第9話 パシリになんて堕ちてたまるか!
転生をしてから二か月が経った。
つまり五月突入である。
四月は散々だった。
1、入学式で家族全員が転生していることを知った。
2、千賀刹那に絡まれた。
3、水元花を観察してたら、周囲の女子から変態扱いされた。
特に三番がきつかった。
しかし!
あれから数週間!
少しずつ存在感を消していったので、おそらくだが、ジロジロと見ている風の印象は薄れているだろう。
水元花も、教室内で浮いていないようだし。
千賀刹那も、目立った動きはしていない。
葵四季や、その幼馴染らも、Sクラスから出てくることもない。
よきかな、よきかな。
この世は平和である――ことはなかった。
*
社会人であれば……、さらに優良企業につとめていれば、ゴールデンウィークの中日平日に有休をぶっこんで超大型連休にできるものなのだろう。
が、元ブラック企業社員・現高校生である俺は、GWの中日はただの平日であり、つまるところ他の生徒と同じく、だるかろうがせっせと登校中であった。
けれども、やはり夏休みの前哨戦ともいえるGWでは、中学から上がった初めての連休ということもあって、平日だろうが、みんなソワソワとしていた。
俺からするとあまりうれしい雰囲気ではない。
相変わらず、隣の席の千賀は授業中だろうが、昼休み中だろうが、つまらなそうに外を眺めている。
それに飽きると、思い出したように『失敗した俺』をバカにするお言葉を投げかけてくる。
「ばーか」とか。
「あーほ」とか。
ただこの前「ジュース、自販機でなんか当たったから、一本あげる」とか、無料で手に入れた缶飲料を差し入れしてくれたので、悪い奴ではない気がする。
それが『おしるこ』じゃなかったら、女子からの差し入れなんて、泣いて喜んでいたところだ。
正直なところ、こいつは口が悪い。憎まれ口も多い。
反面、それだけでもある。『こいつが、本当にいじめをするのか?』と思うことが多々あった。言わせてもらえば、そこら辺のやつよりも千賀は話しやすかった。
が、そこはやはり、この世界のシナリオの運命からは逃げられないのだろうとも思う。
じゃなきゃわざわざテンペスト学園が存在している意味がなくなってしまう。この世界にとどまらず、『転生した先の世界』には『その世界が存在する意味』が必要なのだろうだから。
反面、水元花は、なんというか――うまくやっていた。
少々、肩透かしを食らっていたのが正直な感想だ。
もっと……、こう、なんというか、人付き合いが下手なイメージを持っていたのだが……。
当初こそ、おどおどとしており、気落ちしていることもあるような花だったし、陰キャの仲間として考えていた。
しかし、今では教室の中で普通に人付き合いをしている。俺よりも数倍うまく、友達も多い。
シナリオが正しければ、たった数か月前に育ての親である祖母が亡くなったはずなのに、それを感じさせない笑顔さえ浮かべていた。
まさか、裏でイベントが起きているのか? 攻略キャラの誰かと何かあったのか? いや、それは二年以降だから、違うか。
「うーん……よくわからないけど、そもそも転生自体がよくわからない現象だもんなぁ……大体、転生先にも転生ものの小説があるって、どういうことだよ……、ここから転生したらまさか俺の世界に行くのか……? わけわからん」
ぶつぶつと話していると、隣から声。
「まーた、独り言。キミってオジサンみたいだよね」
「っく……」
アラサーサラリーマンはJKからしたら、オッサンだよ。
まあ、俺をバカにして何かが発散されるなら、本望ですけどね……。
まさか、その言葉が本当になるとは思わなかったが。
*
変化は唐突だった。
昼休みのことである。
「ねえ、間宮くん? パン買ってきてよ。今日なんかだるくて歩けない」
「は? 嫌だよ」
パシリなんてしてる暇あったら、そろそろ攻略対象の男キャラたちの調査に入りたいんだ。
人のことをからかい続ける女子の買い物に付き合っている暇はないのだ。
「いいじゃん、別に。この前、ジュースあげたでしょ」
「アホ言うな。ありがたかったけど、おしるこは嬉しくねえよ。しかも春のうららかな時期にホットを買いやがって」
「……困ってる人のこと、見捨てるわけ?」
そうして、千賀刹那は頬をぷくうと膨らませた。
俺の目の前で。
JKがいじけだした。
俺と千賀の視線が――数週間ぶりに、がっちりと嚙み合う。
「ひい!?」
思わず声が出た。
最近ではあたりまえの様に受け入れられるようになった、ウィッグのように不自然な、透き通るほど美しい青いロングヘア。
まつ毛も青く、瞳も群青色。
肌は病的なほど白いが、その分、血が通っていることを表すように、頬が少しだけ赤い。
なにより、つまらなそうに開かれている切れ長の目と、薄い、桃色の唇がいじけたようにとがっているアンバランスさ――な、なんだこいつ。まるでゲームのキャラクターなみに記号が盛りだくさんだ……!
