第11話 門白 翠(もんしろ・すい)
人気の少ない、校舎一階最奥の自動販売機群。
絶対にならん! と決意したくせに、数分後には千賀刹那のパシリに転じていた俺は、一台の自動販売機の前で、悩みに悩んでいた。
なにせ、教室から出る間際、勝ち誇ったように口元だけの笑みを浮かべた千賀刹那に『あ、飲み物もよろしくおねがいしまーす』と、追加注文まで受けていたからだ。
俺はファミレスの店員じゃない。
モブ代表として、安易に従うわけにはいかないのだ……!
「あえて、おしるこをこする……それもホットを買っていけば立場も逆転……いや、わりかし真面目に殺されそうだ……あいつ、金に対して意外としっかりしてるからな……ここは、素直に頼まれたアイスティーを買っていくか……でも、それだとマジでパシリに……」
もはや勝ち目など無いのに、勝ち筋を探す男――それが俺だ!
「もういいや……むなしいから、さっさとアイスティー買って戻ろう……」
もはや勝ち目など無いことに、すぐに気が付いた男――それが俺だ!
「はぁ」
俺、なにやってんだろうなぁ。
意識が覚醒してから、約二か月ほど。
せっかく転生したのに――そして、前世の記憶だって持っているのに、なーにも役に立てていない。
それどころか、監視すべき対象には近づけず、近づくべきではないのかもしれない相手のジュースを買っている始末。
「まぁ……仕方ないか。なるようになるよ……な」
ボタンを押す。
アイスティーが落下。
ガコン。
取り出し口に手を伸ばす。
目当ての物を手に取って、振り返る――と、目の前に女子生徒が居た。
「こんにちは」
「うおっ!?」
気配がまったくなかったぞ!?
黒髪ロングの女子だ。
日本人形のような静謐な美しさがあるが、身長は女子にしては高い。
俺と同じくらいってことは、170センチ前後か。
女子の制服はネクタイかリボンかを選べるが、ネクタイを選択していた。
色は一年のものだ。
なんだかアンバランスな感じがするのは気のせいだろうか。
ライオンが羊の恰好をしているというか。
アタッカーがヒーラーを演じているというか。
同年代らしい女子高生は、お淑やか風に小首をかしげた。
「あら。驚かせてしまいましたか? すみません」
「は、はあ」
なんだ、この人。
めっちゃくちゃ……なんなら千賀刹那並みに美少女だが……どこか、頭がぶっとんでいる気がする。
なぜって? ――この世界で、モブの俺に絡んでくるやつなんて、明らかにストーリーを無視した行動をとっているからだ!
世界に数多ある『ゲーム等への転生物語』を見れば、わかるだろ?
キャラクターや世界史は、必ず、一定の方向へ進むのだ。そこで、主人公たちが別の行動をすると、未来が変わっていく。
変わる、ということは、変わる前、というものが定まっていなければならない。
よって、俺に関わってくるヤツは、どこかおかしい奴である可能性が高いと考えられる。
……よし。
なにごともなく、自然に……しぜーんに、立ち去ろうではないか。
無心で微笑む。
頭をさげて、一歩。
「では、俺はこれで……良い天気でよかったですよねえ……晴れると、気分も晴れていく」
はっはっは、と俺は笑いながら、黒髪美少女の横を通り抜けようとした。
が。
「ちょっと待ってくださいます?」
がしっと肩を掴まれた。
逃げられない!
美少女なのに握力めっちゃ強いんだけど!?
「申し訳ないんですが、パシリの身でして。急いで親分の元に戻らないと……」
「自ら『パシリ』と認める高校生も稀有ですね。興味、あります」
「どんなブラック仕事でも誇りをもってやってるもので」
「おかしな人ですね。ますます興味、あります」
っく。
モブに立ち絵を求めるようなことをしてくるやつのほうがオカシイ! って言い返したいけど、壮大なブーメランが飛んできそうだからやめておく。
「あの……なにか俺に御用ですか。すぐ終わるなら……」
「ええ。あるかないかでいえば、ものすごくあります」
古風な感じのする美少女は、さっきから俺が感じている――そう、ものすごい違和感をビシバシと出しながら、美しい顔を崩すことなく、にっこりと笑った。
「わたしの名前は、門白翠――1年S組の長身美少女枠担当ですかね」
……ほら、やっぱりおかしい奴だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます