END (挿絵あり)

「……」

 腕をさげ、ややあって銃をホルスターにしまった。麻酔弾は三秒程で効く。呆気ない終わりだったと足を退いた時。

 とんっと左のふくらはぎに何かが当たった。なんの気なしに下を見る。刺さっていたのはナイフだった。

 眼を見開き、ジャケットを掴みながら手を懐に入れた。青年の右腕が伸びきっており、指先がこちらを向いていた。

挿絵

https://kakuyomu.jp/users/nekomaru16/news/16818023212113799903

 然し南美が銃を引き抜く前に重たい膝蹴りが顎に入った。強制的に顔が上に向く。

 意識が一瞬消えかかった。身体が後ろに行く。が、右足で踏ん張って殆ど本能だけでグリップを引いた。

 相手が着地する前に銃口を向けトリガーを引いた。数発身体に着弾し、麻酔弾の影響で糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 頭がぐわぐわと揺れ、足を何度か踏み直した。エルフも犬歯が尖っているので不意に殴られると口内を傷つける、嫌な血の味にぺっと吐き出した。

「大和の麻酔弾やぞ……」

 口角から垂れてくる血をそのままに睨みつける。相手の身体はびくびくと痙攣していた。

 一歩後退る。銃を向けた。更に数発放つ。

「キショく悪い」

 酷く嫌悪感を孕んだ声が響いた。瞬間、相手の蹴りが銃を持っている右手の甲に当たった。

 手首が折れるほどの力だ。拳銃を離し左手で押さえながら距離を取った。

 拳銃は地面を回転して南美から離れてしまった。視線を正面にやる。

 相手は何かに乗っ取られているように動きがおかしく、白目を剥いていた。また泡が口角から漏れ出ており、本人の意識は殆ど飛んでいるように見えた。

 ぐっと姿勢を低くしたと思えば突っ込んできた。腕を出して蹴りを防いだがかなりの力だ。

 火事場の馬鹿力とでも言うのか、完全にリミッターが外れているようだった。相手の脚にもダメージが入る。

「チッ」

 幾ら麻酔弾を打ち込んでも意味がない。いやそれ以前に、隙がない……!

