遅刻魔とぬいぐるみと脅威の巨人
1
「ハァ...ハァ...」
浩介は死に物狂いで街を走っていた。黒田を助けたいには助けたいが、巨人が拘束している以上、自身が出来ることはないに等しい。
『...』
その後ろでは、黒田を片手で掴みつつ、ズシンズシンと激しい爆音を鳴らしながら浩介の後を追う巨人がいる。なんとも絶望的だ。
(な、なんで俺が追いかけられるんだよ!ま、まさか、プラッシュドールの言ってた、俺が異質な人間ってのは本当だったりするのか!?根拠はないけど!)
『チ、チフコース、ケ。オレラノキョウイトナルソンザイ。ケス』
「うわっ片言だけど喋りやがったぞこのノッポ!」
『...ウゼェ、アノカタノイウトーリ、ウゼェ』
「あの方...?誰だそれ」
『オマエニイウスジアイハネェェェナァ』
一応巨人との対話には成功している。しかし、浩介が余計な一言を言うせいで、状況がどんどんヒートアップしてしまっている。
「まぁいいや。おい巨人。お前が掴んでる、その気絶してる人間を放せ。そいつは俺のダチなんだ」
『ダメダ。コイツニハ、イケニエニナッテモラウ。アノカタノタメニ』
「お前...生贄とか、人間様舐めんなよ。お前位のヘッポコは、人間様の技術力には敵わないんだよ」
『オマエ、バカカ...?...マァイイダロォ。ナマイキナオマエニ、チカラノサッテヤツヲミセテヤル』
「フンッ言ってくれるけどな、この千布浩介を侮るなよ!こう見えて俺は50m6秒
ブチュリ、だろうか。巨人が振るった腕はいつしか刃へと変貌し、浩介の肩元を貫いたのだ。
「ぐあっ...いっいでぇぇぇええ!?」
『フン、ソノジシンガドコカラキタノカシランガ、トンダキタイハズレダッタナ...』
巨人が刃となった腕を抜き去ると同時に、浩介は地面に膝をついた。圧倒的。人間じゃ到底追いつきもしない実力。自分がさっきまで煽っていた相手はこんな化物じみた奴だったのだと、自身のした行いを悔いる。
『コノセカイニ”ヤツ”ガイルワケモナイシナ...コイツコロシテ、コノセカイノットルコトニスルカ』
(ころ、殺される...?まだ、友達も増やせてないのに、遅刻魔の認識の誤解も解いてないのに...!?)
迫り来る死に絶望を通り越して、まだやりたい事ができていないと心の中で喚く浩介。しかし、そんなことをしている内にどんどん巨人の刃が浩介の首元に近づいていく。
『シネ、コゾウ』
「...っ!!」
(動け動け動け動け...動け足ッ!なんで動かないんだよッ!)
余りの恐怖に足がまともに動かず、ただ産まれたての子鹿の足のように足が震える。
(もうダメだ...。父さん、母さん。天国で待ってるぜ...!)
刃が首元に当たる。それと同時に今までの人生のハイライトがブワッと脳裏で再生される。視界がボヤける。きっと今からその視界に深紅の絵の具が塗られるだろうなと、死を受け入れようとした浩介。
しかし、彼は死ななかった。
なぜなら。
巨人の、あのバカでかい身体が真横に、華麗な曲線を描いてぶっ飛ばされていたからだ。
そのぶっ飛ばした奴は、
『ナ、ナンデオマエ...ガ...ココニ、イヤガル...』
「お前は...!!」
『また会ったな、人間。お前らを助けに来たぞ』
あの時の熊の形をしたぬいぐるみだった。
2
一体なぜあのぬいぐるみが、巨人をぶっ飛ばせたのかが分からず混乱する浩介。
「おおお前、そんなちっこい身体でどうやって巨人をぶっ飛ばしたんだよ!?」
『...?そりゃ簡単さ』
『プラッシュ、ドール...マタモコウヤッテワレラノジャマヲスルッ...!!』
「おい危ねぇぞ!!」
『シネッ!!!!』
再び刃となった巨人の片腕がプラッシュドールに迫る。だが、そんな状況下でも、プラッシュドールは余裕の笑みを漏らす。
『こうやって、な』
そう言ってプラッシュドールの手から、ボオォォッと炎が放たれる。
『グッ...ア、アツイ...』
(あの野郎、まだ俺に隠してた事があったのか...)
