第7話

「車、あの自動運転のやつでいけんのか」

「難しいですねえ。私が初めて運転したんも古い車やったんで」

「なら俺がやるか。車酔いしねえよな?」

「しませんよ、どんだけ荒いんです?」

「乗れば分かる」

 群衆からすっと抜け出すと関係者以外立ち入り禁止の扉に向かった。こういうビルは作業員用の無骨なエレベーターがある、そしてAIを積んでいないので緊急時でも電力があれば動くのだ。

「この煩さなら発砲音も聞こえんでしょう」

 鍵の部分を銃で破壊し、あとはヱマが馬力だけで蹴破った。一応ざっと周囲を見てから足を踏み入れた。

 赤いランプがあちこちで回転し、それぞれの顔を定期的に照らした。大体の作りは同じなので、特に迷わず業務用エレベーターまで辿り着いた。

「地下駐車場までこのまま行って、んで社長の車使って……うーん、目的地どうしましょう」

 万が一を考え右手に銃を持ったまま顎を触った。それぞれのピアスが赤いランプを反射する。

「俺の家なら平気だろ。治安はわりいけどな」

 ヱマの提案に顔をあげる。

「家あったんですか」

「俺をなんだと思ってんだテメェ」

 BLACK BLACKに顔がバレたかもしれないのに、二人のやり取りも調子もいつも通りだった。地下駐車場に到着すると先に南美が行って状況を確認し、ヱマが素早く車まで向かった。

「チッ、流石に用心してんな」

 ドアは開いていたが肝心のパワースイッチが反応しない。恐らく社長のIDを登録してあるのだろう。

「しゃーないですね。バレたらしまいですが……」

 然し南美が社長のIDを見ていたお陰で手動で入力するとエンジンがかかった。自動で読み込まない際の手段だが、こうして悪用される事もある。

「じゃ、俺の家まで行くぞ」

 自動運転でもヱマの家まで行く事は可能だ。然しGPS機能を使う必要があり、意外と簡単に位置が特定出来る。手動運転でもナビを利用すればGPSを使う事になるが、ナビさえ切ってしまえば機能も自動的にオフになる。

「ただ琉生さん、あんまり派手な運転はせんでくださいよ。目立ってドローンに見つかったら面倒ですから」

 早速手動運転で地下駐車場内をぐるりと回ったが、確かに彼女の運転は荒っぽく性格通りのものだった。技術があり器用な分余計に感じる。

「分かってる。元公安長官だぞ、アンタより分かってっから」

 片手だけをハンドルに乗せながらどこか自慢げに言った。南美はふっと笑い、姿が見えないようにスモークをかけた。

 神奈川県川崎市まで高速を使って移動し、更にそこから入り組んだ道を進んでいった。

「かなり治安悪いとこじゃないですか……」

 昔は普通の街だった。だが五十年程で世界の情勢に引っ張られ、特例地区に指定される街になってしまった。

 背の高い建物に囲まれているが、その半分程は違法建築だ。歌舞伎町も本当は特例地区に入っているし、必ず各地に一つあると言われているが、ここと福岡の博多周辺は特に混沌を極めている。

「元長官が、なんで東の九龍城に住んでるんです」

 南美は産まれてから二十歳までは兵庫の特例地区にいた。当時はまだ堺井組が肩を切って歩いていた為、ある意味秩序はあったがそれでも大概な場所だった。福岡は西の九龍城、神奈川は東の九龍城と呼ばれており、今でもそれは変わらない。

「都合がいいんだよ。色々とな。それに誰も俺が元長官だと知らねえし気づかねえから」

 ヱマの家は違法建築で凸凹になったマンションの中腹にあった。車は高級車なのでそのうち解体されるだろう。

 ドアノブに触れると自動的に指紋を読み取り、鍵が開いた。ID認証が殆どの現代からすれば簡単に作れる。

「ただいまー」

 呑気な声を出すと奥からAIの声が返ってきた。

『東万暦四千年一月十日火曜日です。おかえりなさい』

 然しその声ははじめ二十を改造したような声で、尚且つバグっていた。今日が何日何曜日かを告げるトーンと、ヱマに返事をしたトーンが明らかに違っていた。

「コイツ改造したその日にバグりやがってな。直せねえからこのまんまなんだよ」

 狭くごちゃっとした部屋のなかに狐のぬいぐるみがあった。眼がカメラのレンズのように動き、項垂れていた顔があがる。

『誰ですか。その人誰ですか』

 無機質な声音に「南美ってエルフ。俺の上司」と適当に答えた。彼は微妙な不気味さを感じながらも、引き攣った笑みを浮かべて軽く手を振った。

 ヱマが居を構えているここは特殊回線に近いものを使っており、BLACK BLACKには見つかりづらいと語った。それに堺井組傘下の組が根を張っているので、彼らのような半グレ集団は逆に数が少ない。

