第8話 俺はストーカーじゃないやい……
プリンスプロジェクトの主人公は、水元花である。
しかし、裏の主人公は千賀刹那であるといわれる。
なぜなら、二人の設定は対極なのだ。
育ての祖母が亡くなって一人になった花。
母親が病気で孤独な刹那。
父が不明の花。
父を父と呼べない刹那。
愛に飢えている二人だが――花だけがそれを手に入れる。
それも、葵家がかかわる複数ルートでは、刹那の幸せが盛られるはずの器から、少しずつ、少しずつ、ソレを奪っていく……ように刹那には見える。
刹那はだから、少しずつ、少しずつ――壊れていくのだ。
俺は、姉貴に命じられるままに攻略をしていただけだけど、それでも思ったものだ。
だれか、このキャラを助けようとするやつはいなかったのだろうか?
でも、いないのだ。
なぜって?
そうしないと、ゲームが面白くならないからだ。
小説だって、アニメだって、何でも見てみろよ。
『悪役が心を入れ替えることに楽しさを見出す』という構図でない限りは、『悪役は虐げれてこそ、胸がすかっとするのだ』。
刹那を中途半端に救ったって、プレイヤーは『面白くない』。
因果応報という名のもとに、人は『いじめたやつが、いじめられていたって、楽しさを覚える』のだ。
なんて残酷な話。
でも、現実だって同じようなものだよな。
人間だれしも、生まれたときから定まっていることは山ほどあるのだから。
たとえば……そう、顔面偏差値とか、人間のもつ素質とか、それこそストーカーしそうとか言われる陰鬱な雰囲気とかね(涙)
*
さて、ここで問題です。
本来、陰キャというのは、目立たぬ存在であるはずです。
ですが、あまりにもイケメンの多い学校で、なんなら、陰キャ属性のキャラが当たり前のであるイケメン集合体テンペスト学園での陰キャは、目立つでしょうか?
答え――めっちゃ目立つらしい。
エルフの中に紛れたゴブリンみたいな感じになるらしい。
平凡な顔が、ある種の個性にまで昇華しているらしい。
だからこそ、本来は得意であるはずの『観察』が、はかどらない。
水元花が、どのルートに行くのか?
誰を攻略するのか?
学園ならびに私生活において、どんなフラグを立てていくのか?
発売後数日ゆえに情報がWEB上にない状態での攻略チャート作りのようだ。
この作業は俺が――いや、俺たちの家族がこの世界で暮らしていく故で、必須である。
そもそもの話『葵四季ルート』もしくは『その幼馴染キャラ』のルートに入らなければ、葵家崩壊までは進まないのだ。
だから、その周辺と水元花が接触するのかを確認したかったのだが……。
話は簡単ではなかった。
昼休み。
俺はぐったりとして机につっぷしていた。
この二週間。
俺は、やりきった。
やって、やって、やった。
詳しく言うなら、『モブキャラらしく黒子役に徹して、水元花を観察』していたはずだ。
モブかつ陰キャ属性の俺ならば、上手くいくはずだったのに……。
なのに!
なんか俺!
嫌らしい目で女子を見る男子認定されてんだけど!?
俺はこの学園の安寧を求めているだけなのに!
それも水元花だけを見てるのに、他の女子が『自分が見られてる』とか勘違いしてるしよ!!
これはあれか? あれなのか?
天気予報の中継で、レポーターの後ろでピースしながら画面に映ろうとしている人間がやけに目立つ感じか?
場合によっては、台風前にそれをやったりすると、『悪い趣味』に見られてしまう可能性もあるような、ああいう感じなのか!?
