第9話
「南美が文句を言っても援護しろ。そして絶対に青年を殺させるな。BLACK BLACKを潰す火種になる」
田嶋は屈強な隊員四名に命を下した。それぞれが散り、二人の確認が取れたあと踵を返した。事が終わるまで身を隠すつもりだ。
南美は大和仕様の拳銃を二丁。ヱマは折りたたみ式のナイフを二本所持。ぱっと見は手ぶらのように見えた。
雲が流れ、自動運転の車が二人の横を過ぎた。刹那、反対側にいた女が銃を発砲。反射的に頭を下げ、南美が懐に手を突っ込んだ。
引き抜いてすぐにトリガーを引く。二発放ち、一発が女の腹部に命中した。店のガラス扉にぶつかったあと、ふらふらと逃げようとする。
然しだっと駆け出したヱマがそのまま飛び蹴りをかました。胸の辺りに命中、ホログラムを表示していたウインドウが砕け散った。
「琉生さん!」
破片のなかから立ち直った彼女の頭上から飛び降りてくる者が一人。南美がすぐに拳銃を構えるが、彼の横から体格のいい男が突撃して来た。
ヱマは間一髪で横に避ける。飛び降りてきた奴は種族がデビルらしく、翼を使って着地した。手には大型のナイフが握られている。
拳を構えて手で挑発した。素早く振り抜いてくるが無駄のない動きで避け、膝を顎下に叩き込んだ。鬼の力はかなりのものだから、一瞬にして白目を剥いた。
南美は両腕を抑えられ、脚で抵抗しようにも不利な状態にあった。ぎりっと食いしばった歯を見せた時、大和の隊員が影からサイレンサー付きの銃を発砲。男のこめかみを撃ち抜いた。
重たい身体が落ちてくる前に気合いをいれて押しのけた。立ち上がりスーツの裾を意味もなく撫でた。隊員はすぐに路地裏に引っ込み、姿を見せなかった。
「意外とあちこちにいますねえ。しかも普通に」
幾らヤクザを使って秩序を作っていても特例地区のなかだ、ガラの悪い人間がその辺を歩いていても違和感がない。二人は合流しなおし、もう少し視界が開けている場所に移動した。
だが。
「おいおい、こりゃ想像以上だな」
ヱマが知っている場所には既に奴らがいた。バットや鉄パイプを持った不良少年達が二人を睨みつける。
「私らがあれこれ言い合ってる間に来とったようですね」
二人を閉じ込めるように後ろからも集まってくる。元々ここにいた少年達なのか、それとも他所から来たのか、どちらにせよBLACK BLACKの動きは予想よりも早く、的確だった。
「こりゃあ五月雨のなかに裏切りもんがいるだろ。じゃなきゃ監視されてる状態でここまで動けるかよ」
大和はリアル重視だから仕方ないとは言え、五月雨はサイバーに特化しまくった部隊だ。幾らなんでも不自然な駒の配置だった。
「まあその辺は事が終わってからですよ」
流石に少年相手に銃は使えない。南美は柔道の構え方をし、ヱマはボクシングに近いラフな構え方をした。
「南美さんら、囲まれてますね。全員未成年のようです」
彼らを取り囲むビルの非常階段に隊員の一人がいた。足元にはスナイパーライフルの入ったケースが転がっている。
『麻酔弾を使え』
田嶋からの声に「ラジャー」と短く返すとライフルを組み立てた。あくまでも大和はサポートだ。派手には動けない。
緊張状態のなか、少年達のリーダー格らしき男がバットを南美に向けた。
「勝てると思うなよ、オッサン」
舐めた声と目つきに息をゆっくりと吐く。
「来い。相手したる」
全く怯む気のない二人にイキった少年達は苛立ち、リーダー格の男が声を荒げた。瞬間、両方から襲いかかってくる。
バットや鉄パイプの類は普通に当たれば骨折する可能性がある。なるべく避け、場合によっては奪って脚を狙う……とにかく命だけは取らないように気をつけなければならない。
ヱマは脚を中心とした柔軟な体術が得意で、よく見ると右脚が義体化していた。そのせいか脚でバットを蹴り飛ばすと甲高い音が鳴り響いた。
