少年と明かされる過去

1


「プラッシュドール?なんだそりゃ」

『そう言うのは致し方ない。なら一から説明してやる』

 黒田がワニのぬいぐるみから聞いた話は、正に幻想的、と言う言葉が最適となりうるほどおかしな話だった。

 自分がもう一つの地球から来たこと。プラッシュドールが、200年以上前に作られた文明の利器であること。自分たちの国と、その自国の技術を奪おうとする国との戦争が起き、今劣勢に立たされていること。そして、その状況打破のため、プラッシュドールと契約ができる人材が多数いる、もう一つの地球に、自分が来ていること。

 まるで、何かのラノベにありそうな話。その一句一句に黒田は驚愕と疑念の思いを抱いた。

「…まあ、大体は分かった。…お前…名前なんだっけか」

『個体番号は13065号だが、別称は”ユロ”だ』

「ユロ、ね。で、つまりはユロ。お前が、プラッシュドールと契約を交わすことができる人材の一人である、この俺と契約をするためにこの地球に来たってわけか」

『そうだ』

「……嘘って思ったとしても、目の前に実物がいるからなぁ……」

『まだ信じられんか?』

「まあ正直」

『じゃあちょっと離れてろ。今から証明するしてやる。我の与えられた称号、雷豪の名の通り、電撃をな』

 ユロが自身の手のひらを天にかざすかのように上へ挙げる。

 すると、今の今までこの上なく晴天だった青空に、一つの真っ黒い雲ができ、その雲は次第に大雨を降らせながらどんどん拡大していく。そして、


雷撃トールッ!!』


 ドゴオオオオオッッッッッッッッ!!という爆音と共に、天から雷が落ちた。

「おまっ!?まさか住宅街に落としてないだろうな!?下手したら大火事だぞ!?」

『安心しろ、しっかり落とした位置は調整している。……そりより、これでいいか?証明は』

「まあ、そんなもん見せられたら信じる他ないよな。よし、信じてみることにする」

『それは助かる』

「にしてもさ、なんでお前は俺なんだよ」

『どういうことだ?』

「人材はたくさん…まあそんなことはないだろうけど。でも、それでも、俺以外にも契約ができる人はいるんだろ?なんでお前は俺を選んだんだってことだよ」

『…あぁ、それか。それは簡単な理由だ』

 視線を雷の落ちた空へ向け、ユロはその理由を語った。

『―お前。俺と似てる境遇にいたからよ。つい共感しちまったんだな』

「似たって…お前に身に何があったんだよ」

 ユロは今度は微かに木の匂いがする教室の床に目を落とし、溜め息をついた。そして、

『俺はそもそもこの地球に自分の意思で来たわけじゃねえ、追放されたんだ、スワーム大共和国の首相と国王にな』

 自身の過去を打ち明けた。

 



『ハァ……つまらんものだな、空を眺めるのは』

 ドルは曇った空を見つめつつ独り言を呟く。

『よお、ドル。調子はどうだ?』

『ぼちぼちだ。ユロ、貴様も見るか?この何も価値のない曇った空を』

『見ねえよ…。俺はお前と違って色々と仕事してんだからな』

『裏方なんだよ、私は』

 他愛のない会話を交わしつつ、ユロはドルの側に腰掛ける。ユロとドルは同僚の仲。そして、互いに唯一の友人なのだ。

『そういえばよ、首相が入れ替わるらしいぜ』

『名は?』

『なんだっけ……。あっ、そうだ、サーファとか言ったぜ、新しい首相』

『まあ今の首相がクズだったからな、入れ替わって当然だろう…。あのクズが表にでたせいで、私は裏方の収入が少ない仕事に回されたし、街は廃れる、国民には不快感を植え付けるだけの無能だったからな』

『ボロクソに言うよな、アイツもアイツなりに政治頑張ってたんだからよ。特に俺らのこと』

『分かってる。私たちプラッシュドールを作った創造主はあのクズ、『マサシノ』なのは理解している…。だが、それを差し置いても腹が立つのだよ、アイツ』

 マサシノの世間での評判は最悪である。噂によれば、「なんの罪もない一般人を自らの実験の実験体として利用し、その一般人は骨も残らないぐらいに残酷な死を遂げた」とかなんとか。

