第3話 この世界ってどのルートなんだ?
イジメられる運命にある――はずの女子高生。
シナリオゲームに定められた道をあるく――はずの主人公。
名はプレイヤーが自由に決められるのだが、初期設定では『水元花(みずもと・はな)』という。
肩口で切りそろえられた茶色の髪。
大きな目に、長いまつ毛。
猫というより犬っぽい、尻尾をふりふりしてそうな感じ。
だが表情は暗い。
もともと、人付き合いが苦手という設定に加えて、唯一の肉親であった祖母が数か月前に死んでしまった、という設定のはずだ。
元より実母は病死しており、父は花の生前から不明である……。
失意の主人公。もちろん高校受験など手につかず、入学先すらない――はずだったのに、なぜか、そこに謎の手紙が一通入る。
それは『入学届』だった。
ネタバレすると、テンペスト学園の理事長は、ハナの父なのだ。つまり、さきほど演説していたダンディオジサマの理事長が、ハナの肉親なのである。
ちなみに、攻略キャラの男子の一人が、理事長の息子である。四月生まれの、腹違いの兄が同じ学年にいることも知らぬまま、兄と妹は熱い思いの中に落ちていく――血が阻む禁断の愛のストーリーは、どのルートを歩んでも、ロミオとジュリエット的なエンドで終わってしまうのだ。
「……ちょっと不安な元サラリーマンであった」
実に暗い終わり方。
泣きゲーでもあるPPは、外野からすると感動ものだが、登場人物からするとただの不幸である。
プレイヤーとしては称賛できたが、その世界に入ってしまうと、どこか怖い。
「え。キモ。また喋ってる」
「やめなって。粘着されるよ? 臭い口で絡まれるよ?」
聞こえてるからな!
キモイのは同意だけども!
あと毎日、歯磨きしてます!
さて。
大人な転生者である俺は、女子高生の誹謗中傷など、ネガティブ脳内イメージで慣れているので、さっと流せるので、一つの懸念を考えていくことにした。
つまり――いじめを、あらかじめ防ぐ必要があるのか? ということ。
俺の視線の先には、もう一人の少女がいる。
長い髪の女子高生だ。
髪色は、深い湖のように、青く、透き通っている。
名前は『千賀刹那(せんが・せつな)』。
とにかく真っ青な髪が印象的な、ネコ科を思わせる顔立ちの16才。
勘の鋭い人間ならすでにお気づきだろうが、この少女、葵家当主の娘――つまり葵四季の腹違いの妹なのである。
花と同じ構図かよ! と思われるだろうが、表の主人公の花と、裏の主人公といわれる刹那は、とにかく対比で描かれるのだ。
そもそも彼女は『自分が一番不幸だ』というような表情をしている(と、刹那には見えている)主人公のことが、気に入らない。
ついでに、花は意外と頑固で、まっすぐであるため、たびたび、刹那に正論を吐くのである。その積み重ねが、刹那の悪意を増やし、今から三か月後――夏ごろにいじめに発展する……はずだ。
なお、主人公の花と、刹那は、互いに隠し子であり、そこも対になっている。
存在において、陰と陽のような存在。
救えないなぁ、と俺が思ったのは、ヒロインには辛い未来と共に最大級の幸福だって待っているのに、刹那には破滅しか待っていないことだ。
一番凄惨なのは、腹違いの兄である『葵四季』のルートでのバッド・ノーマルエンドの数々である。
妹として、自分に向けられるはずであった愛を、主人公の花が代わりに受けているという構図が、女として、家族として、全方位から悪意を生み、いじめに収まらぬ行為が繰り返され――最後には警察沙汰になったあげく、刹那は屋上から飛び降りるのだ。
なお、仮にトゥルーエンドでも、花と刹那に和解の道がない。たしか刹那は精神をやんで、社会復帰ができなくなる。
だが、ファンから言わせると、そういうところが、本作の魅力でもあるらしい。
わからないでもない。ご都合主義な救いがなく、変に現実的なところが、逆に没入感を生む。
でも、だからこそ思う。
ルート次第では、俺が介入することで、みんなが幸せになることもあるんだよな? って。
PPのルートは多岐にわたるが、その一因は、バッドエンドの多さである。それもぶつ切りんおエンドではなく、きちんとみんなが不幸になる様子が最後まで描かれるのだ。
でも――この世界のルートが解らない以上、事前にイジメを防ぐことは、二人の少女の運命を変えることにもなってしまうのではないか。
出会うべきところが、出会わず、進むべきところが、進まない。その資格が俺にあるのだろうか?
万が一だが。
この世界のルートが、もしもトゥルーエンドにつながっているとしたら?
俺が介入することで、それが――消える。
「……主人公の将来の幸せを奪うことになるんだよなぁ」
今はいいとしても。
高校三年の平和のために、将来、数十年続く、ヒロインと攻略キャラの愛を、俺が否定してもいいものだろうか。
普通の転生ものだと、
努力!
知識!
鑑定!
チート!
とかで、何も考えることなく介入するんだろうけどさ。
俺は、まさかの俺のまんまであり、ポジションだってチート持ちでもなんでもなく、元ブラック企業務めのサラリーマンの高校生モブである。
「現実問題となると、安易に動けないよなぁ……」
ああ、いけない。
深夜で一人仕事をしているときの独り言のくせまで消えないようだった。
「……マジできもいよ。先生に言っておこうよ」
「……まあ確かに。事件起こす前にね」
……大人だから、悔しくないもんね!!
俺は帰宅するまで、陰口を聞かない振りをすることに全力を注いだので、とりあえず、思考はそこで一時中断となっていた。
が、まさか、帰宅後に、衝撃の事実が待っているとは思わなかったのだった。
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