第4話 家族会議

 先にも述べた通り、俺の転生人生は、約一か月前に、唐突に始まった。

 その時はベッドの上で、前世を思い出したものだが――拍子抜けもしたものだ。


 なにせ、自宅の場所や造りは変わっているものの、家族構成は父母姉俺の4人家族であったし、その顔も性格も、基本的には記憶のままだったからだ。


 こういう時って、普通は色々な変化があっての、再スタートじゃないんだろうか。

 俺だけならまだしも、なんで家族まで同レベルなんだよ。

 乙女ゲーだと、家族がイケメンで、俺だけ落ちこぼれだけど、なんかイベントが起こる! みたいな感じじゃないのかよ!


 ――その答えはすぐに出たのだけど。


     *


 夜の間宮家。

 結構立派な一軒家のリビング。

 夕食前になぜか、父から招集がかかり、家族4人が一堂に介していた。


 皆、名前は違うが、父も母も姉も多少、解像度があがって容姿レベルがアップしている感じがするので、負け犬は俺だけな気もする。


「では、間宮家、家族会議を始めまるす」


 父、雅夫(まさお)は早々に噛んだ。

 アラフィフ。

 一見すると、見た目は悪くない。ダンディ寄りではある。

 きっちりとなでつけている髪型や、身に着けている時計などは随分とグレードアップしている。

 しかし、そのダンディさに似合わない『どことなく漂う頼りない空気感」だけは、元の世界と何も変わらなかった。


「パパ、噛んでるから。ちょっと落ち着きなさい」


 母の理沙がツッコム勢いも、前の世界と瓜二つだ。

 現在、38歳……のはず。

 元金髪ヤンキーのはずだったが、今は清楚系を目指しているらしく黒髪だ。

 18才で、当時30才だった父とできちゃた結婚をしたらしい。聞いてもいないのに、酒を飲むと毎回なれそめを話すのだが、これまた毎回、違う展開となる。

 共通するのは「私はお姫様で、パパが王子様よ」という感じだが、実際は、ヤンキーの母親が父さんを助けたところから始まったとかなんとか。


「ねえ、お父さん。あたし忙しいんだから、早くしてよね……! まじで命かかってるから……!」

 

 いらつきを隠さず口を開くのは、姉の円華(まどか)である。

 なぜか10台にもおよぶスマホを机の上に広げ、必死に操作していた。

 俺と3歳違いだから、今は大学生二年か。

 前世では独身バリキャリOLでマルチタスクを鬼の形相でこなしていたが、こっちの世界でも忙しそうである。

 それにしても、何をしてるんだろうか。


     *


 何度も言っているが、これは元の世界と同じ構成かつ、同じ人間だ。

 これじゃあ『転生』っていうより『転移』である。

 細かいことを見ていくと、風貌に多少の違いはあるし、ホクロの位置なんかも違うし、身長もこっちの俺のほうが高かったりもしたので、まず『転生』で間違いはないとは思うのだが……。


 もちろん家族にも、大なり小なり変化はあるし。


 例えば、父の就職先が、大手企業になっている。

 それまでは中小企業の営業で、ひいひい言いながら残業していたものだが、今は20時頃には帰宅している。

 前の世界だと、皆からうらやましがられることは『ひと回り年の離れた妻がいる』ということぐらいだというのは、父本人の笑い話&のろけ話だったが、現実は『若い妻に尻に敷かれている父』でしかない。

 が、そんな父も、この世界ではなかなかのやり手のようだった。

 勤務先は、なんと――葵製菓である。

 葵四季の家の、葵製菓だ。

 詳しく聞いていないが、それなりの役職者でもあるらしい。

 つまり、我が家の生活は、四季の父であり、いじめっ子キャラの刹那の父でもある葵家の当主の会社によって成り立っているというわけである。


 ルート次第では葵家崩壊もありうる世界だ。

 刹那という隠し子案件はシナリオ次第では爆弾になってしまう。


「……うかつなことしたら、間宮家が爆散してしまうぞ」


 まじで気を付けないといけない。


 ひとりごとを、母が拾った。


「トオル、なんか言った?」

「あ、いや、なんでもない」

「ふーん。そう? 友達いないから、独り言がおおいのね?」

「母親のセリフじゃないぞ……」

「あら。母親しか言えないことじゃない? クラスメイトに言われたら死にたくなるわよ」

(もう言われたよ……)


 母の変化。

 口こそ悪いが、切れ長の目と、細い顎、ちょっと生意気そうな雰囲気は、息子の俺から見ても、かなり美人なほうだろうが、さらに磨きがかかっていた。

 元々活力的な母だったが、こちらの母は、それよりも生命力に満ちているように見えた。

 職業上の変化もある。

 前の世界ではパートをしていたが、こっちでは専業主婦だ。

 つまり、夫の収入が大手企業ゆえに増えているので、働かなくても良いということなのだろう。

 

「あー! もう! 通知が鳴りやまないじゃん! なんなのっ、まじで!」


 姉は相変わらず10台のスマホの前で頭を掻きむしっている。

 変わっているところは、まさにそこである。

 前世の姉は、能力はあるものの、広く浅く友人と仲良くなることはなかった。友達も俺が知ってるだけでも、たった一人。独身オタ活友の『ネネちゃんさん』のみだ。

 それが10台ものスマホを扱う人間関係を構築するとは、いくらなんでも極端すぎる変化である。

 ちなみに通っている大学も違う。

 本来は国立大学でサークルにも入ってなかった。

 この世界では有名な私立、K大学である。

 偏差値は高いが、ヤリサー率の高い軽いイメージの組織であるので、元の世界の姉が選ぶことはなかっただろう。

 まさかヤリサーになんて入ってないと思うが……では、あのスマホ10台はどういうことなんだろうか……。


 ――と、まあ、以上3名が俺の家族である。


 似ているようで、似ていない。

 やはりここは別世界であり。

 やはりこれは転移ではなく。

 タイムリープ・タイムスリップでもなく。



 結論――間違いなく、乙女ゲー世界への転生なのだろう。

 一か月間、ふわふわとしていたが、入学式を経て、その思いはしっかりと固まった。


「みんな、すまん!!」


 父が、大きな声で土下座をしたのは、そんな風に結論を出した時だった。


 全員がそちらを見る。

 家族会議の始まりとしては、少々、不穏な導入だった。


「いきなり謝るなんて、どうしたわけ?」


 母が笑う。

 目は笑っていない。


「浮気ならコロスケド?」

「ち、ちがう。そんなことはしない」


 父は頬に汗を垂らしながら、こう言ったのだった。


「黙っていて、すまん……実は、父さんは、父さんであって、父さんじゃない」


「「「は?」」」


 家族三人の声。

 父は動じずに言葉をつづけた。


「あのな、信じられないかもしれないが、父さん……どうも、転生をしているみたいなんだ……でも、不思議なことに元の世界でも、父さんは父さんだった……名前は違うが……名前しか違わないというか……でもみんなの姿はほとんど同じだった」


 ……え?

 それさっきまでの俺の思考デスヨネ?

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