雷豪の誕生編

少年と雷ワニ

1


 一体、どのくらい彼は、病床で時を過ごしていたのだろうか。

 一週間?一ヶ月?いや、一ヶ月だ。きっとそのぐらいらかかっていたはずだ。

 あの巨大で頑丈な掌に握りつぶされそうになって、一時は、社会復帰が難しいだの言われる状況下だったが、一応は命を繋ぎ留めることはできたのだ。まさに奇跡、というべきなのだ。

 だが、この男はそう奇跡とは思わなかった。

 たしかに、他の人たちからすれば、この回復は奇跡と言っても過言ではない。しかし、たとえその奇跡があったとしても、そのプラスをマイナスに引き下げるほどの出来事がこの男には起こっていたのだ。

 親愛なる友人の失踪。

 自分にとって唯一無二の友人が、自身の傍から急にいなくなるのはとても寂しく、かなりひどい喪失感をこの男に感じさせた。

 消えた友人。その友人の名、誰もが気になるだろう。なのでここで教えておこう。




 友人の名は「千布浩介」。とある巨人の街壊滅事件に関わってから、全くと言っていいほど姿を見せなくなった男子高校生の名だ。


              2


 8月30日。まだ残暑は本番、というところだろうか。この日、菜花なばな高校は二学期の始業式を迎えるのだ。

 通学路では、夏休み明け直後というのもあってか、点々とする学生のほとんどが、だるそうに欠伸を連発している。

 そんな中でも、もっとだるそうに、深刻そうにしている男子高校生がここに一人。

「…はあ、やだな、学校」

 黒田玲くろだ れい。男っぽくも、女っぽくも見える完璧な容姿を持つ男子高校生。

 そんな彼が、長期休み明け一番の学校でだるそうにしている学生たちよりも、もっとだるそうに、かつ、深刻そうに足を運んでいるのは何故か。

 それは、黒田の最大で親愛なる友人、千布浩介の失踪だ。

 自身が千布浩介を誘って行った、隣町で出没されたとされる、巨人の調査。そこで黒田らは、町を横断する巨人と出会うことができたのだが、巨人に見つかった黒田らは、その巨人に襲われてしまう。黒田はそこで気を失う程のダメージを負ってしまい、その後の話は全くもって知らないのだが、町に自分たち以外の民間人の被害がなかったところを見るに、巨人は駆除されたか、自分たちを襲った以外、何もせず帰っていったのだろうと見当をつけた。そして、はぐれてしまった千布浩介も、いずれかはまた会えるということも。

 しかし、病床としばらく時を過ごしていた黒田は知らなかったのだ。

 病床で過ごしていた一ヶ月の間に、何が起きていたのか。そして、黒田は知ることがない。”違う”地球で、親愛なる友人が戦争に参加していることに。


 とはいえ、あんな怪力を持つ巨人を相手に、たかが一ヶ月で治る傷程度で生還できたのは幸い、なのだ。

 その不幸中の幸いの事実を、友人の失踪でぽっかりと空いてしまった心に無理矢理縫い付けつつ、黒田は学校に到着する。

 鯖かけている校門では、既に賑わいを見せていた。皆が皆、「久しぶりー!!元気だった!?」から始まる、「夏休み何した?」系統の質問を、言ったり受けたりしている。

 因みに黒田はと言うと…。

「キャァァァァァァァーーー!!黒田さんよっ!」

「終業式の時より、一層日焼けしていてかっこいいわ!」


「おい、見ろよ黒田を!」

「あ、あぁ!見てるさ!分かっているさ!あの日焼け跡…」

「「そそるよなぁぁぁぁ…」」

 この有様である。そう、人気なのが故に、逆に人が集まらず、避けられてしまうのだ。

 周りからすると、別に悪気はなく、むしろ黒田側から話しかけた時は普通に対応するのだが、いかんせん悪気はなくとも、避けられるだけで人の心は傷つきやすい。

 とはいえ、別に嫌われているわけではないので、学校生活を送る分には、支障はない。


 階段を上がって4階。その上がってすぐそばにある1年A組の廊下側の一番後ろの席、そこが黒田の席だ。残暑が激しい今こそは、廊下から入る、教室内の室温より若干低い温度の風が当たって涼しいものの、冬場となっては、それが凶器となる。

「ふう……。課題は…持ってきてるよな」

 席に着くなり、鞄の中にある課題の確認を行う。課題はしっかりと全て入っていた。これでようやくとりあえずの安心が取れる。

 教室には誰もいない。おそらくは校門や下駄箱で時間を食っているのだろう。黒田は遠くから聞こえる生徒たちの声を聞きつつ、机にぐだーっと伏せ、視界を閉じる。

(……ハァ、無理だ。無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だッッッッ!!!!いつもだったらここで、浩介がさりげなーくそばにいたじゃんッ!!こうも大切な人をなくすと、簡単に、こんなに人は壊れるのかよッ!!)

 頭の中で黒田はそう喚く。だが、そんな喚きは、当の本人には届かないし、奇跡が起こって、急に目の前に浩介が現れることもない。

(……もしかして、死んでないよな!?周りからの陰湿な嫌がらせに耐えれなくなって、あの場でっ、巨人と会って、はぐれたあの時にっ、自らの手で命を絶ってないよな!?だとしたら、それは俺のせいだ。俺がアイツを助けなかったからッ!)

 


『分かる…分かるぞっその気持ちッ!』



「だだ、誰!?」

 唐突にどこからか共感の声が聞こえる。周りを見渡しても、近くにあった、ワニのぬ・い・ぐ・る・み・の他に、人や、発声器のような物は見当たらない。

「ハァ……。なんだよ、俺は遂に幻聴が聞こえるぐらいに病んでしまったのかよ……」

『バカか、お前。我は実在するぞ』

「だから、幻聴。それはほどほどにしないと。幻聴は引っ込んどいてくれよ、頼むからさ。俺は幻聴を聞けるほどの余裕はないのよ」

『いやだから実在するんだが』

「しつこいな、この幻聴は」

『この野郎、マジで幻聴だと思ってんのかよ……。おーい、聞こえてるかー』

「…」

『おーい』

「……」


『返事ぐらいしたらどうだこのマヌケがッッッッッッッッ!!!!』

「いでぇっっ!?げ、幻聴じゃなかったのかよ!?」

『そうだと、言ってたろうに……ったく』

「あ、あんた、ぬいぐるみ?」

『ん?あぁ、そうだ』

 ワニの形をした、力あるそのぬいぐるみは、こう名乗った。



『我の名はプラッシュドール。個体番号は13065号。雷豪と剛腕を司る、ワニのぬいぐるみだ』

「…厨二病はほどほどにしろ」

 こうして、もう一つの地球でも、奇妙なぬいぐるみとの出会いを果たす人間が現れたのだ。

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