『まあ前話はこれくらいにしといてよ……。ドル、お前と俺に召集がかかってる』

『珍しいな、私にも召集がくるなんて。ちなみに誰からだ?』

『国の象徴である、国王兼軍の総司令官である、ルピー王からだ』

『オーケー。さては貴様、また面倒ごとに巻き込んだな?この私を』

『さて、なんのことかなぁ……?』

『貴様……覚えてろよ』

 ドルが妙に王からの召集を嫌がるのも当然の話だ。なぜならだ。その王からの頼み事は、




「ユロ、そしてドル。二体にはこれからロンリー大帝国との戦争において最前線となっている街の一つ、『青見原せいけんばら』に赴き、そこでの戦いにおいて、各自最低250人の敵国の軍人を抹殺してもらう。もちろん拒否権などない」


 だいたい命がかかる頼み事なのだ。

『……すみません司令官』

「なんだドル」

『さすがに250人は難しいのですが…』

『右に同じく』

「ちなみに達成できなかった場合、お前らは降格だ」

『『喜んでやらせてもらいます』』

 こうして、半ば強制的にだが、ユロとドルの青見原への遠征が決まったのだった。



             2


 スワーム大共和国の極東にある港町、青見原。今こそ爆弾や放火機等による兵器によって廃れた街となっているが、本来の青見原は、ふと見上げれば水平線まで広く広がる青き海を眺められる街。そんな素晴らしい街が戦場となっていることはとても残念に思われる。

『ふいー到着っと』

『地味に疲れたな』

『ああ。本来だったら海の見える宿で一休みしたいところなんだがなぁ…。いまやここは街ではなく単なる戦場の一つだからな。いつになったらあの綺麗な街並みを拝めるんだよ…』

『少なくともまだ5年はかかるな』

『うわっ、5年もこんなドロドロした血と共に生きるのかよ…。マジでこの仕事やめてー…。裏方につきてー』

『お前は戦闘力はプラッシュドールの中で随一だからそんなことはまずないだろうな』

 ユロの戦闘力はプラッシュドールの中では随一。中々に前線での仕事を離れられないのである。

 そしてこうも話しているうちに、彼らの目の先では、何万もの銃弾の送り合いや手榴弾の投げ合いが行われている。自分たちに近い陣営が自陣なのだが、あからさまに勢いが落ちている。世界最高峰の武力を持つロンリー大帝国の軍隊は馬鹿にならない。

『…さて、行くぞ。ノルマは何人だったか』

『250。まぁ大丈夫っしょ。あいつらには俺らがいないんだからな。世界でも類を見ないこの技術力で、アイツらの自慢の駒をぶっ潰してやらあ!』

 …その後の戦場。ロンリー大帝国第3師団のとある生き残りの兵士の証言。

『勢いが落ちて勝ったと思ったのに、唐突に炎と雷が大量にこちらに向かってきて、こちらの兵士が一気に持ってかれた。頭おかしいやん、あれ。半端ないって』

 結局のところ、二体の力は圧倒的だった。昔からの仲なのか、抜群の連携で敵側はなすすべなく、ピンチだったスワーム大共和国軍はぬいぐるみによって救われ、青見原を何とか死守することができたのだ。


