第6話

 最上階付近、エレベーターを降りた先にはもうクラブの玄関があった。高級感の溢れる美しい装飾と大理石が出迎え、最新のホログラムで水の流れを再現していた。

「この二人は護衛だ。元刑事と公安だから心配するな」

 社長は公安がこのクラブをマークしていた事を知らない。然し表に立っている黒服は知っているようで、サングラスの奥からヱマに対する敵意が見えた。

 通り過ぎる際に睨み合う。彼女は堂々とした態度で夫人の後に続いた。その後ろ姿を見つめ、ややあって視線を逸らした。

 奥に個室のようなエリアがあり、社長らはそこに通された。一先ず見た目ばかりを気にして作られたアンドロイドが二体現れ、軽く席に座った。

 南美とヱマは席の近くに立とうとしたが、社長がそれを許さなかった。立つのは黒服でいいと言って座らせた。

「相手方がいらっしゃるのはいつ頃です」

 彼が問うと社長は電脳に一回集中してから答えた。

「もう数分もない。五分ぐらいで来るだろう」

 その前に一杯やろうと声を張り上げた。勿論二人は飲まないが、ノンアルコール飲料を薦められた。仕事で来ているから無理だと断るも社長は言うことを聞かない。

 仕方がないので南美は烏龍茶を頼み、ヱマはノンアルコールビールを頼んだ。こういう事があるので高級クラブでもキャバクラでも、様々な種類の飲料を揃えてある。

 社長の武勇伝を聞かされているうちに相手が到着した。こちらも二人程護衛を連れており、明らかに裏社会とも関わっていそうな風貌をしていた。

 見慣れない二人に社長が説明すると、男はじっと両者の眼を見た。ややあって男はふっと笑った。

「犬っぽい目つきだわ、確かに」

 これで護衛は計六名。何かあっても対処出来るレベルだ。だが信用があるのはお互いのみ、軽い目配せをやって神経を尖らせた。

「南美っつったか。お前狐か? 鬼と狐のコンビ?」

 男の質問に南美は眼の笑ってない笑みを貼り付けた。

「エルフです」

 狐とエルフは見た目の特徴が似ており、特に関西出身だと殆ど狐と言われてしまう。幼少期から間違われまくっている彼は少しでも聞かれると苛立ちを覚えるようになっており、必死に悪態を押し殺して紳士に振舞った。

「ほお、エルフでその体格って凄いな」

「ええまあ、苦労はしました」

 他愛のない会話。一体いつになったら本題に入るのだろうか……どちらもスパイ活動には向いていない性格な為、手を頻繁に組み替えたり軽く踵を鳴らしたり、若干待ちぼうけを食らっている患者のような仕草を見せ始めた。

 然し不意に社長の方から話が始まった。隠語を多用しており、声帯を義体化しているのかシークレットノイズが一部入っていた。部外者である二人には絶対に伝わらない内容だ、元政府の犬である彼らは本能的にむず痒く感じた。

 時間が流れ、団体客が現れた。遠くからアンドロイドの声と低い男の声が聞こえてくる。

 何人かの足音が近づいてくる。二人は警戒して不自然にならない範囲で視線をやった。

 すると彼らは立ち止まった。黒服達の前で立ち止まった。グラスを持っていた南美はテーブルに置き、脚を組んでいたヱマは解いた。

「ん? なんだ?」

 社長二人が気がついて顔をあげると、リーダーらしき体格のいい男が極々普通の事のように言った。

「BLACK BLACKへの献上金、幾らかだまくらかしただろ」

 すぐに理解する事は出来なかった。あまりにも普通に、あまりにも自然に告げられた言葉に二人は反応が遅れた。

 社長が何と言う前にがちゃりと嫌な音が鳴った。黒服のあいだから見えたのは二丁のサブマシンガン、南美とヱマは同時に動き出し、それぞれ隣にいたアンドロイドを蹴り出して大きなテーブルの裏に手をかけた。

 グラスや瓶がバランスを崩して地面に叩きつけられるのと、サブマシンガンのトリガーが引かれ黒服達を八つ裂きにしはじめるのとは同時だった。二人が力任せにテーブルを横にすると、すぐに弾丸が当たった。

 かなり重たいテーブルで、筋力のある二人でもサブマシンガンの圧を感じながら支えるのは苦労がいった。テーブルの裏に背中を合わせて踏ん張る様子に、社長二人は慌ててソファの裏に回った。

