契約編
遅刻魔とぬいぐるみ
1
20xx年4月24日。日本国民全員がゴールデンウィークの素晴らしさを実感している頃であろうこの日、日本中で見ても、世界中でみても、類を見ない事件が起きた。
通称「ジャイアント事件」。
日本のとある街で突然巨大な足の形をしたクレーターが街を横断するかのようにできた、というもの。
怪我人なし、住宅の倒壊もなしという世界中から派遣された優秀な調査員らでも全貌が分からなかった事件だ。
ただ、調査の末に一つの仮説が浮かび上がった。それはとても地球人には受け入れ難く、幻想的なことだった。
巨人が存在する。
「何も前触れなしにバカデカい足の形をしたクレーターができるはずがない!つまり、巨人は存在するのだ!」という、派遣された一人の調査員による発言から生まれた仮説だった。
その時は地域の人も、日本の首相も、アメリカの大統領も彼の仮説にみんな納得してしまった。
だが、考えてみるとおかしな点があったのだ。
足跡があったのならば、巨人がその街を通ったということ。しかしながら巨人をみた者は誰一人としていなかった。
結局巨人はいるのか否かも分からず、この事件はお蔵入りとなった。
―はずだった。
2
遅刻。それをしでかした野郎共は、学生上司のみならず、ならず者と揶揄されてしまう。そして遅刻魔。コレは遅刻を頻繁にしでかす野郎共の事を指す。一回の遅刻ならまだしも、2回3回10回30回...と繰り返す輩は社会的信用をなくしてしまうだろう。
…そして彼、
…いや遅刻魔の千布浩介ちふ こうすけは、
高校生生活1ヶ月が経っているのにも関わらず、友達がほとんど作れなずにいた!
(おかしい。おかしい!!なんでだ何故だどうしてだ!?5回だぞ!5回遅刻しただけでこんな扱いになるかぁ!?)
むしろどうやったら5回も遅刻ができるのかが分からない。
(そのせいでだ!友達がっ!ダチができないっ!皆が皆...『あ、おい遅刻魔の千布浩介だ!逃げろ俺らも遅刻魔になっちまう!』だの、『キャー!遅刻魔よ!近寄らないでぇ!』だの、どいつもこいつも俺をあからさまに避けやがる...!)
浩介自身は友達を作ることには勉強よりも全力を尽くしていた。だが、それ以前に彼は遅刻魔のレッテルが貼られているため、周りから避けられてしまうのだ。そのため現在は友達のできなささを嘆くしかない程哀れな人間に成り下がってしまったのだ。
(あーもうなんか腹が立つ!遅刻した俺も大概だが、だからって酷いすぎるだろこの扱い!なんでだなんでだ)
「どうしてだぁぁー!!」
「「「!?」」」
(バカやろー!!何を血迷った事をしてんだ俺!!)
浩介が不本意に叫んでしまったがために、周りのクラスメイトは波が引いていくかのようにザザっと浩介から離れていく。しまったと今の自身の行動を後悔する浩介だが、悔いているうちにどんどん戦火が広がっていく。
「ねぇねぇ、今叫んだ人ってこの学年で有名な遅刻魔の千布浩介?」
「そうよ。いきなり叫ぶなんて頭がおかしいのかしら?」
「私も遅刻魔になったら頭おかしくなるのかなぁ...あんな人にはなりたくないわ」
(また言ってやがる...。あぁいつもそうだ。皆が皆、俺を遅刻魔っていう称号だけみて悪者扱いする。先生は見て見ぬふりを貫くし、母さんに言っても受け流される。もうどうしようもないな...)
通常だったら頼みの綱である先生や母も、浩介からしたら敵みたいなものだ。
(はぁ...高校生生活初っ端から最悪だ...もういっその事転校したi...)
「おい浩介!ちょっと見てほしい画像があるんだが...」
「うわぁ!?」
突如背後から話しかけられ内心ビックリしつつ彼はこのクラスで唯一覚えている生徒の名を発した。
「ん...なんだ黒田、お前も俺を馬鹿にしにきたのか?」
「んなわけねぇだろ?俺はお前の”唯一の”友達なんだからな」
「”唯一の”友達ねぇ...なんか外見が胸を除いて女のお前が男らしいことを言うと、すごく違和感を感じるんだよな...」
「お前、女は胸がデカいやつしかいないと思ってないか?」
「何いってんだ、おっぱいは女の象徴だ。ない奴は男みてぇなもんだろ」
数秒後黒田は複雑な表情を浮かべながら浩介を殴り掛かった。
黒田玲くろだ れい。遅刻魔と呼ばれていた浩介に初めて好意的な言葉をかけた者。その容姿は、絵画に描かれているかのような整った顔立ち、牛乳みたいに真っ白な肩にかかる位の髪など、初対面の人が「え、黒田さん男!?」と言うのが当たり前となる程男性より女性のような綺麗な体を持っている。その容姿ゆえに女子のみならず、一部の男子にもモテてしまうという始末だ。
「んで黒田どうしたんだ?」
「ん?あ、あぁそうだったな...ちょっと見てほしい画像があって話しかけたんだが...」
そう言って黒田はポケットの中から最新機種のスマホを取り出し、現代人らしく素早い手つきで画像を表示し浩介に見せた。
「ほれ、最近近所の街で謎の大きなクレーターができる不可解な事件があったろ?それに関連する画像なんだが...」
「クレー...ター?いやどう見たって”大きな足跡”だろ?」
地域のニュースでは”大きなクレーター”と言われていたのだが、クレーターと言うよりか”大きな足跡”のように見えるのだ。
「最近のメディアは嘘ばっかりだからな...でだ。その大きな足跡が街を横断するかのようにいくつかあるわけ」
「なんか、巨人が街を歩いているみたいだな...」
「だろ!?だから放課後一緒にその足跡見に行って本当に巨人による物なのか調べたいんだよ!」
「んー...」
「な、行こうぜ!」
(...困ったなぁ)
浩介が悩むのには訳がある。黒田は気にしていないようだが、最近、浩介に好意的に接する黒田に対しても、徐々に周りが黒田を冷ややかな目で見始めているのだ。黒田は浩介にとってこの学校の唯一の友人。自身が悪口陰口で傷つくならまだしも、黒田が傷つく姿が見たくない、という思いが心の壁となって了承の思いを妨害している。
(黒田には申し訳ないが、コレもこいつのためだ...断r!?)
