握りしめる。生き延びたとは言え腹にナイフを刺されたのだ、背後に立たれているという事実が心臓を締め付けた。
「嫌だね」
瞬間、殺気を感じ取り頭をさげながら屈んだ。首を狙っていたのだろう、ナイフの切っ先は髪に当たった。
束ねていたそれが解け、簪が落ちる。然し汚い地面に落ち切る前に、右脚を大きく後ろに出して片手だけで銃を向けた。中腰で安定しない姿勢のまま発砲する。
弾は避けられたが青年は驚いた様子だった。左手で簪を受け止める。
体勢を立て直し、簪を内ポケットにしまった。南美と青年のあいだにはかなりの距離があった。それだけ飛び退いたという事だ。
「ビビっとるんか」
声が反響する。青年は震えた笑い声を軽く漏らした。
「アンタ、出会う度に速度が速くなってるな」
それは恐怖を紛らわせる為の自己防衛に見えた。やけに高いトーンと震えた笑い声、南美は視界を切り替え相手の状態を見つめた。
「それ、その警察特有の眼の動き……」
フードの下から怯えた獣のような眼が見えた。南美は敢えて正面から、銃を構えずに歩き出した。
青年は身を退き、ナイフを二本取り出した。後ろにさがりながら最小限の動きで投げる。
狙ったのは眼だ。二本の切っ先が迫ってくる。然し一つ瞬きをしてからすっと横に避けた。
明らかにこちらの動きに対応してきている。青年は更にナイフを投げつけた。
だが全て、分かっていると言いたげに避けられる。
「クソ、クソ! なんでだよ!」
青年の叫び声が大きく響いた。南美は構わず近づく。
そのうち躓いて尻もちをついた。ようやっと銃口を向ける。
「お前の動きは単純なんだよ」
南美は大和の本部内にいるあいだ、青年の投げる速度とほぼ同じ投球マシーンで避ける練習をしていた。勿論田嶋としては怪我をして欲しくないので、義神経を利用してシュミレーションのような形にした。
実際に投げられるのは彼の前で弾ける小さな柔らかい弾で、視界にはそれと同期されたナイフの映像が流れる。視神経の情報が優先されるのでストレスはかなりのものだった。
「舐めんなよ。大人を」
トリガーに指をかける。これで沖田の仇も取れるし、肥大化し過ぎたBLACK BLACKを潰せるはずだ。完璧に消えなくともこれ以上の悪化は防げる……。
その時、青年の顔があがった。南美の眉が一瞬反応する。
彼は泣いていた。不気味な顔のまま泣いていたのだ。然し南美の性根は冷酷だった。
一切の猶予も与えずにトリガーを引いた。乾いた銃声に弾が額に着弾する。あっと口を開いたまま後ろに倒れた。
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