「ちょ、ちょっと、いや! 怖い!」

 然し夫人がパニックになり、ヱマの襟元を掴んだ。ぐっと引っ張られたせいでバランスが乱れる、テーブルが斜めになり、更に重量が二人にかかった。

「クッソ……南美! 一、二、三で離れるぞ!」

 喧しい発砲音に声を張る。その言葉に夫人が不安を口に出した。

「え、ねえ私は、?」

 ぎゅっと襟元を掴まれているヱマは素を半分見せながら言った。

「今のうちに社長と同じとこに行ってください。俺らは大和じゃないんで、人抱えて動ける訓練はしてません」

 テーブルの重さにピアスが揺れる。かなり無理な体勢で、二人共顔を歪めていた。

 それでも尚動こうとしない夫人に、南美が先にキレた。

「さっさと動けや。死にたいんかアンタ」

 敵意の籠った声に夫人は反射的に言い返そうとした。然し力を入れて険しくなっている目つきに怖気づき、一歩下がった。そこで社長が顔を出し、「なにしてんだ来い!」と腕を引っ張ったお陰で邪魔が居なくなった。

「もうそろそろサブの弾も切れる頃やろ」

 南美の言葉にヱマが肯く。

「よし、じゃあ……」

 ぐっと両脚に力を入れる。

「一」

 両腕を移動させる。

「二」

 腕で支え、背中を離す。

「三」

 ヱマが言い終えると同時に腕でテーブルを押し、続いて蹴り飛ばした。テーブルが僅かにでも視界を遮っているあいだに二人は拳銃を取り出して構えた。

 倒れた黒服の上にテーブルが落ちて嫌な音を奏でた時、警官や隊員がやるような正式な構え方が見えた。男達はざっと見ても十人はいる。リーダーらしき男が冷静に問いかけた。

「潜入調査か」

 それに南美が答えた。

「いいや。依頼受けて護衛しとるだけです」

 照準のブレは一切ない。堂々とした立ち方と構え方に、男は只者ではないと判断した。

「その依頼料より多めに金を出す。そこの社長共を渡してくれないか」

 然し腐っても元刑事と公安長官だ。全く反応を示さない二人に男は息を吐いた。面倒だが一緒に始末してしまおう、そう僅かに手を動かした瞬間。

 ぱあんっと乾いた音が鳴り響き、男の両脇にいたサブマシンガンの二人が赤い花を咲かせた。頭から血を流しながら崩れ落ちる。

 南美とヱマの立ち姿は変わっていなかった。全くと言っていい程変化がなかった。だが唯一違うのは、それぞれの銃口から硝煙が立ち上っている事……男が叫ぶよりも先にヱマがリボルバーをホルスターに戻し、そのまま走って一気に近づいた。

 気がついた時にはすぐそこまで来ていた。そして勢いを殺さず、左脚を軸に回転し右脚を首に当てた。一秒遅れてばきんっと骨の折れる音が盛大に響き渡る。ぐらぐらになった首のまま、横に倒れた。

 男がやられた事に残った連中が激昂し、持ち込んだナイフや拳銃を取り出した。然しヱマの動きは素早く、尚且つ強靭な力を持っていた。

 そして何より、現役時代に何度も賞を獲得した南美が後ろにいる。地と足裏が接着剤で固定されたように動かず、背筋も腕もぴんっと張り詰めていた。

 ヱマが一人の腹に膝をぶち込み、そのままの勢いで振り向きざまに裏拳を浴びせる。そしてそいつから大型ナイフを奪い取り、次の標的の首を狙って横に振り抜いた。

 その間南美が拳銃を持っている奴から先に撃ち抜き、反動を感じている時にヱマの背後から襲いかかろうとする男にくいっと照準を合わせた。撃ちやすい胴体に弾を込めたあと、すぐさま何発か浴びせた。

 警察仕様の視神経は警察公認の銃と連動が可能だ。もう一つの視界には拳銃の弾数が表示されており、先程の発砲で撃ち尽くした。

 ホルスターにしまうと同時に左手でもう片方のグリップを掴んだ。刹那、横から気配を感じ取った。振り返ると男が一人、殴りかかってきた。

 流石に避けきれず顔面に食らった。ヱマの視界にもそれが映り、はっと眼を見張った。彼に射撃技術があるのは知っているが、それ以外はどれ程の腕前なのか知らない。巻き舌で気合いを入れながら大柄な男を蹴り飛ばし、リボルバーに手をかけた。

