第5話 家族仲良く
室内に沈黙が訪れた。
――父さんが転生?
単純そうで、実は難解な言葉だ。
そもそも、一般人に転移とか転生とかタイムリープとかタイムスリップとか、違いがわかるわけもない。
ミステリをしらない人間が「密室? なにそれ?」という疑問を持つのと同じだ。
なのに――どうしたことだろう。
誰も質問をしない。
それともできないのか?
実際、俺の場合は、理解できていたゆえに、混乱していた。
「あ、あのな、証拠はない。証拠はないが父さんは、もともと、おまえたちとよく似た家族と暮らしてたんだ。名前は違うが、性格やら外見はほぼ同じなんだ。最初は、自分が若返ったのかと思ったが、どうも違う。世の中にある物の名前も、なんだか違うことがあるし、有名人も違う顔が多いし……でも、前の世界と同じものもある。一か月ほど前に転生を思い出したが、今日まで情報を整理していたんだ。だまっていて、すまん」
父は説明のチャンスだ、とばかりに言葉を並べ立てた。
それはこの一か月間、俺が考えてきた思考と同じだった。
他人事みたいに「俺たちやっぱり同じ遺伝子なんだなぁ」なんて思う。
いやいや大事なことは、そうじゃない。
言わなきゃいけないことは――まさか、父さんも転生者なの? ってこと。
「まさか、お父さんも転生してたの……?」
そうそう。それが言いたかったんだ。
「……え?」
俺が出したのは呆けた声だけ。
じゃあ今のセリフは誰のものだ?
隣を見ると、あんなに必死に操作していたスマホから目を離した姉が、うるうるとした目で父を見ていた。
この展開。
まさかとは思うが……。
「わたしも転生してたの! ここ、PP(プリンスプロジェクト)の世界なの! だってテン学あるし! パパはわからないと思うけど、乙女ゲーの世界なの! つまり四季きゅんとか、まーちゃんとかいるんだよ!? あー、最高! はやく会ってみたい!」
姉は幸せな顔をした。
だが、それは一瞬で消えた。
「――なのに! なんで、あたしは前のあたしに限りなく近似値の顔なわけ!? ふつう美少女とか悪役令嬢とか、そういうのに転生するんじゃないの!? しかも! さ!」
どんっ! と姉が机をたたくと、スマホが数台浮いた。
「――どういう理屈で、この世界のあたしは10股もしてんのよっ! 10股ってもはや犯罪じゃん!? おまけにバレたら男同士で殺し合い始まるようなレベルのメンヘラ男子ばっか付き合いやがって、お前はどんな性癖だよ!? いや、あたしだけどさ!?」
きいいいいいい、と頭をかきつつも、一台のスマホが鳴動すると、すぐに返信を始める。
「返信しないと、バッドエンドルートのイベント強制発動しそおおおおおおお! くそおおお、始発まで貫徹してた社会人なめんじゃないわよ! 全員穏便に振って、テン学学園祭でナンパされてやるんだからっ!」
そうして姉は、スマホに向き直った。
後半はどうかと思うが、それ以外は成功することを願う。
それにしても……なんという事態。
まさか姉まで転生していたとは。
家族の風貌に対しての指摘がないということは、姉は前の世界での姉で間違いはないのだろう。
こうなると――流れは一つしかない。
父は疑うように、俺と母を見た。
空気を感じ、返信を終えたらしい姉も顔を上げた。
俺と母は顔を合わせる。
今度こそ俺の番――実は俺も、父さんと姉ちゃんと同じで、転生してるんだ!
だが、俺よりも先に母が言った。
「あたしも、パパや円華と同じね。転生? っていうのはわからないけど、なんだか変な世界にきちゃったと思ってたのよね。あと、妊娠してるみたい」
はいはい、母も転生してるのね。
理解、理解。
で、あとは――え? 後半のセリフなに?
にん、しん……?
この年で、弟か妹できるの……?
姉ちゃんが叫ぶ。
「に、妊娠!?」
父さんも叫んだ。
「記憶にないぞ! 本当に俺の子なのか!?」
「あ“?」
あ、やばい。
俺と姉ちゃんは、母さんの額に青筋が浮かんだのを確認したが、父さんはまったく気が付かない。
母さんがゆっくりと立ち上がる。
細いが、スタイルは良い。筋肉量の多さの恩恵だろう。
腕力の強い元ヤン母親が、にっこりと笑った。
「あのねえ? こっちの世界のパパ、すっごい精力的みたいでねえ? 記録見る限り、ほぼ毎日ヤってたらしいのねえ? 避妊もせずにさぁ?」
「ほ、ほぼ毎日……」
「そりゃあ、できるわよねえ? できないわけないわよねえ? つうか、『俺の子か?』だと? 調子のったこと言いやがって――コロスッ」
「ちょ、ま、ママさん!? ヘッドロックはまずいよ!? きまったら一家の大黒柱が大変だよ!? 死んじゃうよ!?」
しばらく、両親のプロレスを見せられる子供たちであった。
*
プロレスも終盤になってくると、姉が、どうでもいいように俺に尋ねてきた。
「この流れだと、あんたも転生してんの?」
「あ、うん」
俺だけすっごいさらっと終わったな。
自分が一か月悩んでいたことが無駄だった気もするが、結果論なので仕方がない。
「まじか。一家全員で転生ってなんなのそれ。意味あるの? 顔が同じじゃ、さらに意味ないし……はぁ……あ、そういやあんた、テン学通ってるんでしょ。うらやましすぎ」
「まあそうだけど――主人公とか攻略キャラにはなんの関係もないモブキャラだよ。俺はまたボッチで高校生活を過ごして、ブラック企業に就職するんだろうな」
「あんたも災難ね……でも、まじで、四季きゅんとか、他のキャラもいるの? テン学完全再現? やばすぎ」
ごくり、と唾を飲み込む姉。
目が怖い。
