第7話 見ないでくれます?
頬杖をついて窓の外を見ていたはずの刹那の視線は、がっちりと俺のほうへロックされていた。
敵意丸出しの、鋭い視線。
めっちゃ怖い――のに、恐ろしいほど美しい目でもあった。
刹那はもう一度言った。
美しさに言葉を失ったバカな高校生男子にもわかるように、ゆっくりと。
「……こっち、見ないで、くれます?」
「あ、いや、ごめん――見てたわけじゃないんだけど」
いや、見てたか。
見てたよな。
「がっつり見てましたけど?」
「はい、見てました……すみません……」
「ふん」
刹那はそうして、先ほどのように頬杖をつき、窓の外に目を向けた。面白いものなんて何もないだろうに。
いや……でも、ここはゲームの中だしな。
もしかしたら、なんか、あるのか?
たとえば校庭を横切る人体模型みたいな、日常の謎とか。
一枚絵が出るようなイベントの予兆とか――気になる。
前世なら、「こ、こわ。二度と千賀刹那を見ないようにしよう。俺はこれから空気だ、酸素だ」と目を瞑って気配を消していただろう。が、ブラック社会人の経験を積んだ俺は、行動力と思い込みが段違いになっていた。
千賀刹那が見ている景色を確認してみようじゃないか。
もしかするとルートに関することかもしれないし。
周囲の席の生徒は、みんな離席して、知人の机に集まっている。
そのせいで周囲は空いている。
俺は、体を動かして、窓の外に何かがないかを確かめてみる。
……うーん。
なにもないな。
景色しかない。
やっぱり人と触れ合いたくないから、外を見ているだけっぽいな。
あれ? なんか、空がやけにきれいに見えるぞ。
これもゲームの中だからか……? あ、違うわ。若返ったせいか、視力あがってるんだ。
うわー。遠くの飛行機まではっきり見える。社会人の癖で、空なんてみない人生だったせいで、気が付かなかったわ。
そう考えると、疲れとかもないし、若返りってすげえな。
今度オールでゲームとかしてみようかな……、何年ぶりだろ、まじで……。
ゆっくりと。
刹那がこちらに顔を向けた。
先ほどよりも、もっと鋭い視線。
「……なに? さっきから。キミさ、まじで、なんなの?」
げ。
「いや、待ってくれ、外がよく見えるから感動してただけなんだ」
「はぁ?」
「視力が良くなったというか、若いっていいよなって」
「意味わかんない。こっち見るなって言いましたよね? 日本語わからないの? キミもさっき、謝ったよね? 認めたよね? なのになんで、秒でこっち見てるわけ」
「だから、外が――」
「外とか、関係ないから。わたしの言葉に答えて。なんでこっちを見るの? なんか言いたいことでもあるわけ?」
ここで「いじめはやめよう!」とかいっても、説得力ないからやめておこう。
第一、刹那の指摘はごもっとも。
俺のほうが分が悪い。
それにしても――千賀刹那の圧がはんぱなく強い。
否定、否定、否定――意識がぶつかってくる感じ。
うーん。いたよな、こういう上司とか先輩。
正論だろうがなんだろうが、圧力で論法をねじまげて、自分を正当化するやつ。
もちろん、今は俺が悪いけどさ。
「ちょっと待ってくれ」
「待ってる。だから早く言いなさいよ」
っく。
「俺は外に興味があるんだ」
「外になんて何もないけど」
「外になにかあるんじゃないかって思っただけだ」
「でも、わたしのことも見てたでしょ」
「だから――」
だから――千賀刹那に興味があったわけじゃない。
そう言おうとして、ふと思いとどまる。
『千賀刹那は、人の愛情に飢えている』
公式設定である。
そんな相手に『興味なし発言』は、バッドエンドルートへの後押しをする可能性が高い。
今はまだ、圧力強めの不機嫌女子高生というだけなのだから、ここでキャラ属性を後押しするような言動はまずい。
「だから、なに?」
相変わらず不機嫌そうな千賀は、顔どころか、体までこちらに向けていた。
気になるというより、『ばっちこーい!』という感じ。全部受け止めてやるから、剛速球の返しも受け入れろよ? みたいな圧。
逃げたくなる気持ちが芽生えたが――ぐっと耐えた。