突如として浩介の言葉が途切れる。よく見ると彼の頬は赤く染まっており、彼の目線は黒田に向けられていた。その黒田はというと...
「一緒に行ってくれませんか...?」
目を輝かせ、上目遣いで浩介にお願いをしていた。そう、この黒田玲という男、自身の女性に似た(胸を除く)容姿を活かし、男と女の切り替えができる異様な人物なのだ。
3
何やかんやあって放課後。浩介は現在、自身の通学路を重い足取りで歩いている。
「ハァー...卑怯だろあれは...」
結局誘いを断れなかった浩介は、外出時持って行く荷物の整理のため、自宅に帰っている途中だった。因みに黒田から、「もし来なかったら、さっきよりもさらに凄いことをしてあげるからねっ!」と言われ、完全に逃げられない状況にいる。
(...あいつがまさか自身の身体を武器にする奴だなんて知らんかった...)
やけに深刻な表情を浮かべ、足を運ぶ浩介。
(唯一の友人だからってなぁ...あんな奴って分かった以上、今まで通りの態度でいいのやら...)
そんな独り言を心の底で呟きつつ、ふと頭を上げ周りを見回す。別に頭を上げる事に意味はなく、ただ衝動的に周りを見たくなったのだ。周りには誰もいなかった。浩介の通学路は、他の通学路と比べて人通りが少ないので、それに関してはいつものことだ。しかし、いつも日常的に聞こえる風のなびく音や、車の走行音などが全く聞こえない。
「...?なんだ?俺の耳が逝ったのか?」
(...いや、耳が逝ったんだったら今の俺の声も聞こえないはずだ...。風がいきなり止むことなんてないし、車の走行音だって真夜中でもしょっちゅう聞く...。おかしいな、俺の気のせいか...?)
不思議に思った浩介は、もう一度耳を澄ませ辺りの音を聞こうとする。が、聞こえない。どうやら気のせいではないようだ。
(気のせいじゃない、マジだ。..........まっいっか、気にせずかーえろっ!)
こういう自身が理解できない状況下に陥った時、千布浩介は考えるのが面倒なのでなかった事にするタイプの人間。もちろん、この謎の現象もなかったことにして我が家に帰ろうとした。
『ニ、ニガ...サ、ン』
「は?2が3?」
が、突如聞こえた声(?)に反応してしまう。
『コ、コッ...チ、コイ』
「心地いい??」
明らかに『コッチコイ』『ニガサン』と言っているのだが、耳くそが詰まっているのか、浩介には誤った解釈で伝わっている。
『チ...ガウ』
「え、違うの?」
『オマ...エ、ヨイ、ジンザイ...リヨウ、デキ...ル』
「は?俺良いぜんざいが利用できますだって?いきなり何言ってんだ?」
『フザケル...ナヨ...コゾウ』
「いや、ふざけてんのはそっちだろ」
『....』
「どうした?何か言えよwあといい加減面見せろやコラ」
どう見たって聞き間違えている浩介が悪いのだが、当の本人は全く気づいていないようだ。
『...ハァ...分かったよ』
「え?」
突如としてカタコトだった日本語が、流暢な日本語に変わり、浩介は動揺する。
『どうやらテメェはこの私を舐め腐っているようだな...』
「当たり前だ、2が3だの、ぜんざいが利用できますだの、よく分からん事言いやがって」
『それはテメェが聞き間違えたからだろうがッ!!...ハァ...今からテメェの言う通り面を見せる。だが驚くなよ小僧、私の面を見てな』
「フンッ言っとくがな、俺は優しいからな、ブサイクでも、片目がなくても、口が裂けても、とくに驚いたり動揺なんてしな...い...ぜ...」
千布浩介は見た。ソイツの姿を。
千布浩介は理解した。ソイツが言っていた「驚くなよ小僧、私の面を見てな」の意味を。
そう、ソイツの姿は...
「ぬ、ぬぬぬ、ぬいぐるみぃぃいいぃぃ!?」
『だからいったろ、驚くなと』
熊の形をした、可愛らしいぬいぐるみだった。
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