「い、いるよ。声も同じだった。なんか不思議な感じだったよ」
美男子の弱音を吐く姿や、告白してくる姿を知っているのだし、複雑な気分。
「あああ、もおおおおおお! JKがよかったああああああ! あたしだって、テン学通いたかったのに! なんでヤリサーが蔓延してる大学でメンヘラ男子相手に10股してんのよ!」
「それはさすがに同情するけど――俺だってモブなんだよ? 葵家の息子に関係するような立場じゃないって。ましてや父親の勤めてる会社の関係者なんだから、余計なこともできないって」
姉に対するセリフだったが、反応は別の方向から投げられた。
コブラツイストを掛けられている最中の父さんだった。
窮地に陥っている割には明るい声である。
「あ! トオル! そうか! お前、葵家の長男と同じ学校なのか!」
「え? そうだけど……」
痛みに勝る父の好奇心。
イヤな予感がした。
母さんも、何かを感じ取ったらしい。
技をといて、座らせる。
父さんは、どさっと倒れ込むと、懇願するように言った。
「率直に言うと、父さんは、クビになるかもしれん! 息子! 助けてくれ!」
「え?」
「この世界の父さん、バリバリのエリート社員らしいんだけどな? 仕事内容が、よくわからないから、失敗ばかりで! そろそろ周囲の目が、おかしくなってきたところなんだ! このままだとリストラ対象になりかねん! だから頼む! 家庭のために、葵家の長男と仲良くして失職回避――」
「――情けないことを息子に頼むんじゃなああああああい!」
母さんのドロップキック。
父さんが吹っ飛んだ。
お腹に赤ちゃんいるんだよな……? そろそろ止めないと。
それにしても、リストラか……。
この一軒家も結構いい造りだし、家の車も高級車に代わっている。
父が葵製菓のエリート社員か。
たしかに前の世界の、泥臭い営業マンだった父さんとは、種別が違うだろう。優秀な父だったと思うけど、やり方が違う。
でも、葵四季と仲良くなったところで、リストラ回避なんて成立するわけないだろ……。
俺にそんな力はない。
その時、姉が何かを思い出したように、ふっと顔をあげた。
「そうだ……ねえ、お父さん、お母さん、わたし気が付いたんだけど――この世界、もしかすると葵製菓が崩壊する可能性もあるよ。それもたしか、役員とかにもにも責任がいっちゃうほどの不祥事が明るみに出てさ。自殺者も出るぐらいの事件。バッドエンドってやつ」
「「え?」」
夫婦の声が重なった。
姉ちゃんの言葉に、俺も思い出す。
そうだ。
たしかに、バッドエンドの一つ――葵四季ルートで、刹那への選択肢を間違えると、葵家の隠し子である刹那が、自分の血族を崩壊させようとするのである。
それも1ルートだけではない。
バッドエンドの多いPPでは、複数にわたり、そういう展開になる。刹那の復讐劇の武器の一つが葵製菓の不正情報だったりするので、バッド方面のシナリオに使いやすいのだろう。
姉は言葉をつづけた――俺を見ながら。
「ねえ、トオル。お父さんのリストラも、お母さんの赤ちゃんも――わたしの十股だって、あんたの行動にかかってるのかもよ!? じゃなきゃ相互に影響する転生なんてするわけないじゃん! この世界の平和はあんたにかかってるのよ! 絶対にそう!」
十股は関係ないだろ!
それにしたって、無茶な話である。
「姉ちゃん。つまり、それって、俺に、葵四季のバッドエンドルートに入らないように、どうにかしろって言ってる? 高校生活をかけて、ルート調整しろって?」
「そうよ。それがあんたの運命」
「んな、大げさな……」
「大げさもなにも、家族全員転生してる時点で、大事件よ」
「たしかに……」
とはいえ、ヒロインだけじゃないのか、ルート分岐に関われるのは。
モブがフラグ回避なんて仕掛けられるのか?
そもそもこの世界は、俺の知っているシナリオ通りに進むのだろうか?
わからないが、なんだか姉の言葉には変な説得力があった。
家族全員がすがるように俺を見ていた。
父親の会社がつぶれるどころか、会社の責任さえ誰かがおわされるような状況になったら――家だってなくなるかもしれないし、一家離散だってあるかもしれないし、弟だか妹だかの未来も暗い。
転生までして、ブラック企業就職より悪い未来が待ってるってこと?
それって、ないよな。
あまりにも、ない。
「じゃあ、俺が、やるしかないのか……?」
家族全員が謎の一体感を見せて、うなずく。
正直乗り気ではない。
だが、転生なんていう、稀有な現象――それも家族全員で巻き込まれたことを考えると、これから何が起こっても不思議ではない。
あとは、そうだな。
そういう問題以前に――いじめとか、事件とか……そういうのは、やっぱり起きてほしくない。
ブラック企業で見た、あの、自殺寸前まで追い込まれたような人間の目。危険な場所に立っているのに、普通であろうとする、追い詰められた人間の思考。
俺はあれを見るたびに、心苦しくなっていた。
現状、俺が家族のために何ができるのかはわからない。
しかし、色々なことに目を光らせておいて、それが結果的にテンペスト学園の平和となるなら――それは、やってもいいかもしれない。
「……わかった、とりあえず注意してみる。なにかあったら、探ってもみるよ」
そう言ってみた俺だったが、実際、何をやればよいのかなんて、わかっていなかったのだけど。
でも、事態は思いがけないほど無自覚に動き出したんだ。
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