 立て続けに蹴りや拳が飛んでくる。その一撃一撃がイカれた力で、防げば防ぐ程ダメージが蓄積されていった。

 もし彼女なら。もし、沖田なら……

「俺だってやれる」

 鬼やデーモンに適わずとも出来るはずだ。南美は敢えて防ぐのをやめた。

 相手の拳が飛んでくる。それを間一髪で、ギリギリで避けたあとすぐさま腕を掴んだ。

 そして背中を向け、脚を払い、声を出しながら背負投げを決めた。どんっと勢いよく背中から落ちた相手の腕をとったまま、無理矢理うつ伏せにさせて身動きを封じた。

 然し抵抗する力はかなりのものだ。一人では歯を食いしばって全力で抑える事しか出来ない。とてもその状況で銃は引き抜けなかった。

 大和に頼るしかない、南美は全身の筋肉が悲鳴をあげるのを感じながら電脳を開いた。

「南美!」

 響いてきたのはヱマの声、はっと振り向くと走ってくるのが見えた。南美は咄嗟に声を張り上げる。

「麻酔弾数発じゃ効かん! 全部撃ち込んでくれ!」

 転がっている拳銃を先に使えと続ける。彼女は走りながら拾い上げ、コッキングをし青年の近くまで来た。

「流石に頭にぶち込めば」

 大和仕様の拳銃はそもそもが重たく反動も大きい。南美だから扱えただけだ。

 しっかりと構え反動を受けながらトリガーを引く。体幹もいいし力もあるので連射出来ているが、並の人間では一発放つごとに腕が痺れる。

 着弾する度に身体が痙攣する。力のリミッターが外れているのでかなりのものだ。声を漏らしながら必死で抑え込む。

 南美の限界が来る前に撃ち込まなければ……もう頭皮をやられて血が吹き出しており、このまま脳に届いてもおかしくない状態だ。

 そのうちかちかちっとトリガーが軽い音をたてた。銃を投げ捨て、南美の懐を探って引き抜いた。

 コッキングをしてからまた放つ。然し流石に反動で両腕が痺れ始め、指も思うように動かなくなってきた。

「キツい……!」

 反動を上手く受け流す方法を知らないからだろう、ヱマが弱音を吐くと南美が言った。

「代わった方がええ! 押さえられるやろ!」

 力を入れたまま吐き出された言葉にヱマは肯き、拳銃を一旦置いて彼と代わった。同じ姿勢で押さえ込み、鬼の力を最大限発揮する。すると痙攣が小さくなった。

 拳銃を拾い上げ残る麻酔弾を打った。明らかに受け流す動きが違う、そして明らかに痙攣の仕方が違う。

 ややあってかちっと弾切れの音を奏でた。

「切れた」

 息を吐く。青年はまだ暴れており、ヱマが押さえていなければ飛びかかってくるような気配を感じた。

 然しそのうち大人しくなっていく、最後にはふっと力が抜けた。

「流石にもう、いけたか……?」

 呟きながら力を緩め、腕や手を退けた。立ち上がる。

 南美が近づき、脚で仰向けにさせた。顔は変わらないが、黒い血管が少なくなっていた。やっと麻酔が効いたらしい。

 ヱマが大和に連絡しているあいだ、生きているかどうかを確認した。もう一つの視界でも見てみたが死亡はしていない、然し大量の麻酔弾とタオウーのせいで目覚めないかも知れないし、目覚めても何かしら問題が起こる可能性も高い。

 一つ溜息を吐き、タバコを咥えた。然し電源がつかなかった。

「イカれたか……」

 寿命なのだろう、赤いランプが小さくついていた。仕方がないので懐に戻す。

「ん? タバコは?」

 ふっと咥えた場面を見ていたヱマが問いかけた。大和への連絡は無事に終わったらしい。彼女もあちこちに痣や擦り傷があった。

「寿命みたいです。電源つかんくて」

 左のふくらはぎを庇うように右足に体重をかけた。あまり強く投げなかったのか、ナイフはそこまで刺さらず軽傷で済んだ。

「マジか。じゃあ紙巻きタバコ吸うか?」

 スカジャンのポケットからくしゃくしゃの箱とライターを取り出した。たまに吸うらしい、だから家にライターがあったのだ。

 一本受け取って口に咥えた。ヱマの手元で変な柄がプリントされたライターが火を吹かす。軽くタバコを挟みながら近づけた。

 ふっと白い息を吐く。続いてヱマも自分の分に火をつけた。

「懐かしいなあ。誰かのタバコ貰って吸うの」

 誰に聞かずでもなく、昔の思い出を振り返りながら呟いた。それに同調する。

「俺もだ」

 お互いに自分のなかだけにある深い思い出を眼前に浮かべながら、味わうように煙を吸った。然しヱマが唐突に盛大に咳き込んだ。

「一年ぶりに吸ったから肺が……オエッ……」

 一年ぶりという単語に眉根を寄せる。

「これ、いつのです」

 何度も咳き込みながら死にかけの声で答えた。

「知らねえ……確実に一年と半年ぐらいは、」

 それに顔を顰めた。

「ずっとスカジャンのポケットに?」

「いや、流石に……出したり入れたり……お陰で数本謎に消えたり……」

 また咳き込むヱマにややあって大きく肩を落とした。

「やけに不味いと思ったら……」

 長い指に挟んだタバコから白い煙が立ち昇る。然し締まらない雰囲気にふっと笑みを零した。

「ヤベェ……死ぬ……」

 酷く掠れた声を絞り出し、ヱマは火のついたタバコを水溜まりに落とした。

「青年、松浜は意識をメタバースに飛ばしていた。どこまでも逃げるつもりなのだろう。然しここは五月雨に任せる」

 また湿布だらけになった二人に田嶋は脚を組んだ。

「とにかく無事で何よりだ。今回は我々からの依頼という形で責任を取る。だから君達はいつも通りの生活に戻ってくれ」

 ここから先は組織と政府による攻防に移る。二人は半ば追い出される形で本部を去った。

「依頼って事は金入るんだよなあ?」

 仕方が無いので帰路についた。駅に向かいながら話す。

「一応それなりには。やけどまあ、はじめちゃんに殆ど取られるだろうし、そもそも既に幾らかは引かれてるはず……」

 それにヱマは「結局ビンボーかあ」と溜息を吐いた。

 松浜ショウはメタバース内で五月雨の隊員に捕縛され、強制的に現実に連れ戻された。そして今度は大和と公安によって事情聴取に張り付けにされ、またタオウーを調べる為の検査も何度も行われた。

 OSIRISは五月雨の指示のもと情報を抜き取り、三月に入った直後にばら蒔いた。とある政治家、医療関係者、また芸能人や役者、映画の監督等がBLACK BLACKに関わっていた事が知られ、完全に逃げられない状況に追い込まれた。

