第3話

 今日もしっかり約束を守ってくれたので、残りのおまんじゅうを楊枝ようじごとすみれさんに渡してあげる。


受け取った彼女はねた様な視線をわたしに向けるけど、何も言わずにぱくりと頬張った。アイスだから早く食べないと、溶けちゃうからね。




「これは、やはり求肥ぎゅうひに包まれているんですね。アイスも濃厚な甘みで……美味しいです」


「でしょー? 時期によっては、チョコ味とかあるんだけど、私のお気に入りはいちご味なんだぁ」


「フレーバーも豊富……なるほど、消費者を飽きさせない企業努力ということですね」


「そこまで固い考えじゃないけどさー……こういう商品の限定物っていうのも、なんだか季節の移り変わりが感じられていいよねぇ」




 さて、わたしも食べようかな。


 楊枝はすみれさんに渡しちゃったから、はしたないけど指で摘んで、出来るだけ大きく口を開けて、頬張る。


やっぱり、すみれさんが来て話しかけてくれたおかげで、中のバニラアイスがとろけ出すギリギリの柔らかさになっている。それが外側の求肥とからまって、濃厚な甘みがいつまても舌の上で踊るかのように広がる。んまい。


 おまんじゅうを食べていたすみれさんが、不意に手を止めて、楊枝に刺さったそれをじっと眺める。

 



「どうしたの?」


「以前もお話しした気がしますが……アイスなのですから、溶けない様に屋内で食べてもよかったのでは?」




 むむ、まだわたしが保健室に居なかった事を責めてくるみたいだ。これは大人として、こんこんと諭してやらねばなるまいね。




「わかってないなぁ、すみれさんは」


「その、呆れる様に指を振る仕草が妙にかわい……腹立たしいですね。何がわかってないのですか?」


「空気が少し暑くなりはじめた屋外で、日陰に入り冷たい『雪見まんじゅう』を食べる。これによって季節も楽しみ、アイスの美味しさも引き立つってわけ」


「そういうものでしょうか……」




 納得できない様にすみれさんは首を傾げてわたしを見やってくるので、もう少し言葉を重ねてあげよう。わたしはこう見えても先生だから、迷える生徒を導くのもお手のもの。




「何事にも素敵な関係ってのがあると思うんだ」


「素敵な関係ですか?」


「そうそう。あつーい日差しと日影で食べるアイス。『雪見まんじゅう』のバニラアイスと求肥。二個入りのパックに、ふたりいるわたし達。それから……」


「……それから?」


「わたしとすみれさんも、そんな関係じゃない?」




 わたしはわるーい大人なので、こういうからかいも好きだったりする。普段ならこんな気障ったらしいことは言わないんだけど、でもすみれさんに対してだけは別。面白いから。


 彼女はわたしがこういう事を不意にいうと。

 



「あおいさんと私が、素敵な関係……」




 それだけ呟いて、すみれさんは顔を真っ赤にして沈黙した。こんな彼女は、おもしろ可愛い。


 すみれさんのこういう姿を、わたし以外は知らないと思う。


 ご家族は教育に厳しいし、先生や生徒も生真面目で優等生な生徒会長であるすみれさんの姿ばかり目にしているから。


だから、こういう姿を他の人にも見せてあげれば、もっといろんな人に慕われるんじゃないかと、先生としてのわたしは思ったりもする。


ただ、わたし、鹿納あおい個人としては……まぁ、ここは内緒にしておこう。


 そろそろ手元のアイスがゆるくなってきた。指でつまめるギリギリのライン。




「つまりそんな素敵な関係が好きだから、わたしは外でアイスを食べるんだよ」


「……な、なるほど」


「ほら、そろそろ溶けちゃいそうだから、早めに食べてね」


「はいっ」




 私が促すと、すみれさんは最後の一口をパクリと食べてしまう。わたしもそれを見てから、手元の残りをがぶっと食べる。溶けたバニラアイスが、冷たいシェイクみたいな喉越しになって美味しいんだ。


 求肥をすこし勿体ぶる様に咀嚼して、呑み下せば、今日のお楽しみは終わってしまった。




「ごちそうさまでした」


「ごちそうさまでしたっ。あ、ありがとうございます、あおいさん」


「どういたしまして、じゃあそろそろ……あっ」




 校舎に戻ろうかと思ったらわたしの目に、すみれさんの口元が白くなっている姿が映る。


『雪見まんじゅう』は容器にアイスがくっついてしまわない様、とり粉がついているから、それがついてしまったみたいだ。


 なんだか真面目なすみれさんが、小さい子みたいな事をしているのが、可愛らしくて笑ってしまいそう。


 ただまぁ、このまま帰してしまうとクラスメイトにも笑われそうだし、どこで何してたんだって話にもなりそうだ。


 だからそれを、拭ってあげようと手を伸ばして。




「おっ……とと」


「……?!……あおい、さん! 何をしてるんですか!」




 何をと言われても、拭おうと手を伸ばした拍子にバランスを崩して、つい抱き着いてしまった、だけ、なんだけども。みっともなかったのは許して欲しいかな。


 けど、すみれさんはそれが信じられないかの様に口許をわなわなさせて、どんどん顔を真っ赤にしていく。あれ、怒らせちゃったかな。

 ……まぁその、不意に起きた事故とはいえ、抱きついちゃった事に、気恥ずかしさがないわけではないんだけどさ。



「あはは、ごめんね。重かった?」


「もう! そういうことばっかりするから!」


「そういうことばっかりするから?」


「な、なんでもありません! それではわたしは失礼します!」




 『ごきげんよう、鹿納かのう先生!』なんて言って、すみれさんは風のように走り去ってしまった。生徒会長は運動神経も抜群だなぁ。……あっ、口許のとり粉、つけたまんまなんじゃ……これはわたし、わるくないよねぇ?


 さて、そろそろわたしも戻ろう。言われた通りにあまり留守にしているのは職務的によろしくない。


 でもまた、次にここで、すみれさんに会う時が今から楽しみになってしまう。なんでそう想ってしまうのかは、誰にも、すみれさんにすら話したことはない秘密のおはなし。


 ……さっき抱きしめた彼女の柔らかさや温もりが、まだ腕の中に残っているような気がする。それを思うだけで、わたしの心もぽかぽかしてくる。アイス、食べたばっかりだって言うのにね。


 とにかく、うつろいゆく季節の中で、これが私にとっての楽しみで、ささやかな幸せなんだ。だから次は、どんな事をしようかな、なんて考えて保健室に戻る事にした。

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わるーい先生とマジメな少女のお楽しみ。 上埜さがり @uenosagari

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