『さて、おい怪物。まだ私に歯向かうかね?』
『...』
巨人が沈黙を貫く間にも、プラッシュドールが放った炎はどんどん巨人の身体を蝕んでいく。一瞬浩介は黒田も焼かれてしまうと思ったが、黒田は既に巨人の手から解放され地面とキスをしている。もう大丈夫だ。
『まぁ降参するにも抵抗するにしても、この地球のためだ。お前は倒させてもらう』
『........』
『じゃあな』
勝った!と浩介は心の底から安心した。しかし、彼は見た。俯いている巨人の表情が、ニヤついてることに。
『クハハハ、ハハハハハハ!!マダオワラン!!オワラセネェ!!スベテハ...アノカタノタメニッ!!!』
『な、なんだこの気迫は!?』
プラッシュドールが巨人から発せられた気迫に驚いた直後、突如巨人の身体が硬直化し、巨人に纏わり付いていた炎をあっさりと打ち消し、ちっこいプラッシュドールをぶっ飛ばしていた。
「...!?プラッシュドールッ!?」
浩介がぶっ飛ばされたプラッシュドールの後を追い、プラッシュドールの安否を確認する。しかし、そこには、身体の5割が巨人によって破壊され、中身丸出しで佇んでいるぬいぐるみの姿があった。そのプラッシュドールは苦しい表情を浮かべながら言った。
『こ、硬直化、だと!?あり得んッ奴にそんな力は、残ってないはずなのにッ!?』
「おい、どうしたんだよ...!?今さっきまでお前が勝てそうだったじゃねーか!?」
『わ、私も知らん。奴の”あの方”への忠誠心とかじゃないか?』
希望から絶望。それを知った浩介は再び地面へ膝をつける。
「おしまいだ、何もかも。街はボロボロだし、死んじゃった人もいないとは断言できない。黒田ともはぐれたし、生きてるのかも分からない...もう、ダメだぁ」
『おおぉい、諦めるなよ人間!情緒不安定か貴様!』
「じゃあ何か打開策でもあるのか...?」
『うぐっ...』
絶対絶命。一応今こそは巨人の目から逃れているものの、見つかってしまったらそこでおしまいだ。身体が半分持ってかれているプラッシュドールが動けるはずがないし、浩介が、金属が中に大量に詰まっているぬいぐるみを背負える訳がない。
「あーダメだ、今度こそ死ぬ。父さん、母さん、親孝行できんくてゴメン。俺、先に天へ旅立つよ...」
『だからなんでお前はすぐに諦める!?判断が早すぎるだろ!!』
「だから、打開策、あるのかっつってんだろ!?」
『...っ!?そ、それは...』
「無いんだろ?...ほら分かったら、とっとと命を絶つ準備をするぞ」
『...........』
「...おい?どうした?命を絶つことが怖いか?」
『...........』
「...?」
『...』
「...」
唐突に訪れる沈黙の時間。両者が喋らない事で、遠くから巨人の歩く音が聞こえるようになる。
やがて、この沈黙の時を破るようにプラッシュドールは苦し紛れに言った。
『あ、あるにはある』
「え、あるのか!?一体どうするんだ!?」
『.....契約だ。』
「...?けいやく?俺と?」
『そうだ。お前は私と初めて出会ったときに言った事を覚えているか?』
「な、なんだっけ?」
『お前が、”異質”な人間だという事を私は言っていたはずだ』
「でもあのとき、アンタ、俺が異質ってどゆこと的な質問をした時、知らんって言ってた
『あれは嘘だ、すまない』
実は平然と嘘をつかれていた。浩介は若干腹が立ったが今はそれどころじゃないと無理矢理怒りを抑える。それを見たプラッシュドールは少し申し訳なさそうな気持ちをしつつ、話を続けた。
『...プラッシュドールという存在は、スワーム大共和国に長らくいる、王族の血筋を引いている者と契約を交わすことで、真なる力をその契約者に付与できる。で、お前も王族の血筋じゃないのに契約ができる体質だとわかったわけだ』
「ふーん、俺も何故か対象の一人だったと...ていうか、その話だと、俺がお前の代わりに巨人と戦うって事になるじゃねぇかよ!?」
『今、そうやってブーブー文句垂れてる場合か!!文句なら後で幾らでも聞くから、私と早く契約をしてくれ!』
そう言い合っている内に、どんどん巨人の歩く音は近づいてくる。見つかるのも時間の問題だ。
「なんで...なんで俺が戦うんだ...俺は平凡、平凡な高校生だぞ...なんで
『この腰抜けが!!契約しないとこの窮地から脱出できな
『イヤガッタッ!!ココニイタンダナオマエラァァ!!』
「『!?』」
見つかってしまった。浩介の気の迷いのせいで、浩介が早く判断しなかったから。
『コンドコソ、シネッ!!!!』
今度こそ、死ぬ。もう死ぬと判断した浩介は最後の希望としてヤケクソ気味に叫んだ。
(し、死ぬんだったら、あっけなく死ぬ位だったら、あいつの言うことを信じて叫んでから死ぬ!!あっけなくは死にたくないッ!!)
「こんちきしょー!!やってやるさ!俺は、お前と、契約を交わすッ
直後、ズバッと巨人の刃が浩介の首を切断した。
はずだった。
ゴオォだの、ブオォォだの、浩介の手の平から爆音を撒き散らしながら現れた炎が、巨人を突き上げたのだ。
『ナ、ナニィ!?』
「え、は?何?俺は今頃天国にいるはずじゃ?」
本来死ぬはずだった浩介も何が起きたか理解できていない。そんな中、一人プラッシュドールが半ば興奮気味に言った。
『よく言った千布浩介!!今からお前は、私の相棒だ!!』
「は?相棒?」
『そうだ!!そして、拳を握れ!炎を操れる今のお前なら、奴に勝てる!!』
「マジ?」
『あぁ、マジだ!!』
巨人に、勝てる。それを聞いた浩介は、一気に表情を変貌させ、勇者のような勇気ある表情で言った。拳を握ったまま。
「おい、巨人。今まで、たくさんの人々や、建物に被害を及ぼして来やがったな」
『ア?ナンダ、ニンゲンノキサマガワレラニハムカウノカ?』
「あぁ、そうだ。そしてくらいやがれ...」
息を吸う。巨人にもプラッシュドールにも聞こえるように大きく。
やがて息を十分に吸った浩介、いや勇者は放った。
「炎の拳と書いて、炎拳をなッ!!!」
『ハ?ココニキテアタマガオジャンニナッタカ
巨人がそのダサい単語に嘲笑しようとした瞬間の出来事だった。
拳の形をした炎が巨人の心臓を貫いた。
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