第13話 人生というルート(第一章・終)

 明日から再び連休へと戻る、五月初旬、平日。

 二日ある中日も終わりを迎えようとしていた――その昼休み。

 隣の席の千賀が、ぶっきらぼうに俺に言った。


「ねえ、なんか昨日から、あんた、ビビってない?」

「……べ、べつに」

「いや、おかしいでしょ。まさか……」

「え」

「とうとうヤっちゃったのね?」

「誤解されるような曖昧な言い方はやめろ……!」


 言いつつも、俺はキョロキョロとあたりを見渡す。

 昨日、例の女子生徒――門白翠のもとから逃げた後、俺は身の危険を感じている。

 相手は金持ち。

 そしてここはゲームの世界。

 黒服サングラスの男たちが俺をさらっていく展開だって十分あり得た。


「なにしてんだか」

「千賀にはわかるまい。俺みたいな人間の脆さってやつをな……」

「知りたくもないよ」


 あきれるような声。

 少し動いただけで、青い髪がかすかな風に揺れる。

 それほどに細く、絹の様に繊細なのだ。

 口は悪いが、造りは美しい。


「その見た目の繊細さが、千賀の性格に1ミリでも反映してくれていれば……」

「なんかムカつくんだけど?」


 ゲシゲシ、と細く白い足で、俺の足を蹴ってくる。


「暴力はやめなさい。後々後悔するぞ」

「……? はいはい。でも、そんな強く蹴ってないでしょ」


 たしかに、まったく痛くはない。

 ただ、こういった何気ない癖が、いじめっぽい言動につながるかもしれないからな。


 なんだろうか。

 俺は、育成ゲームでもしているのだろうか。

 千賀刹那をまっとうに育てよう――みたいな。


「なに、ニヤニヤしてんのよ。へんなの」


 うーん。

 こいつを話をしてると、バカにされたりする分、落ち着いてくるな。


 不思議と、昔の自分を取り戻していく気がする。

 高校生ではなく。

 どこか遠く感じる、前世の自分。

 主人公を通じて見ていた、ゲームの画面の中の千賀刹那の苦しい表情が脳裏をよぎる。

 ゲームの中で、千賀は怒りに飲み込まれていた。

 そして自分をも感情の炎で燃やし尽くしていた。


 もしも、ルートを俺が見誤り、効果的な動きもできず、千賀刹那が……目の前の、リアルな人間が、あんな表情をつくる展開に巻き込まれてしまったら。


 俺は後悔で、死にたくなるかもしれない。

 本当にそうなってしまったら、こういう会話もできなくなってしまうのだろう。

 その時、俺こそ、どんな表情をしているのだろうか。


「なあ、千賀」


 人の胸中など知る由もない千賀が、小首をかしげた。


「なに?」


 出会った四月の態度からは考えられないほどの対応だ。バカにされるのは相変わらずだが、まっすぐな感情が見える。


「たとえば――未来に何か、悪いことが起こるとして……それが、たとえばだけど、俺のせいだったら……恨むか? 俺を」

「は? なに言ってんの、いきなり」

「うん。すまん」

「意味わかんない」

「だよな」


 自分でも何言ってるか訳わからなくなった。

 女子高生にあきれられる元サラリーマン。情けない。


 不安に押しつぶされそうになったからといって、他人に押し付けてよい感情でもなかったよな。


 しかし、千賀から、その先の言葉が出てきた。


「――よくわからないけど……まあ、仮にキミのせいでそうなったとしても、別に? って感じ。誰かのせいだとしても、どうしようもないじゃん。それがキミのせいでも、それが私の人生なんだし」

「……なるほどね」


 千賀刹那は、俺が考えている以上に強い人間らしい。

 だからこそ、一度道を間違えると、修正できないほどに曲がってしまうということなのだろう。


 なら、やっぱり俺が頑張るしかない。


 それこそが、俺がここに居る理由なのだろう――素直にそう思った。


「また、わたしを見てニヤニヤしてる……キモい……こんにゃくみたい……」

「言い過ぎだ! と言いたいところだが、意味がよくわからないから怒れない……」

 

 あはは、と千賀が笑う。

 口元だけではなく、顔全体で。

 

 違和感。新鮮味――あ、そうか。こいつの笑ったところ、初めて見た。


「なんだよ。そうやって笑ってる顔のほうが美人じゃん。ずっと笑ってたほうが得するぞ」

「っ――ざけんなキーーーーーーック!」

「いてえ!? 頭おかしくなったのか、お前!」

「『お前』じゃないわよ! あんたの頭がおかしいっつってんのよ!」

「はぁ!?」

「なによ!?」


 外は晴天。

 彼女の髪は空色。

 これが青春なの? と聞かれてもピンとこないけど、少なくとも今、俺はここで生きている。


 わからないことばかりだが――でも、元の人生だって、未来なんてわからなかった。それに比べたら、シナリオのパターンを知ってるだけ、未来は明るいだろ。


 なーんて、思いながら、俺の転生人生はまだまだ続いていくのだった。


 もちろん思いもよらない展開に巻き込まれながら。


                          ―――――第一章・おわり








『作者より:

これにて第一章終わりです。(書き溜め分)

謎は深まるばかりですが、青春的には明快になっていくばかり。

モブ人生も悪くはなさそうですが……さて、門白はなぜ千賀を気にするのか?


続きが気になった方はぜひ、


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なにかしらの評価をいただけますと幸いです(なにがどれにどう影響するのかはよく分かっておりません!!)


では、第一章終了です。ここまでお読みくださり ありがとうございました!』

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モブキャラ男子高校生の乙女ゲー転生 天道 源 @kugakyuu

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