第12話 余計な一言

 名前を聞いて、すぐに気が付く。

 違和感があったのも当然だ。

 目の前で泰然と微笑む少女は「門白 翠(もんしろ すい)」。


 特徴的な名前だ。間違うわけがない。

 女性キャラながら、PPの攻略キャラである存在だ。

 長身で、王子様キャラ。

 古風な黒髪ロングは外面だけを整えた嘘モード。

 ゲーム通りなら、髪は特注の超高級ウィッグであり、毎日一時間をかけて、化粧やらなにやらを駆使して、おしとやかキャラへ変装している。

 真の姿は、金髪でカラコンを入れ、ピアス穴は何個も開いているロックな感じのボーイッシュ女子なのだ。


 違和感はそれだ。俺は彼女の本当の姿を知っているのだから。


 それにしても、初めて接触する攻略キャラが、葵四季ではなく門白翠だとは……しかしモノは考えようか? 門白は葵四季の幼馴染という設定だから、核心からは離れていない。


 問題があるとすれば――なぜ、俺からではなく、門白から接触してきたのかかということ……。


「あら? わたしの顔に何かついていますか?」

「いや……」


 よけいなことは言わないようにしよう。


「で、その美少女担当さんが、俺に何の用ですか」

「長身美少女担当枠です」


 千賀と違った面倒臭さがある。

 このキャラは、クールな葵四季ともう一人のワンパクな幼馴染の間で、バランサー役として上手く立ち回れるだけの胆力がある。


 論法で惑わされないようにしないとな。


「……長身美少女さんが何を?」

「時間もないので、率直にお聞きします。アナタ、千賀刹那さんとはお隣さん同士ですよね?」

「……まあ、はい」

「ずいぶんと仲が良いとか?」


 ……なんだ、この質問。


「仲が良いとか、そういう感じではないけど」

「でも、その飲み物、千賀さんに頼まれて買いに来たのでは?」


 なんで知っているんだ。


「さっきも言ったけど、パシリなだけです」

「なるほど。どちらにせよ、近しい関係であることは間違いありませんね」

「……なにが聞きたいのかな」


 敬語を使いそうになるほど圧が強いが、なんとか耐える。

 千賀とまた違う圧。

 なんていうか……フェラーリとかポルシェとか、そういう身近にあってもおかしくないけど、パーキングで隣に止まってたら、駐車のときにめっちゃ緊張する高級車みたいな、俺自身に問題があるような圧力だ。


「聞きたいこと……そうね。そう聞かれると、困るのは実はこっちなんだけど――あなた、千賀刹那のこと、どう思っている?」

「どうって……」

「たとえば、とっても素敵とか、とっても普通とか――とっても、残忍とか?」

「いい奴だと思いますよ。話しやすいし」


 残忍。

 無作為に出てくるようなワードとは思えなかった。

 

 バカな俺でもさすがに悟った。

 何かが裏で動いている。

 やはり、二年までの間に――つまり、ゲームでは描かれない期間に色々と起こっていたということなのではないだろうか?

 いくらゲームをしていたといっても、弱点はある。


 たとえば、

 ・プレイヤーは主人公視点でしか物事を見られない

 ・プレイヤーの視点を借りているとはいえ、365日24時間、シナリオに描かれているわけではない

 ・二年以前のイベントは回想以外では描かれていない

 などである。


 門白翠は、感情を読み取れない曖昧な表情を浮かべた。


「いい奴、ね。でも、まだ一か月少ししか話してないのよね? それでにすべてがわかるものかしら」

「一か月でわかることもあると思います」

「一か月でわかることだけでもないはず」


 なんだこいつ……。

 自分から質問しておいて、のらりくらりとかわすような会話。


 何が聞きたいのか――千賀刹那の評判? なぜだ? そんなことになんの意味があるんだ。


 ちくしょう。

 上手く思い出せ。

 重要なことは一つだろ。『門白翠が、葵四季と千賀刹那の関係を知っているのか?』ということだ。それによって質問の意味は変わる。


 どうだっけな……。ルートによっては途中で開示されるはずだが、この段階で知ることってあるのか?

 でも、知らないと、こんな質問にならないよな?


 頭がこんがらがってきた!