 勿論、彼女と公安がヤクザと繋がっている事は話さなかったし、話すとしても南美が数秒後に死ぬと分かっている場合のみだ。まだピンピンしている今はリスクがある。

「なるほど……となると暫くはこっちにおった方がええか……」

 恐らく事務所はすぐに特定される。以前の依頼でWhite Whyの存在は知られているし、HPに顔写真は載せていないが名前と元捜査一課巡査長というのは書いてある。少し調べれば警察の公式サイトから銃の所持を認められている人物として、一覧のなかに紛れている。

 そうなれば車も銃も見つかる……早いうちにはじめちゃんにカモフラージュをしてもらわないと、銃を使われた場合責任を問われるのは自分自身だ。腕を組んだまま電脳に入り込む彼を一瞥し、ヱマは立ち上がった。

 爆破事件は流石にニュースになった。当たり前だ、あの時いた二人以外からすれば突然ビルの屋上付近が爆発しただけだ。ドローンの映像がそのまま垂れ流された。

「やっぱBLACK BLACKの事は言わねえな」

 社長二名と夫人、そして襲撃してきた十人程の男共は全員巻き込まれた被害者、という形で報道された。勿論死亡しているので南美とヱマ以外に証人はいない。

「……一体いつから警察は奴らに負けたんでしょう」

 悔しそうな、苛立ちの籠った声にスナック菓子の袋から一枚取り出した。

「さあな。ただあの殺人事件以降、警察はBLACK BLACKに押され始めてた。警視庁の偉いさんがわざわざ俺に弱音を吐いてきたよ。あの集団は想像以上にえげつねえって」

 元長官らしい言葉に彼は顔をあげた。訝しむような目付きに指の腹を軽く舐め、「なんだよ」と不機嫌に言った。

「警官殺したやつですよね。殺人事件って」

「おん」

「それ以降って、どのぐらいです」

「あー、大体半年ぐらいか? そんぐらい経ち始めた頃にじわじわと警察側の動きが鈍くなってきてな。俺はそん時別の奴を追ってたから詳しくは知らねえけど、長官だったからそれなりに話は入ってきたよ」

 南美は俯き、溜息を吐いた。その様子に眉をあげる。

「そーいやお前、やけにBLACK BLACKに執着してるみたいだけどさ。そんなに顔面やられて逃げられたの気にしてんのか」

 ヱマのもとには殺人事件と傷害事件が別々で伝わっており、また当時の南美が巡査長にも関わらず特別にバディを組んでいた事も知らない。彼女からすればしょうもない事で中途半端に警官を辞めたようにしか見えない。

 憶測ばかりのコメンテーターの声を背景に、彼は素直に打ち明けた。なぜBLACK BLACKを追っているのかを。

「……なるほど。でもなんで辞めた」

「まあ単純に嫌になったんもありますが、」

 辞めてしまった方が自由も効くし、田嶋への連絡も怯える必要がなくなる。

「何よりアイツの墓参りに行きやすいですからね。あのまま刑事やっとったら、きっと警察官やからってプレッシャーに押しつぶされてたかも知れません」

 ふっと浮かべた微笑はいつもより素に近く見えた。ヱマは咀嚼するように間を置いてから、「ま、いいんじゃね」とテレビ画面を消した。

「どのみちBLACK BLACKは潰さねえと。このままじゃ最悪な事んなる。それこそあの事件みたいに……」

 東万暦三千九百五十年の夏に発生した、他国マフィアによる一斉テロ事件。当時堺井組を筆頭とした暴力団が肩を並べており、唯一大和や公安と協力した事件でもある。

 裏にいたのが複数のマフィアだったというだけで、実際にテロを起こしたのはカルト宗教団体だった。事件を起こす前からその団体自体はあったし、殆どが自国民だった。

 然し勢力を伸ばしたいマフィアと日ノ国に革命を起こしたいカルト団体が出会ってしまい、結託した結果同時多発テロが発生してしまった。

 東京、大阪を中心としたそれは経済に大きく影響し、当時技術面で世界一位を死守していたせいで全体的にダメージを負った。特に彼らは生産業を狙った為、そのダメージ量は尋常ではなかった。