『いたたた…』

『大丈夫か?』

『あ、大丈夫。そんなに気にする程度じゃないから。ただ

傷口がズキズキするだけ』

『ならいいんだが』

 強勢なロンリー軍を退け、多くの軍人や民間人が勝利の宴で盛り上がっている最中、ドルとユロは宴の中心から少し離れたベンチでその光景を眺めていた。

『こんな楽しそうな光景が毎日続けばいいのにな。そう思うだろ?ドル』

『それは同感だ。だが、それを上の奴らは良く思うのかは分からんぞ』

『またそんな堅苦しい事を…。気楽にいこうぜ、な?』

『お前は表の仕事ばかりだからそんな事が言えるんだよ…』

『そうか?そんなに裏方の仕事は辛いのか?』

『まあ…辛いってよりか、上層部のクソッタレな闇を垣間見て失望するのだよ…』

『あはは…』

 全くもって笑えないのだが、その場の空気を悪くさせないためにも、作り笑いをしておく。しかし、そんなことは意外と相手にバレてしまうもの。

『別に無理して笑う必要はないのだぞ?』

『…やっぱバレるよな』

『私が好きで言っている愚痴なのだ。心配とか、そんなものはいらない』

『そっか…。だよな!お前は俺の、最強で、最高のっ、俺の同僚兼親友だもんな!』

『わかってるならいいんだよ…』

 こうして青見原の戦いは、スワーム軍がロンリー軍に多大なダメージを与え勝利。自国の技術力を見せつける形となった。



「―ダメだ」

 冷酷な一言がルピー王から発せられる。

『何故ですッ!?ユロは何もしていませんッ!!むしろ私がッ』

「黙れ…。それとも…お前も追放されたいのか?―ドル」

『くっ……』

 自身までも他の惑星に追放となると、元の子もなく、仕方なしに従うしかない。ドルは砕けそうなくらい奥歯を噛み締めつつ、そう思った。

 そう、今この状況は極めて最悪。なぜなら。

「ユロは、国家上層部の情報の漏洩をした罪に問われている。…いや、既に確定しているのだがな」

 ドルの親友ことユロは、バラしたら揺るぎない国家の崩壊を招くであろう情報を、戦員ながら保持していると上層部が判断したため、他の惑星に永久追放の罰を受けたからだ。

『ユロォッ!!お前も何か言えッ!!』

『………っ』

『頼むッ!お前は何もしていないッ!そうだろうッ!?』

『……………』

『ユロッッッッ!!!』

『…たし…です』

『ユロ…?』

「なんだ、有罪”機”ユロよ」

 ドルの必死の呼びかけに、今までずっと暗い顔で俯いたままのユロが答える。しかし、その微かに薄いドルの期待もこの一言で打ち砕かれる。


『―ドルは、何もしていません。全て、私が、自力で得た情報です』


『なっ……わけあるかぁッッッッ!!ユロッ、貴様、さっきから嘘ばっかりをッ!!!』

「嘘ではない。ドル」

『貴様は……”サーファ”か!?』

 革靴の乾いた音が室内に響くと同時、就任して間もない新首相、サーファが姿を現す。片手に幾つもの資料を携えて。

「いかにも。そして、これがその”これ”の罪を裏付ける情報が入った資料だ。そんなに同僚の罪が信じられないのならば、その資料に目を通すと良い。きっと、納得するはずだ」

