第一章
第6話 千賀刹那(せんがせつな)
テンペスト学園。
繰り返すが普通の私立高校である。
もちろん普通であって、普通ではないのだけども。
実態は、乙女ゲームの世界のイケメンが集合しているといっても過言ではない、高顔面偏差値高校であった。
もちろん俺は、モブなので、なんの特徴もない――いや、むしろちょっと目つきの悪い男子高校生でしかないので、テン学の生徒であるのかも定かではないが……。
*
転生前はブラック企業に勤めていただけあって、登校のための早起きや準備なんてものは苦でもなんでもなかった。
なんなら教室の机の下に寝袋を引いて一晩明かしたっていい。
いや、もちろん俺が悪役になるに決まってるのでしないけども。
進学校の実態なんてものはついぞ知ることなく転生してしまったが、テンペスト学園は、俺が勝手に想像する進学校のように、点数のテスト順にクラス分けがされているようだった。
ただ、そこはゲームの世界。
もちろん点数の結果は重要だが、それに加えて、家柄や、寄付金額なども加味されたうえでのランク分けされるっぽい。
つまるところ一般家庭育ちの俺は、Fクラス確定なのだった。
もちろん葵四季はSクラス。父のリストラ回避のために友達になる、なんて戯言は、チャンスのひとかけらさえ存在していない。
まあ、チャンスがあっても、意図的すぎる付き合いはしたくないけどさ……。
なんか、そういう関係って苦手なのだ。だから仮に家族から命じられたこと――。
(父)リストラ回避のために、葵四季と仲良くなって、間宮家の評価をあげるのだ!
(母)生まれてくる弟か妹のためにも頑張るのよ!
(姉)四季きゅんバッドエンドになったら、他のキャラもオワコンになるルートあるじゃないの! わたしが10股解消して学園祭でナンパされるまでは、ちゃんとテン学の平和を維持しときなさいよ!
以上の、一方的な要望を叶える場合でも、真正面からぶつかっていきたいものである。絶対にはじき返されるだろうが、騙すようなことはしたくない。
さて。
現在は、入学後のオリエンテーションが終わったところだった。
教師が早めに退室し、『次の授業まで自由時間。教室からはでないように』と宣言したところだった。
どこか静謐だった教室内が、一気に動物園化する。
さすがFクラス。
これがSクラスなら会話も生まれず、参考書でも開かれるのだろうか。
一つ意外だったのは、クラスメイトに、主人公の『水元 花(みずもと はな)』が居て、ぎこちなくとも笑顔で話をしていたことだ。人づきあいが苦手なのだろうが、頑張って話を合わせているようだ。
プリンスプロジェクトの物語は回想を除いて、すべて二年生以降から始まる。
過去の回想イベントも、いじめ描写だとか、現実逃避描写だとか、暗いものが多い。
しかし、今の時点ではイジメは発生しておらず、平和そのものである。
ゲームの世界だと、時系列が整理されていたり、不要な部分がカットされているので、キャラの色が極端になるのだろうが、こうして一緒の時間を過ごすと、見えなかった部分も見えてくるというものだ。
で。
当然、花がいるクラスなので、いじめ役の刹那もいる。
窓際の列の最後尾。
つまらなそうに頬杖をついて、外を見ていた。
ちなみに俺の席は、窓から二列目最後尾。ようするに刹那の真横である。彼女の正体をしっているので、非常に気まずい。
葵刹那――になるはずだった少女。
千賀刹那。
葵家当主の隠し子だが、認知をされていないので、法律上は他人である。
唯一の肉親は、母親のみ。
刹那の母は病弱で、それゆえに儚く見え、日光に当たることも少ないため肌は透き通るよな白色。イベントはすべて病室である。あきらかに暗い未来が待っていることは、どのプレイヤーだろうが悟ってしまう。
現在、刹那家の生活費および療養費は、正体不明の支援金でまかなっている。もちろん葵家からだ。
そういう環境ゆえに、刹那は幼少時から『愛情』に飢えており、『自分を見て欲しいという欲』が強い。
なおかつ『プライドが高い』ので、『人に甘えることができない』という設定だ。
これだけを並べると同情されそうではあるが、なにせ、主人公を責めるイベントがどぎついものばかりなので、彼女のことを好きになるプレイヤーは皆無だろう。
彼女の描写には、救いもなければ、隙もない。深堀もされない。
きっと、刹那に『正当性』を持たせてしまうと、いじめを肯定してしまうことになるので、制作サイドの判断で、徹底的な悪役としたのだろう。
もちろん、それでいいと思う。
いじめなんて、くそくらえだ。
この世界、学校だけではなく、会社でもいじめは存在する。大人になればなるほど、直接的な暴力ではなく、陰湿な精神攻撃へ変わっていく。
会社で、どれだけの人間が、ちょっとした周囲との差で目をつけられて、追い詰められていったことか――俺は、案外図太い性格をしているらしいが、それでも人を助けるまでの余裕はなかった。
「そうだった……」
ずっと後悔してたことを、ふっと思い出した。
そうだった。
大企業ゆえのブラックさは、一個人が歯向かっても潰されるだけ。
だから、同僚や後輩を陰からそっと支えるしかなかった。
それでも守れない相手が、辞めていく。逃げるだけならいいが、心を壊して、消えていく。
本当に、それがイヤでイヤで――俺は毎日あらがおうとしては、潰されていたんだっけ。
考えは止まらない。
頭がぼうっとしてくる。
そう考えると、『現段階の刹那』のことは、人の欲が渦巻く社会と堕落しきった大人たちの間に生まれた何の罪もない少女にしか見えなかった。
隠し子であり、愛情を注がれなかった存在であり、しかし葵家と裏で繋がらないと病弱な母親を守れない無力さを感じていた。その母親もじきに……そうだ、在学中に病死してしまうんだ。そしてイジメも加速する。
幸せそうに笑う『葵四季』と『水元花』が、憎くて憎くて仕方がないのだ。
「……こっち見ないでくれます?」
「え?」
思考の海をバタフライでザッパザッパと泳ぎ続けていた俺は、たった一行の否定の声に、水面から無理やり引き上げられた。
「『え?』じゃなくて。こっちみないで、って言ってるんですけど」
声の主は――千賀刹那だった。
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