仕事の徹夜明けみたいな、だるさがある。
もう歩きたくない……。
隣の席の千賀が、ぼそりと呟いた。
「ねえ、わたし、誤解してたかも。キミっていわゆる、ストーカーさんってやつだ」
「ちがうやい……」
「あたしのこと見てたっていうより、誰かを見続けるのが趣味ってことね? 見ること自体が目的なんだ」
「そんなことないやい……」
千賀刹那め。
最初こそガン無視してたくせに、俺に『女子生徒を観察してるみたいな視線がイヤ』という変な噂が立った途端、嬉しそうに話しかけてきやがって……。
いじめっ子気質のあるやつの絡み、ほんとめんどくさい。
俺は、とにかく、水元花のルートがいつ分岐するかを見定めたかっただけだ。なんなら、いじめが発生しないように、千賀のことも意識していた。
その周囲に変な波長がないかも確認していた。
たしかに教室内を見すぎていた。
水元花や千賀刹那にとどまらず、クラスのパワーバランスなんかも気にしまくっていた。チャートを作るときのように、ノートにメモさえとっていた。
……焦りすぎたようだ。
二年から始まるストーリー分岐の根源を、一年の四月から探そうとするのが間違っていたようだ。
ふふん、と千賀が笑う。非常にいやらしい声だ。
「そういう趣味、将来の犯罪者予備軍っぽいから、治したほうがいいよ」
「趣味ではございません……」
言い返す気も起きない。
しかし……なんだ。
四月も中盤を超え、五月が見えてきたが、千賀が水元花のグループに接触している気配がない。
メインストーリーは二年から始まるが、すでに、いじめは始まっている状態だ。
ということは一年の頃から、主人公はいじめられている。
さらに、その『いじめ』は、『悪意・楽しい』という感情ではなく、千賀の『心の叫び』でもある。
千賀が少しでも憎むということなので、間違いなく、葵四季と水元花は一年の時に接触しているはずだ。
……まあ、それでも四月は早すぎたってことで。
もう少し肩の力を抜いて、進めるか。
幸運なのは、『水元花を見ていた』という噂にはならなかったってこと。
そうなっていたら、主人公キャラに警戒されて、大変なことになっていた。
――はずなのだが。
「キミさ、ずっと水元花って子、見てるよね?」
「え?」
思わず、千賀を見た。
先日のやり取り以降、なるべくそっちに視線を向けないようにしていたのだが。
意外なことに、千賀もこちらをしっかりと見ていた。
まるで俺のことを値踏みするかのように……?
「あの子のこと。気になるの?」
「いや、気になるっていうか……」
「……なんで?」
「特に意味はないけど……」
嘘をついたが、許してくれ。
「あたしのこと……、……とか言っといて、他の女子もか」
「え? なんて?」
「別に」
今、なんて言ったんだ?
まあいいか。どうせ悪口だろうよ。
それにしても千賀は鋭い。
もしかすると、千賀自体も、水元花を気にかけているから、俺の行動に気が付いたのかもしれないな。
今後は気を付けよう。
それよりも千賀が話しかけてくれるのは、助かるしな。
なにせ、すべてのストーリーはこいつから始まるわけだし。
監視しなくても、話しかけてくれるわけで――ほぼ、バカにしてくるけど。そこは俺も大人だから、悔しくないから、平気である。
千賀が小さく笑った。
「そもそもキミって友達いないの? 入学してから、いつも一人じゃん」
大人だから悔しくない、悔しくない……ホントダゾ。
「千賀も一人だろ」
思わず反論してしまった。
「……っ! わ、わたしは別に、一人が好きだから? 選んだうえでの一人なの」
「俺だって孤独を選んだ者の一人だ。つまり千賀と同類だ」
「勝手に同類にしないで」
「同類だろ。Fランク学級なんだし。一般庶民同士仲良くしてくれ」
「はぁ? わたしだって本当は――」
千賀は黙った。
何を言おうとしたかは、なんとなくわかった。
『わたしだって本当は――Sランク』
葵家――そういうことだろう。
もちろん気が付かない振りをした。
「まあ、俺も本気を出せば友達ぐらいできるさ」
「そうは見えないけど……だって、誰からも話しかけられないじゃん」
「くっ」
たしかに、ここ二週間。
千賀は色々と話しかけられているが、塩対応を続けている。
半面俺は、『目つきがやらしい』という評価以外、誰からも何も話しかけられていない。
「ほらね。誰からもしゃべりかけられてないじゃん」
悔しいので、苦肉の策。
「それは……違うだろ」
「なにがよ」
「千賀は話しかけてくれるじゃん……千賀だけだけど……はぁ……」
言ってて悲しくなってきたわ。
千賀は『話しかけてくれる』んじゃなくて『バカにしてきてる』だけなのにさ……。
「……っ!?」
千賀は、言い返してこなかった。
キッとにらんでくる。
圧がすごいのは変わらず。
俺は机に突っ伏した。
世界とのつながりをシャットします!
「なんか……むかつく……」
千賀の声だけが聞こえる。
どんな表情をしてるのかなんて確認はしない。
おお、怖い……。
まさか俺がイジメられるなんてことないよな……。
いや、ないか。
葵四季と恋愛でもしない限りは、そういうことにはならないのだ。
そういう意味でいえば、この世界は『なにもかもが、運命として定まっている』といえる。
その事実を――俺はわかっているようで、実のところ、俺は理解できていなかったのだけど。
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