 とにかく状況が詳しくわからない状態での深入りはやめよう。


「質問の意図がよくわからないけど、もう、いいかな――何度も言うけど、パシリの身分なんで、遅れるとどやされるんですよ」

「そうね。今日はこれでいいわ」


 今日は、ね。

 今日以降もごめんこうむりたいところだ。


 さて――教室へ戻ろう。

 そんなとき、事件は起きた。


 俺の背にかかる別れ際の門白翠の声。


「ねえ、アナタ。悪いことは言わないから、千賀刹那に深入りするのはやめておきなさい。わたしの直観だけど――なにか、よくない素質を持っている気がする、あの子。見えていることだけが事実とは思わないことね」


 ……なんだと?

 よくない気質、だと?


 その瞬間、なぜか千賀の顔が頭をよぎった。


 ホットだろうが、おしるこを差し入れるような奴だ。たしかに、ふざけた人間であるともいえるだろうし、ゲーム通りなら、本当にクソな側面だって持ってるのだろう。


 だが――それは『クソな大人の欲望』のせいだろう。

 刹那だって、考えようによっては被害者だ。もちろん起こる前の話ではあるが――今はまだ、何も起こっていないじゃないか。


 なんだか無性にむかついてきたのは、どうしてだろうか。 

 手の中のアイスティーが少し、ぬるくなった気がした。


 ただただ無言で立ち去るには、俺は幼すぎた。

 ブラック企業でも、こうしてたびたび問題を起こしていたっけ。

 誰に聞かれているかもわからない独り言。

 そして、言わなきゃよかった一言。


「門白さん、申し訳ないけど、あなただって、人のこと言えないでしょう?」

「ん?」

「ウィッグかぶって金髪とピアスホール隠して、人の目欺いてるのはそっちも同じだよ。むしろ、演じてるそっちのほうが対処に困るとも思うけどね」

「……っ!?」

「――じゃ、そういうことで、また」


 門白の驚いた顔。

 よし。

 ちょっと溜飲が下がった。

 人のことばっかり指摘してるから、自分も指摘されるんだよ。

 へへん――なんて思っていたら、体が動かない。


「へ?」


 ガシっと肩を掴まれている。

 え? は? ――ゆっくりと振り返ると、『ぐごごごごご』といった感じで今までとは別の圧を発している門白翠が居た。


 にたり、と笑っている。


 こ、こわい……!?


 美人ゆえに怖さが倍増している!? 


「なあ、アンタ。今、なんて言った?」

「い、いや、なんていうか、自分が言われたことは、人に言わないほうがいいっていう教訓をですね……?」


 圧に負けた。敬語になっちゃう。


 門白翠は首をゆっくりと振る。


「違うよ……そうじゃない……アンタ、なんで知ってるんだ……?」

「な、なにをでしょう……?」

「なにを、だって? しらじらしい。なんで、あたしの秘密を、なんでもないお前が知ってる……?」

「あ」


 そうだ。

 そうだった。

 

 属性として公然の事実である『ウィッグの下は金髪ピアスのロック少女』という設定。

 これは、たしかに『最終的には公言し、自分を偽らない人生を歩む』というエンドにつながる。

 だが、それは隠しルートの最後の最後の展開である。


 現時点では、金髪ピアスの本当の姿を知っているのは、葵四季等の幼馴染や、一部の親族だけである。


 仮にイベントが裏で動いていたとしても――モブである俺が、知っていて良い情報ではなかった……!


「なあ、おい、間宮くん? どこで、その話を聞いた……? なんで、あたしの本当の姿を知っているんだ……? 場合によっては、すべてをゲロるまで、逃がさないからな……!」

「も、門白さん、口調が。口調が、かわってますよ! あっちから生徒が来るからバレますよ! 演じて! 演じて!」

「はっ!?」

「では! そういうことで! さよなら! ――あと、さっきのことは誰にも話しませんし、俺しか知らないことなので、安心してください! ずっと黙ってますからああああああ!」


 うおおおおおおおおお!

 ボスから逃げろおおおおおお!


「あ! ちょっと! 間宮くん!? 待ちなさい!」


 待て、と言われて待つわけもなく。

 俺は一目散に逃げだしたのだった。


     *


 なお、余談ではあるが、逃げる際にパンとアイスティーを握りしめすぎたせいで、つぶれていた。


『ちょっと……なによこれ……』


 と、怒る千賀をなだめるために、今度、俺が昼飯を奢ることになった。


 これなんて理不尽?



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