 サーファが地面に落とした資料を手に取り、それらを読み尽くす。だが、どこを何度も見ても、一番の友人であるドルなら分かる。

『(ユロは…アイツは…こんな卑劣なことはしないっ!)』

 そう。紛れもない嘘っぱち。どこをどう見ようとも、納得するどころか怒りが増すばかりだ。

『あり得ないッ!ユロはそんなことする柄じゃないッ!』

「事実!……そうなのだよ、ドル」

「いいか、ドル。これが最後の警告だ。これ以上、有罪機の味方をするな。君という優秀な者を失いたくはないのだよ」

 首脳陣の引き留めの言葉。そんな言葉を無視する勢いでユロに駆け寄るドル。その半泣きで駆け寄る姿に思うところがあったのか、苦し紛れにユロが言葉を紡ぐ。

『ごめん……ドル。お前にこれ以上辛い思い、させたくなくて…』

『あ…』

『これで、いいんだ。これで。お前が俺の犠牲一つで辛くなくなくなるなら』

『やめ、ろぉ……』

『……じゃな。またどこかで』


『やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉぉ!!!!!!!』


 涙紛れに放った言葉は。室内どころか、共和国全体にこだまするかのような、実に悲しく、残酷なまでの、叫びだった。


             3


『―てな感じだ。…ちなみにこれはあくまでも一部始終。実際はもっと長い話なんだがな…。気分を損ねてしまったのなら謝るぜ』

「いや、大丈夫だ」

 玲が思っていたよりもかなり悲しい話だった。

「俺は正直もっと軽い話かと思ってたよ」

『まさか。そんなわけないだろう…。黒土は今も昔も戦が絶えぬ地。皆が皆ピリピリしているからな。こんなことなんてざらにあることだ』

「…意外と、いや、かなり終わってんな、黒土の治安」

 この地球でも治安が悪い国は多い。だが、多いだけで、治安が良い国も多くある。しかし、黒土の国々は、全て治安が悪く、どうでもいい理由で更迭されることが多いのだ。

『それに比べてこの惑星っていうか、この国は良いよな。スワームに比べて犯罪がポンポン発生しないし、飯も美味いし』

「そう言われるとなんか照れるな」

『いやお前は何もしてねーだろ』

 そうこう話しをしているうちに、廊下から、「カツ…カツ…」と上履きの耳慣れた音が聞こえてくる。どうやら人が来たようだ。

「どうやら他に人が来たらしい…。バレると騒ぎになりかねないから、お前は俺の鞄の中にでもいてくれ」

『む…わかった』

 ユロが玲の鞄に入ったと同時に、先程の上履きの音の発生源となる人物が教室に入ってくる。その人物は玲がよく知る人だった。

「あ、あれ?黒田じゃん。珍しいね、こんな朝早いなんて」

「んだよ片瀬か。誰かと思ったわ」

「片瀬で悪かったわね」

 片瀬珠子かたせ たまこ。容姿、性格共に上よりの中というなんとも言えないスペックを持つ女子。玲とは友人の関係だ。

「今日は一体絶対どうしたのよ。こんな早く来て、一人で机に突っ伏したりして」

「…浩介が学校来なくなってさ。なんかもう、学校がつまんなくなって…」

「んげっ…あそっか、あんたは”あの”遅刻魔と友達だったんだっけか」

「浩介をバカにするんじゃない。アイツは故意で遅刻魔のレッテルを貼ったわけじゃない!」

「ごめんって。言い過ぎたわよ…。それに、私も寂しいのよ、実は」

「え?」

 皆が皆、浩介を毛嫌いしているものだと思っていた玲は、珠子の予想外の言葉に驚く。

「私ね…実は彼のことが好きなの。それは今も同じ」

「えマジか。でもなんでだ。好きだったらなぜ浩介に歩み寄らなかった?」

「それはね…恥ずかしかったの。あんたにもし好きな人がいたとして、あなたは堂々とその意中の女子に話しかけることはできるの?」

 玲は頭の中で考えてみる。…たしかに、平然と話しかけることは困難だし、なにより、話しかけて何か嫌われるようなことを言ってしまった暁にはゲームオーバーだ。

「…できない」

「でしょ?」

「自分もできないくせにそんなことを言った俺を許してくれ」

「別にそんな大袈裟なこと言わなくてもいいんだけど……あ、でもこれだけは許せないことがあったわね。とても、凄く、一生涯許せないこと」

「お、俺、お前に何か酷い事したっけか…?」

 今の今まで穏やかだった珠子の表情が一変、冷酷な軍人のような面持ちになる。それと同じくして、窓から見える天空に、段々とドス黒い雨雲がこの校舎へ集まっていくのが見える。

「あんた……なぜ、あの時千布浩介を助けなかったわけ?」

「っ!?なんで、それを知ってんだよっ!?」

「それはね……―私はあの巨人がいた世界から来た、監視人だからよ」

「監視!?一体何を監視すんだよ」

「…んー、それはあんたも知ってるはずよ」

 そう珠子は言い、玲の机に掛けてある鞄を指差した。

「私はそこにいるプラッシュドールの監視をずっとしてきたの」

「プラッ…!?な、なんの話しだ。俺はなんも知らんぞ」

「しらけるのも別にいいけど…そのプラッシュドールを寄越さないと……あんた、死ぬわよ」

 冷酷な表情にさらに磨きがかかっていき、雨雲もどんどん色濃く、かつ、範囲が拡大していく。

『こ、コイツは…!れ、玲!!コイツはマジでやばい!早くこの場から離れろ!』

「おまっ!?今出てくんなよバカっ!!」

「やっぱりいるじゃない」

 鞄の口から顔だけ出したユロが咄嗟に警鐘を鳴らす。


『コイツはロンリー大帝国大佐、”ルイ”だッ!!片瀬珠子なんかじゃあないッ!!スワーム軍大佐、”月光のオリバ”と互角の強者だッ!!本当にお前死ぬぞ!!』


「ふふっ、わざわざご説明ありがと。それじゃあ、さよなら」

『くっ…玲ッ!俺のこと連れて今すぐ窓から降りろ!!じゃないとお前諸共死ぬッ!!』

「あっ、えっ、わ、わかった!」

 静かに、だが、ものすごく殺気立つ女子高生兼軍人の片瀬珠子兼ルイは、手のひらを天に掲げ、こう言い放った。


非情豪雨ルースレス


 直後、菜花高校全域にわたって展開していたドス黒い雨雲から、槍のように鋭い雨粒が降り注ぎ、玲を含む、数多の生徒と職員に襲いかかった。


「―浩介を守りきれなかった責任…あのプラッシュドールの回収のついでに、今ここで果たさせてもらうわよ…玲」

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