そうだ。あたり前だ。こいつはイケメン葵四季の妹……つまり、めちゃくちゃ美少女だったんだーーー! ――と、今更、思い出す俺であった。
不機嫌な顔ばかり見せられていたし、バカにされるときは視線をずらしていたし、何より俺は相手の目を見ない癖がある……だから、隣人の持つパワーを忘れていたのだった。
千賀がぐいっと顔を寄せてくる。
や、やめてくれ。顔面偏差値は、すべての論理を覆すということは、SNSで知っていたが――ここまで強力なのか!? 負けを認めたくなっちまう……!
くやしい!
モブ代表として、ここは絶対に負けてはならん!
じゃなきゃ、この後の乙女ゲー世界人生、一生負け犬じゃないか!
……いや、元の世界でも同じだったか?
「ちょっと。『ひい』って、なによ。失礼すぎる」
「い、いや、少し驚いただけだ」
「……? なにに?」
「だが、負けないぞ……お前がどんなに美少女だろうが、俺はパシリには堕ちない! 顔の良い奴と仲良くなって一緒に撮った写真をSNSにあげれば自分のレベルも上がるとか勘違いしているような人間とは同類にならんからな! 絶対だ!」
「は?」
「要約すれば、美少女だからって調子に乗るなよ!?(負け犬確定) ということだ!」
「ひい!?」
千賀が顔を引きつらせて、身を引いた。
ひいって。
「お前も言ってるじゃないか」
俺の顔を見ながら言うもんだから、少し傷ついたぞ。
「だ、だっていきなりキモチ悪いこと言うから……」
「俺は今、明確に傷ついたからな。人を傷つけることを言うなよな」
「そっちが先に『ひい』って言ったんでしょ」
「た、確かに……」
されるとわかる。申し訳ないことをした。
自分がされたらいやなことはしてはいけないものな……。
「というわけで、パン買ってきてね。そしたら許してあげるから」
「はいはい……わかりましたよ……」
喜んでパシリをさせていただきますよ……。
「さすがに金はくれるんだろうな」
「当たり前でしょ……わたしをなんだと思ってるのよ……」
「人を馬鹿にする隣の席の人」
「失礼な……キミだって人に、び、美少女とか言うクソヤローじゃん」
「事実を言ったまでだ」
つうか、この世界の人間は色々とオカシイ。基本モデル体型とか終わってる。
「……わたし以外に言うと、またクラスで誤解されるから気を付けたほうが良いと思うけど」
「はっ!? た、たしかに」
あ、あぶねえ。
思ったことを口にするのはブラック企業時代に培ってしまった独り言癖の弊害か……。相手が居る以上、出した言葉は空気中で分解されない――それを今一度思い出さねば。
「というわけで、謝罪がてら、パン買ってきてください」
「わ、わかったよ……忠告してもらったしな……」
「ふふ。バカ丸出し。やーい、ばーか、ばーか、ストーカー」
「う、うるさい」
そんなことを言う千賀だったが、顔はそこまでイヤそうじゃなかった。
よくわからないヤツだ。
……なんて考えていたら、もっとよくわからない奴に出会ったんだけど。
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◯作者からのおねがい
お読みくださりありがとうございます。
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