すごいぞ、俺、昔の高校時代よりレベルが高い。ありがとうブラック企業、上司は消えて欲しいが感謝だ。
「いや、外も見ていたのは確かだ」
「何もないのに?」
「千賀だって、何もないのに外を見てたじゃないか。何もないのに外を見ること自体は否定しないでくれ。それは、自分の言動を否定してることになるぞ」
「ぐっ……うるさいわね。わ、わたしは外じゃなくて、窓を見てたの」
「窓? 窓にうつる自分の顔でも見てたのか?」
「そ、そうよ。自分の顔を見てたの。キミとは違うから。だから――そうよ、キミにはキミの理由があってしかるべきでしょ? あたしの理由とは違う何かを言いなさい。まさか、顔を見てたなんて詭弁は許さないから」
態度が不安定で忙しい。
プライドが高い設定だから、自分の立場が重要なんだろうな。
キャラ属性って縛りプレイみたいで大変だな……。
「なによ……? その憐れむような顔……!」
あ、やばい。
気持ちが顔に出すぎてた。
ここは素直に伝えるしかないだろう。
「俺も千賀と同じようなもんだ」
「は? 同じなわけないでしょ? 苦労も知らない顔して」
「苦労は知ってるぞ! 大手のブラック企業をなめるなよ!?」
「え……? いきなり、なに……?」
「あ、いや、すみません」
いけない。
俺にもキャラ属性のスイッチあったわ……。
気を付けよう。
そして早々に話は終えよう。
良い方向に進むとは思えない。
「まあ、つまり、俺も千賀と同じものを見ていたってことだ。千賀が景色と顔を見ていたなら、それが俺の答えってことだ。これで話は終わり、以上」
「いや……ちょっと待ちなさいよ。話が元に戻っただけでしょ、それ、質問に答えてない」
めんどくさいな、コイツ!
「だから、気になったんだって」
「なによ」
「千賀が見てる景色が気になったんだよ。千賀のことが、気になって視線を向けてしまった。それ以外に理由はありません……! 以上!」
「……?」
千賀が眉を顰める。
斜め上を見る。
そこで動きが止まった。
母親譲りなのだろう真っ白い肌が、だんだんと赤く染まっていく。
どういう感情だ?
「な、え、気になる……?」
「ああ、気になった。すごい、気になった、だから見た。許してくださいスミマセン」
「……っ!?」
言葉が返ってこなかった。
千賀は首のほうまで真っ赤になっていた。
なんだ? どうした? どんな感情だ……?
あ、わかってしまった。
イケメン率が80%を超えるような学園で、最低ランクの脇役モブキャラから、変な言葉をかけられたから、プライドが許さないのか……。
つまり、怒りから赤くなっているのだ。
『雑魚が、調子のってんじゃねーよ』っていうセリフ、ゲーム内で聞いたことあるし。
しばらくすると千賀は小さな声を出した。
絞り出すような声だった。
「……いきなり変なこと言わないでくれるかな」
謝って、なかったことにしておこう。
「ごめんなさい」
千賀刹那はそれ以上は言わずに、プイッと顔を背けてしまった。
また、窓の外を見ているが、もう気にするのはやめよう。
これは俺が悪かったよな。
千賀は、高校時代の俺と同じ理由から外を見ているのだ。
きっと、教室の中の充実感を見るのが、イヤなんだろうな。
ソワソワしてるっていうか。
何かが始まりそうっていうか。
そういうことに期待していない人間からすると、きっと、この教室内の空気ってのは、目に見えない壁に囲まれた牢獄のように感じるのだろう。
社会人になって成長したと思いきや、やっぱりこういう空気は苦手だということが、転生してみて、よーくわかった。
俺たちは似た者同士かもしれないぞ、千賀――なんて心の中で語りかけつつも、しっかりと悟ってもいる。
今回で嫌われたっぽいから、二度と話すことなんてないだろうなってことに。
でも、それって、やばくないか?
バッドエンド突入の後押ししてないよな?
俺の行動で未来がいきなり変わるということはないと思うんだが……。
まあ、とりあえず、静かにしておいて、今後の経過を見てみるか――なんて思っていた時期が俺にもありました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます