遅刻魔と知らない世界線
「ぬ、ぬぬぬ、ぬいぐるみぃぃいいぃぃ!?」
『だから言ったろ、驚くなと』
熊の形をした謎のぬいぐるみ。彼なのか彼女なのかそもそも性別がないのか、とにかく全てが謎の存在が浩介の目の前に姿を現した。
「実はぬいぐるみの形をした遠隔操作型のロボットだったり...」
『んなわけあるか、私はそのロボット?ではない。プラッシュドールという古代の遺産だ』
「プラッシュ、ドール?」
『ん?あぁ、ここの者どもは独自の文化を築いていたから、プラッシュドールについて知らないのか』
”プラッシュドール”。またもや謎の単語が出てきやがったと、内心面倒臭い感情を抱く浩介。そんな浩介を横目にプラッシュドールは話を続ける。
『プラッシュドール。それは我祖国であるスワーム大共和国で、200年以上前に人の手によって作られた文明の利器。その時代では、私たちプラッシュドールは現代で言う、メイドのような、主人に仕える者として、様々な仕事を受け持っていた。...んまぁその時はとても良い時代だったよ』
(200年!?200年前にそんな技術を持っていた国なんて歴史上いないぞ!?そもそも、スワーム大共和国!?んな国ねぇんだが!?)
1800年代にそんな近未来な技術を持った国などいない。だが、次にプラッシュドールから発せられた言葉は、地球人全員の予想の斜め上を行くものだった。
『あ、すまない、一つつけ忘れてたな』
『我が祖国スワーム大共和国がある場所は、この地球ではなく、黒土という別の世界線にある』
「..............は?」
何言ってんだこのガラクタはと浩介は思った。しかし、思い返してみると、色々納得が出来る節があったのだ。それはというと、
200年以上前に、ロボット的な物を作ることができた国は存在しない。
そもそも、このプラッシュドールの祖国である、「スワーム大共和国」という国は歴史上地球には存在していない。
の二つだ。以上のことから、浩介は「違う世界線から来た」ということに納得をせざるを得なかった。
『...理解できたか?』
「.....チッ、アンタがこことは違う世界線からきた奴なのは一応理解できた。...だが、そんなアンタが、何故、何の特徴もない俺に姿を現す?そもそも、今も続いているこの周囲の音が消えるのはアンタの仕業か?」
『ちょ、ちょっと待て、質問を畳み掛けくるな!...まず、周囲の音が消えた、ということについてだが...消音術式しょうおん じゅつしきという術を使うことで、この周囲半径60m以内で起こる、人から発せられる音以外の全ての音を、空間に干渉することで発現している』
「ん?ん?」
『で、何故私がお前の前に姿を現したかというと、』
「待て待てちょっと待てよ!その術ってなんだよ!?魔法なのか!?手品なのか!?」
『...んまぁ魔法みたいなもんだ。術っつっても、攻撃術式、守護術式など、たくさんの種類があるがな。......話を戻すぞ』
そう言ってプラッシュドールは先程の人間を小馬鹿にしているような表情から、真剣な表情へと変える。その変わりように浩介も黙り込む。
『.....ゴホンッ。...なぜ私が、平凡な高校生であるお前の前に現れたか。それは端的に言うと、お前がコチラの世界側の人間からすると異質な人間だからだ。』
「異質?どういうことだ」
『詳しいことは私も知らん。.....で、今私の世界では、スワーム大共和国と、ロンリー大帝国という2つの大国が戦争を起こしている。それを千布浩介、お前の力を借りて止めたいってわけだ』
「.....」
『というわけで千布浩介、一緒にコチラの世界に来い』
(..........)
怪しい、と浩介は正直に思った。自分に何か異質な事や体質がある訳がないし、「もしかしたら、このプラッシュドールというのも、実は遅刻魔の俺をからかいたくてやっているクラスメイトかもしれない」という思考も浮かんだことで、全くといっていい程、このプラッシュドールの言うことを信じていない。そして何より...
「嫌だね」
『なっ!?どど、どうしてだ!お前は数千万の人間が死んででもいいのか!?』
「それだよ。いいか、俺は”ただの”平凡な高校生のつもりでいる。俺に異質な事があるだの、異質な体質だだの、そんな事は関係ない。考えてみろよ。平凡な高校生である俺が数千万人の命を背負って戦えるとでも思ってんのか...?」
『くっ.....』
そう。平凡な高校生にしては重すぎる事なのだ。ましては数千万人の命を背負うなど。
『...いいんだな。この判断で数千万の人々が死んでも...』
「まぁ俺としても大勢の人々が死ぬのはゴメンだ。」
『じゃあなんでっ!!』
『だから言ったろ、俺は背負っていけないって。...分かったらとっとと諦めて、他の人材を探せよな。』
そう言って浩介は黒田に会うため、プラッシュドールを振り切るように走り去って行った。
2
謎のぬいぐるみと出会って数十分後、浩介は黒田が指定した、隣街のとある駅の前で黒田が来るのを待っていた。
(...なんだったあいつは。違う世界線、大国同士の戦争、そして数千万の命を一人の平凡な高校生に背負わせるだなんて)
そして先程の奇妙な出来事を、某考える人みたいな姿勢で、ベンチに腰掛けつつ振り返っていた。しかし、無理もない。いきなり謎のぬいぐるみが現れて、異世界だの、戦争だの、語りかけてきたのだから。
黒田は集合時間が過ぎても来なかった。
(そういえば...黒田はまだ来てないのか?あいつ、自分から誘ってきたくせに遅刻かよ...もうとっくに集合時間過ぎてるぞ......探しに行くか)
誘った本人である黒田が未だに来ていない現状を不思議に思い、行動に移そうとした直後、
「黒田、どこにいるんかなぁ...」
「ここにいるが」
「ぎゃぁぁぁああぁぁ!?」
「っ!?いきなり変な声あげんなバカ!!」
背後から黒田が音もなく姿を現した。
「おまっ...ふざけんな集合時間過ぎてるぞコラ!」
「それはこっちのセリフだわクソ野郎。お前が集合場所間違えてるからだろうが」
「えっ」
まさかのバカは浩介だった。
あの後黒田に叱られ深く反省した浩介と、黒田は、例の足跡(仮定)がある所に来ていた。
「ニュースで見た時もそうだったが、やっぱすげーなこれ」
「...」
「黒田?」
「...げぇ...」
「おいどうかしたか?」
「す...ぇ...すげぇよ...」
「は?」
「すっ...........げぇぇええぇぇ!!!」
「うわっ!?お前大きい声出すな!近所迷惑だろうがッ!」
「だってだって!」
黒田はまるで子供のような、輝かしい表情で近くにいる浩介の鼓膜を破壊するレベルの声を発した。これには近所の方々も、「あの子大丈夫かしら...」や、「ママーあれ何ぃー?」「しっ見ちゃいけません!」など、ある意味注目の視線を送るハメとなった。
「ヤバくね!?マジやばくね!?ヤバ!」
「おーい大丈夫か黒田ー。驚きすぎて語彙力無くなってるぞー」
「浩介も見ろよ!こんな物を見れる機会なんてそうそうないんだからなっ!」
「.....はいはい」
一見興奮する息子と、それを見守る父親のような光景に見えるが、そんな事は当の本人らは全く気づいていないようだ。
巨人の足跡はやはりでかかった。人間の数十倍はあったし、何より、威圧感があった。
だが、結局足跡に満足しただけで特に証拠はつかめなかった。
夕暮れ時だろうか。そろそろ帰らないと母の鉄拳が炸裂してしまう、という事なので、2人は帰る準備をしていた。
「なぁ、黒田」
「どうした?」
「お前ってさ、喋るぬいぐるみがいるって俺が言ったら、いるって信じるか?」
「...信じるんじゃないか?」
「なんでそう思う?」
「いやーそういう幻想的なのってさ、信じていた方が人生楽しいじゃん。ずっと現実を見てても人生つまんないし。人生はやり直せないからな。楽しい事は、そういう幻想的な事を信じている奴に降ってくるもんだ」
(信じる...信じると楽しい事が降ってくる...か)
黒田の発言を聞き、今日の自分の行動を思い返す。
(あの時...あの時ぬいぐるみが俺のまえに現れた時、もし俺があいつの言った事を信じていたら.....俺はどうなっていたのだろうか...。やはり異世界に連行されていたのか、はたまた俺の身体に何かを施していたのか...。どちらにしろ、俺があまりにも無責任な発言をしたという事実は変わらない。もし、今度あいつに会う事があったら、謝るようにしよう。...まぁあいつは数千万の命を見捨てた俺を簡単に許すわけがないと思うがな)
「黒田ってさ地味に良い奴だよな。これからも遅刻魔の俺をよろしくな」
自身を改心させるきっかけの言葉を言ってくれた黒田に感謝の気持ちを伝えるべく、黒田の方へ顔を向ける浩介。しかし、そこには、
黒田の学生用のバッグだけが、ポツンと佇んでいるだけだった。
「く、黒田?おーい黒田ー」
辺りを見渡しても黒田はいないし、遠くから彼の声も聞こえない。そういえば、先程から木の揺れる音や風のなびく音、車の走行音が聞こえない。
「まさか、プラッシュドールの仕業かッ!!」
浩介の知っている限りでは、この現象を起こせるのは、消音術式を持っているプラッシュドールしかいないのだ。
「プラッシュドールー、お前の仕業なんだろー出て来いよー」
返事は、ない。
「さっきのことは謝るからー、出てきてくれー。あと俺の友達返せー」
返事は、返ってこない。
(どういう事だ...?これができるのはプラッシュドールだけなはずだ。だけど、さっきのプラッシュドールを呼んでも一向に出てくる感じがしない。訳が分からないぞ)
「黒田を置いて帰るわけにもいかないし...探すしかねぇな」
そう言って黒田のバッグを持って歩き出す。しかし、その必要はなくなった。
歩き出した直後、ドォォオオン、ズドォォォォンという爆音が聞こえ、浩介が爆音が聞こえた方へと目を向けると、
「おいおいおいおい、嘘だろ!?」
高さ9m弱の巨人が黒田を片手で掴んでいた。
一方その頃。
『...巨人が、いや、”怪物”が出現したか』
熊の形をしたプラッシュドールも動き始めていた。
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