 然し男の拳を受け流したあと、間髪入れずに伸びきった腕を掴んだ。そして脚で払いながら無駄のない動きで背負投げを決めた。取り損ねた拳銃を取り、容赦なく頭を撃ち抜いた。

「意外とやるじゃねえの」

 上機嫌でリボルバーから手を離す。が、後ろにいる頭から血を流した男が両手を振り上げた。

「この、クソアマ……!」

 ヱマは振り向きもせず自分に影が落ちるのを待った。瞬間、頭がさがったかと思えば少しヒールのある靴底が腹を直撃した。

 まるで馬の後ろ蹴りのよう、軽く吹き飛んでから床に転がった。脚をさげ上半身をあげた。

「ふう、やっと身体があったまった」

 血色のいい肌にざっと周囲を見る。然しもう変な奴らは居なかった。

「お、おわったか……?」

 ソファの裏から社長らが顔を出した。かちゃり、銃の鳴き声が向いた。

「BLACK BLACKへの献上金って、なんです?」

 白い双眸に社長らは言葉を失った。南美は元刑事とは思えない構え方でハンマーをおろした。かちっと小さく音が鳴る。

「もし教えてくれるんなら、このまま家まで護衛しますよ」

 トリガーに指をかける。彼は犬として首輪がついていた頃より躊躇いがない。確かな雰囲気が床を滑り、社長らを締め付けた。

「わ、わかった……」

 両手を挙げてゆっくりと立ち上がる。然しヱマの叫び声が轟いた。

「南美逃げるぞ!」

 驚いて振り向く。

「なぜ!」

 ヱマの足元には先程の男が転がっていた。そして外れたサングラスの先にはカメラのレンズのように動く眼があった。

 盗撮用の違法義眼……死亡しても電脳が繋がっている限り撮影し続ける厄介な代物……勿論、振り向いた南美の顔がしっかりと映り込んでいるし、飛びかかったヱマの顔も録画されていた。

 BLACK BLACKに顔がバレた、という事だ。南美は舌打ちをかまし、銃口を再度社長に向けた。

「んな奴らほっとけ! どうせウイルスで始末される!」

 ヱマの焦った声に悪態を吐き、銃を右手にクラブを出た。

「しくったな……サングラスしてんの怪しいとは思ったけど」

 エレベーター内で肩を落とす。

「確実に身元もバレるでしょうね。田嶋に協力してもらうか……」

 ホルスターに戻し軽く腕を解した。アクションをしたのはいつぶりだろうか、動きは覚えていたが身体の節々には僅かなダメージが残った。

「キョウカに? 下手に大和に近づかねえ方がいいんじゃねえか」

 ヱマは長官時代、田嶋と交流があった。ただ本名は知らないし今のように好きな格好もしていなかったので調べても気が付かなかったのだろう。それに交流といっても仕事上のみだ。

「五月雨が使う特殊回線で連絡します。あとは向こうが勝手に対処してくれるはず……」

 一つ息を吐いて電脳内に入り込む。本来なら違法行為だが、田嶋の采配で特殊回線を利用出来る、偽造の所属IDを使い接続した。そこから田嶋に宛てて内容だけを簡潔に伝える。

「事務所もバレんだろうなあ……どうすっか」

 南美が連絡をとっているあいだ、ヱマはうーんと悩んだ。然し丁度上を見た時、先程までいた階から赤い光が漏れ出ていた。何度か点滅している、その様子にあっと眼を見開いた。

「やばっ」

 気がついた瞬間、そこが弾け飛んだ。耳を劈く爆発音と振動に南美も驚く。エレベーターは緊急用のシステムに切り替わり、一旦停止した。

 揺れが収まったあと二人で上を見上げる。黒煙とそこに混じる炎、そして落ちてくる瓦礫があった。エレベーターがもう少し外に出ている設計なら、確実に当たっていただろう。

「爆発、さっきのとこですか」

 エレベーター内に合成音声が鳴り響く。あと数十秒で動き出す予定だ。

「だろうな。そういやあのクラブ、アンドロイドばっかでママが居なかったな」

 クラブと言えばママがつきものだ。然し一切姿を現さなかった。幾らアンドロイドが主体になりその辺りの伝統が廃れているとは言え、高級クラブやバーは今でも人間の方が有利だ。

「とりあえず田嶋には伝えました。私らは逃げる事だけ考えましょう」

 エレベーターが動き出し、安全が確認されている階で停止した。内部は騒がしく、二人は逃げ惑う彼らに紛れた。

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