 そして警察は意図して協力していた一部関係者を切り、脅されていた数名の上層部を表に出して上手い事回避した。公安も似たような方法で切り抜け、大和、五月雨に伸びていた手は警察、公安の信用度回復の為に逮捕された。

 世論と警察が上手い事作った筋書きに合わせ、三月中旬には大和、五月雨がバーチャル、リアルの両方でBLACK BLACKの一斉清掃を開始。警察は特例地区の少年を補導し、公安は彼らが活躍しているあいだタオウーの情報を集めた。

 結局その薬物の出処は不明だった。BLACK BLACKも知っている者は数名で、彼らでさえどこの誰が作ったものか知らないでいた。

 ただタオウーという薬物の詳細は知れたし、OSIRISによってその噂もネット上に流れ出た。公安はヱマが長官を辞めてから初めて、本格的にタオウーを追う事になった。

「まあたBLACK BLACK名乗って暴れた奴がいんのかよ。命知らずか?」

 四月に入り、桜の蕾が膨れ上がった頃、ヱマはエナジードリンクの缶を片手にソファの背もたれに座っていた。

「相当なバカなんでしょう。まあ大和の仕事が増えるだけです」

 顔を洗ってきた南美がすっきりした表情で現れ、投げ出されたベストを拾い上げた。

「なあ南美、そういやお前の下の名前全然知らないんだけどさ、隠してんの?」

 襟元を正す彼に視線をやる。エナジードリンクを一口飲んだ。

「ないんですよ。下の名前」

 さらりと打ち明けられた言葉に眼を丸くしてから眉根を寄せた。

「えーっ、と……剥奪者ってやつ?」

「ええ。お陰で学校入った時はバカにされましたけどねえ。エルフやし、どうせすぐ辞めるやろって」

 ヱマはふうんと小さく言った。

「まあでも、警視庁の捜査一課で巡査部長やれたんだ」

 どこか嬉しそうな声音に振り向き、素直に笑った。

「そうですね」

 彼女に見せる顔は素に近くなっていた。それを感じ取ったのか、照れ笑いのように鼻で笑って立ち上がりながらエナジードリンクを飲み干した。

「で、墓参り行くんだろ」

「ええ。ついでに沖田に挨拶してください」

 スーツのジャケットを羽織り、車のキーを手にとった。南美が乗る旧車は今から墓参りに向かう相手から貰ったものだ、きっと乗りつければ「いつまでそんなボロ車使ってんだ」と笑われるだろう。

「そーいや、その沖田って人も下の名前ねえな。一緒なのか?」

「一緒ですよ。どっちも親のせいで名前を剥奪されたんです」

 それに気のない返事をしたあと、「なんでそんなルールあるんだろな、特例地区って」と小さく呟かれた。

 車に乗り込み、千葉県の大きな霊園に向かった。千葉は沖田の出身地だ。

「花、新しいな」

 墓につくと既に新しいものに変えられていた。南美はしまったと眉をあげた。沖田には妻がいたので、恐らくその人だろう。

「しゃーないですね。そのまま置いときますか」

 折角沖田の事を思って買ってきたのに、そのまま回収するのは気が引けた。墓の作法だなんだを無視して邪魔にならないところにそっと置いた。

 線香の残り香が立ち上る。二人はこじんまりとした墓の前で肩を並べ、しゃがんだまま手を合わせた。

「沖田、お前の仇は取ってやった。安心して眠ってくれ」

 隣から切実な声が聞こえてくる。ヱマが顔をあげても、まだ彼は眼を瞑っていた。

「……」

 何かを思うような、憂いた表情を浮かべて一歩退いた。ややあって南美も立ち上がる。

「なあ南美」

 静かな声に振り向く。簪の飾りが揺れた。

「もしまた何か起こったら、今度は俺の事で巻き込む事があったら、お前は、」

「戦いますよ。一緒に」

 その言葉に一つおいて照れた笑いを浮かべた。視線を逸らす。

「当たり前ですよ。一応“ヱマさん”を雇っとる立場なんで」

 とんっと肩を叩いたあと南美は歩き出した。その背中に小さく肯く。

「次はきっと、大丈夫だ」

 拳を握りしめ、ややあって駆け出した。南美の肩に腕を回し、腹が減ったから焼肉が食いたいとワガママを言った。

 今月もいつも通り金がないのに……だが南美は文句を言わずに笑って肯いた。

挿絵

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