 一気に均衡が崩れてしまい、日ノ国の治安は悪化。そのまま技術を急速に回復、成長させたせいでアンバランスになり、特例地区が幾つも出来上がってしまった。

 BLACK BLACKはそれよりも酷い事態を招くかも知れない。もうただの半グレ集団ではないし、今彼らを裏社会から抑えつけられる力は堺井組にはない。出来るのは精々、一箇所に集まって退ける事だけだ。

「あのバカ共が勘違いしなきゃ……」

 ヱマは苦い思い出を噛み締めるように顔をしかめた。南美は訊こうとはしなかった。元長官というだけで、もうあまり彼女を探ろうという気持ちがないからだ。

「はあ……で、キョウカは?」

 気持ちを切り替えて座り直した。南美は一瞬電脳を覗いてからかぶりを振った。

「反応ナシです。言うても総裁ですからね、多忙でしょう」

 それに息を吐きながら背もたれに身を預けた。

「やる事なしって感じかあ」

 下手に外に出る訳にもいかないし、ネットやメタバースも潜りにくい。依頼は既にはじめちゃんが受付停止にしているだろう。

「あ、お前今日ここ泊まってく?」

 思い出したように声のトーンを高くして下を指さした。また電脳にいたのか、「ん?」と間抜けな声を出した。

「いや、泊まる?」

 もう一度訊くと数秒固まったあと、いやいやと苦笑混じりに否定した。

「流石に幾らなんでも」

「そう。俺は別にどっちでもいいけど、この辺泊まるとこあるっけなあ」

 腕を組み、うーんと考え込む。その様子にふっと素の無表情を浮かべた。然しどこか懐かしんでいるようにも見える。沖田もこんな感じだったと……。

「あ、そうだ、狐」

 振り向いてAIに話しかけた。飾り気もクソもない名前にAIはまた日付を告げたあと、『なんでしょう』と答えた。

「ここの大家に一部屋貸してくれねえかって連絡してくれ」

『分かりました。連絡します。します』

 ぴこぴこと胸元のライトが短く点滅したあと、じじっと機械の唸り声が僅かに聞こえた。

 南美が大家と共に部屋を出て行ったあと、狐のぬいぐるみがまた日付を言い出した。僅かに間をあけてから本題に移る。

『田嶋キョウカ、という人物から連絡が来ています。読み上げますか?』

 トイレから戻ってきたヱマは手を洗いながら肯いた。雑なようでいて丁寧な一面がある、辞めてから数年経っているが抜けきらないのだろう。

『南美から連絡があり、こちらで追跡させてもらった。今現在君達は川崎市の特例地区内にいるようだな。電脳では特定される危険性があるので、川崎市の回線を使わせてもらう。一先ず事務所には大和隊員を数名向かわせ、銃や車、その他重要だろう物は回収させてもらった。BLACK BLACKのメンバーらしき人物はまだ来ていない』

 恐らくこちらのAIの通信速度が遅いせいでズレが生じているのだろう、大和程の組織ならリアルタイムで南美がどこにいるか細かく判るはずだ。狐は続けた。

『五月雨の総裁にも協力を仰いだ。BLACK BLACKの動向をネット上から探ってもらう。我々は現実世界で探るつもりだ。それで君達にはそのまま待機しておいてほしい。幾ら特例地区で特殊な環境下とは言え、彼らは場所を選ばず出没する』

『我々が到着するまで、なるべく室外に出ないでほしい』

 以上、読み上げを終了しますという声のあと、ヱマは彼を追いかけるようにして部屋を出た。

「南美、いるか」

 同じ階層で隅の方にある部屋のドアをノックした。ややあって返事があり、一旦なかに入った。

 宛てがわれた部屋は一年前に住人が行方不明になった部屋で、家具の一切合切がそのまま残っていた。一日、二日ぐらいなら問題はないし、大家が掃除をしたのでそこまで汚くもない。

「キョウカから連絡があった」

 かい摘んで重要な部分だけ伝える。銃が使用される心配はこれでなくなった。

「ただ何人来るのかは分からねえ。それに言い回し的に、キョウカ本人が向かってるようでもあった」

 もし隊員だけなら我々が到着するまで、とは言わないはずだ。南美の方が彼女をよく知っているので、「来るつもりでしょう」と肯いた。

 とにかく二人には現状出来る事がない。もう少し片付けが終わって満足したらヱマの部屋に戻ると約束し、事が進むまでは自由に過ごした。

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