南美は柔道を基本とした体術が使えるが、銃よりも腕は落ちる。エルフなせいで力も鬼より弱く、隙を狙われる事もあった。然しそれを余裕でカバー出来るのが彼女だ。
「南美、動くなよ!」
咄嗟の言葉に中腰のまま固まると、ヱマは南美の頭に片手を置いて華麗に空中を舞った。彼の眼前に着地した瞬間に少年達の横腹を蹴った。
「かなり減りましたが……」
背中を合わせて息を吐く。流石に鼓動が速くなっており、寒さを感じない程だった。
スナイパーライフルによる無言のサポートもあって蹲ったり、気絶したりしている少年の数は増えた。だがそれでも絶える気配がない。
「ゴキブリかよテメェら」
ヱマが顔を顰める。これだけでかなり体力は抉られている。そこにあの青年が来たら……。
ざっと一際目立つ足音が南美の尖った耳に届いた。それは特別大きな音でもなかった。だが五年前のあの時を思い出す足音に視線をやった。
「アイツ……」
呟かれた声にヱマも振り向いて視線をやった。少年達が道を開ける。
「……この臭い」
眉を顰め、軽く鼻を触った。フードを被った青年は五年前より大きく成長していたが、見えている首や手首周りに黒い血管が浮き出ていた。
「田嶋総裁、ターゲットと思しき青年が現れました。スナイパーで狙えます」
隊員がスコープを覗き込み、銃口を青年に向けた。
『南美の事は気にするな。撃て』
上司の言葉に指をかける。
「ラジャー」
トリガーを引いた。はずだった。
ぶしゅっと首から血が吹き出した。隊員の後ろにはコンクリートに突き刺さったナイフがあった。
「くっ、そ」
バランスを崩した隊員はそのまま階段を転げ落ちた。止まった時にはもう大量に血が吹き出して伸び始めていた。
青年は一切動いていなかった。いや正確には動いていたのだが、二人の眼には追えなかった。
「南美、雑魚は俺がやる」
懐から一本ナイフを出した。威嚇ぐらいにはなるだろうと彼から離れた。
「……色々訊きたい事はありますが」
ジャケットに手をかけ、その場に脱ぎ捨てた。シャツの袖を捲り上げる。青年はそれに応えるようにしてフードを脱いだ。
赤く光った不気味な瞳。頬にまで伸びる黒い血管。五年前に見た顔と全く同じだった。
グリップを掴み、ホルスターから引き抜く。冷たい風が吹き荒れた。
瞬間、眼前にナイフの煌めきが一瞬あった。殆ど反射神経だけで避ける。お陰で何が起きたのか、すぐには理解出来なかった。
青年は手をポケットに入れたままだった。一瞬にして恐怖が足元を這い上がってくる。
銃を構えた。鋭い眼差しで睨みつける。
お互い動きを見せなかった。ヱマの暴れ回る音と少年達の苦痛に喘ぐ声が聞こえてくるだけだ。
だが先に仕掛けたのは南美だった。それは一度構えを解いたあとに一瞬で攻撃をしかける、フェイントのような仕掛け方だった。
事前にヱマから情報を聞いていたお陰だ。タオウーを使っている者は相手の小さな動きに敏感で、尚且つ一瞬の動作や感情の変化に反応しやすい。常人よりも遥かにだ。
大和仕様の弾丸は他のものより速度がある。どっと青年の右肩に命中した。
彼的には殺したいぐらいだが、それをすると火種が消える可能性がある。タオウーは死ぬと使用した痕跡が消えるという話があるからだ。
なるべく生きたまま行動不能まで追い込みたい……南美は銃身を下ろして逃げる体勢に入った。青年は右肩を押さえたあと、赤い瞳で睨みつけてきた。瞬間、ナイフが二本飛んでくる。
流石に投げた姿が見える。視界を切り替えたのもあるが、相手がまだ感情的になりやすい年齢だからだろう、避けた後に一発撃ち込んだ。
わざわざ飛び退いた。南美は妙な違和感を覚えて眉根を寄せた。五年前はすっと避けていたのに、怯えているように飛び退いて距離を取った。
何かがある、そう思った時。細い道から小型の車が飛び出してきた。
はっと視線をやった瞬間、車がヱマの横腹に突っ込んだ。どんっと重たく鈍い音を奏でて車を転がり、地面に叩きつけられた。
