第2話

 すみれさんみたいに誰かの憧れに、なんてがらじゃないのはわかってるんだけど、こうもまぁぺしぺしと指摘されると、流石に悲しくてため息がこぼれる。


 これはとりあえず、手元のこれを食べて癒されることにしよう。




「そんなに言わなくってもさぁ……はぁ、かなし」




 あらためて、ぺりり、と手元のパッケージをめくれば、白くて冷たくてまあるいおつきさまのようなかたまりがふたつ、トレーに収まる姿を表す。トレーには専用の楊枝ようじもついていて、ピンク色のそれが可愛らしい。


 今の時期のコンビニに売っているとは思わなくて、思わず手に取ってしまったけど、これは大正解だったかもしれない。


 わたしがそうやってむふふと笑っていると、すみれさんが呆れたようにため息をついて、それからわたしの隣にしゃがみ込んだ。スカートを膝裏でしっかり挟み込むのは、彼女らしい仕草だと思う。




「はやく保健室に戻るべきだとお話ししたのに……それは、なんですか?」


「『雪見まんじゅう』だよ。食べたらすぐ戻るからさぁ」




 『雪見まんじゅう』はもちもちの皮でバニラアイスを包んだ、柔らかさと甘さのダブルパンチが魅力の一品。


 本来なら冬、どんなに長くても春先までの季節商品だけど、学校そばにあるコンビニに奇跡的に残っていた。


あのコンビニのオーナーが季節商品に対してルーズなのか、あるいは入荷分は売り切ろうという気概があるのか、もう夏寸前のこのタイミングで出会えたのは運がいいとしか言えない。


 楊枝を手にとって、ふに、とアイスを押してみれば丁度いい柔らかさになっている事を指先に教えてくれる。


 すみれさんは雪見まんじゅうを物珍しげに眺めているけど、実際食べたことはなさそう。


 親御さんの教育方針で、コンビニで売っているような物はあまり食べないというのは前々から聞かされている。でも一応、聞いてみようかな。




「アイスなんだけど、すみれさんはこれ、食べたことある?」


「ない、ですね。見た目だけなら和菓子のようにも見えますが……」


「アイスを食べたことないとか?」


「それはあります! アイスクリームどころか、ジェラートやソルベだって!」


「でも『雪見まんじゅう』は食べたことないんだね、ふふ」




 ドヤ顔で胸を張るすみれさん。まぁ前にも一緒に、別のアイスを食べたことはあるから、今のはちょっとしたおたわむれだ。それにしても、ジェラートとソルベって別物なんだ。知らなかった。


 ともかく、すみれさんは『雪見まんじゅう』を食べたことがない模様。こういう時は決まって、わたしはすみれさんにこう声をかける。


 


「じゃあ、すみれさんのはじめて、もらっても良いかな?」




 ぷす、と楊枝をおまんじゅうの一つに刺して、すみれさんに差し出す。


 わたしはこの真面目な生徒会長に、わるーい大人の楽しみを教えるのが、楽しみでありささやかな幸せなのだ。


 去年、初めてこういうやりとりをした時は、ダブルサイダーというアイスを分けっこして食べた。ぽき、と折って分けた空色のアイスが偏ってしまって、すみれさんが悲しそうにしたので大きい方をあげた。


 秋になってコンビニおでんを食べたことが無いと聞いた時は、わたしが一押しのだし巻き卵に、薬味の味噌をたっぷりつけたのを食べさせてあげた。おでんをあふあふと熱がりながら頬張るすみれさんの表情は新鮮だった。


 冬には駅前のたい焼きは存在すら知らなかったと聞いた時は、わたしがお気に入りの白餡しろあんたい焼きを食べさせてあげた。餡子が詰まった頭から食べてご満悦そうにしてたすみれさんが、尻尾に行くにつれて餡が少なくなって、不思議そうな顔を浮かべていたのはちょっと面白かった。


 今日はどんな表情を見せてくれるかな?




「はい、あーん」


「えっ、いえ、私はそんな、食べるわけには……」


「いいから、いいからー」


「そういうわけにもいかないです……」




 すみれさんはいつも、とりあえず否定から入る。これをいかに崩して、その美味しそうな唇に食べ物をませるかが大人の腕の見せ所ってやつ。大したことはしないんだけど。




「このアイスさ、ふたつ入りなんだよね」


「そのよう、ですね?」


「ここには私と、すみれさん。ふたりがいる」


「だからと言って……」


「さっき話してたよね。保健室に早く戻るなら、ひとりいっこ食べた方が早くないかな?」




 我ながらすごい詭弁きべんだと思う。


 けど、わたしの言葉を受けたすみれさんは、『それなら、しょうがないですね』とか言いつつ、素直に口を開いてくれた。ふふ、チョロいぜ。


 しろいもちもちをすみれさんの瑞々みずみずしい唇が迎え入れて。

 



「あむっ」




 その瞬間、彼女の口元からアイスを引っ張る様に離す。すると、もちもちの皮がうにょーんと伸びて、すみれさんは目を丸くして驚いた。




「?!」


「ほらほらー、ちゃんと噛まないとー」




 すみれさんにとってアイスとは、甘さや酸味などの味覚はもちろん、冷たさや舌触りを楽しむ物だと思う。


 だから、こうやって柔らかい皮に包まれてるアイスははじめてなんじゃないかと考えて、それを楽しんでもらうべく悪戯いたずらを仕掛けてみた。


 案の定、彼女はどうしたら良いものかという風に、口の下に手でお皿を作って慌てている。かわいい。




「ほら、噛んで、噛んで」


「……んっ……もう、こういうものなら先に行ってください!」


「いやいやー、驚きがあるから面白いんじゃーん」


「本当に、鹿納かのう先生は……」


「あ、ダメだよー、すみれさん。こういう時はわたしの事、なんで呼ぶんだっけー?」


「う……あおい、さん……」




 これもわたし達の約束。


 わるーい事をしてるんだから、先生って呼ぶのは違うよね。その事をいつだかチーズ、マヨネーズ、ソース、かつおぶしマシマシの『罪のたこ焼き』を一緒に食べた時に、約束してもらった。

 恥ずかしそうにわたしの名前を呼ぶ彼女の表情を見ていると、やっぱりわるいことをしているなーって、そんな気分にさせられるんだ。

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