車はそのまま真っ直ぐスピードをあげ、コンクリートの壁に衝突した。
「琉生さん!」
反射的に足が向く。然し青年にとっては大きな隙だった。
「終わりだよ、刑事さん」
すぐ近くで若い男の声が聞こえた。懐に潜り込まれ、しまったと思った時には腹にナイフを押し当てられていた。
熱い痛みに後退る。膝から落ち、顔をしかめながら銃口を向けた。胃が傷つけられたのか、食道を血が駆け上がってきて吐き出した。
「終わらん、お前ら、ええ加減にしろよ、」
膝立ちのままトリガーに指をかける。だがヱマの悲鳴に意識が引っ張られた。
車に轢かれてもなお四肢を突っぱねて起き上がろうとした彼女の背中に、思い切り頑丈な鉄パイプが振り下ろされたのだ。幾ら鬼の身体でも激しい痛みが力を奪う。
崩れたのをいい事に複数の少年が背中に足を乗せ、続けざまに頭を狙ってバットを振り上げた。
ぱんっと銃声が鳴り、振り上げた少年がバットを取りこぼしながら倒れた。
「南美、」
乱れた髪もそのままで彼を見る。腹を押さえ、口から血を垂れ流しながら立ち上がった。
「南美動くな!」
身体が軋んでも構わず大声を張り上げた。だが彼は聞かずに銃を向けた。
「離れろ、お前ら」
よろよろと足を踏み込む。然しヱマが止まれと言う前に力が抜けて崩れ落ちた。
それに少年達がニヤニヤと近づこうとした為、少し彼女にかかる体重が減った。
痛みを誤魔化して立ち上がりながら脚を掴み、引きずり倒して頭を蹴りつけ、落ちているバットを広いつつ勢いを殺さずに他の少年達を後ろから殴りつけた。
すぐさまバットを投げ捨てて南美に駆け寄る。
「大和はなにしてんだ……俺達の居場所分かってんじゃねえのかよ」
下手に引き抜くと一気に血が流れ出てしまう。寒いのを我慢してスカジャンを脱ぎ、腹部に押し当てた。
「もうここの回線やら電波やらは“OSIRIS”にジャックされてるよ」
ヱマが気配を感じ取る前に青年がすぐ隣まで来ていた。咄嗟に南美の懐にある拳銃を引き抜いて突きつける。
「OSIRIS……? なんでアイツらが」
青年の顔は恐ろしく、勝手に手が震えた。タオウー独特の臭いに意識がふわりと回る。呼吸が荒くなった。
「所詮はただのハッカー集団だよ。俺らには敵わない」
すっとポケットから出したのはナイフだった。雲のかかった太陽光の光りを反射して、鋭利に輝いている。
「来るな。来たら撃つ」
ハンマーをおろす。南美を庇うように睨みつけた。
「大人しくしてくれればお前は殺さないよ」
くるっと刃が向けられた。その時、左手が掴まれ、背中に熱い身体が当たった。血に塗れた南美の右手が拳銃を持つ手を覆う。
「琉生さん、貴方じゃ撃てん」
血の絡んだ声に「煩い」と吠え銃を構え直した。然しぐっと腕を掴まれ、照準がブレる。腹を刺されているのにとヱマが眉根を寄せた時。
「居たぞ! こっちだ!」
大和の隊員らが声を張り上げて駆け寄って来る。青年はばっと振り向いた。驚いた表情が一瞬見えた。
「クソ、なんでだ……!」
ナイフを捨てると一気に走り出した。隊員が二名、変装用のコートや帽子を脱ぎ捨てながら追いかける。
「琉生さん南美さん、大丈夫ですか」
一人駆け寄ってくる。ヱマはすぐにスカジャンを退けて南美の様子を伝えた。自分は車に跳ねられただけだと答える。
「大和の救護班を呼びます」
こういう怪我は大和の方が慣れている。ヱマは邪魔にならないように立ち上がった。
「クソザル!」
遠くから怒鳴り声が響いてくる。視線をやると青年が縦横無尽に建物を上がっていき、それを隊員二人が必死で追いかけていた。
「……久しぶりに怖かったな」
肝の座っている彼女が唯一恐れたのは数年前の事件の時だけだ。そしてタオウーという共通点をもって、先程も鳥肌が立つ程の恐怖を感じた……。
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