わるーい先生とマジメな少女のお楽しみ。

上埜さがり

第1話

 ようやく梅雨を迎えるというのに、すでに真夏を思わせる暑さを空気にまとわせはじめた季節。


 わたしが勤める学園の敷地、さらにその隅っこ。


 用務員さん用の倉庫なんかが置かれているだけで、だーれも来ないこの場所で、わたしはお楽しみを堪能するのが、教諭人生におけるささやかな幸せだったりする。


 これは、わたしとしか知らない、秘密のおはなし。


 今日も、日陰になった校舎の壁際にしゃがみこみ、ぺり、と御目当てのものののパッケージを開けようとした。すると。




「——鹿納かのうあおい先生!!」




 その瞬間にに声をかけられる。タイミングは完璧。


 見上げると、艶やかな黒い髪をたなびかせる二年生にして生徒会長の女子生徒。すみれさんが腕を組んでわたしを見下ろしていた。


 ただでさえ学生ながらわたしより背が高いというのに、見下ろされてしまったらわたしは恐縮してしまいそうになる。まぁしないけど、大人なので。




「……すみれさん、やっほー」


「やっほーではありませんっ。生徒を呼ぶ時は苗字で呼ぶことがマナーです!」




 そんな事をふんふん言われても、今更になって彼女を『篠森菫しのもりすみれさん』なんて他人行儀に呼ぶには、わたしと彼女は顔を合わせすぎている。気がする。


 すみれさんはとっても真面目。それは彼女の見た目からもうかがえる。


 きりりとした黒い瞳を宿す目に、つやつやの長い黒髪。生徒は夏服に移行したけど、彼女は白いシャツのボタンは一個も外していないし、朱色のスカートは校則通りの膝丈。


うちの学園は割と自由が許されてるんだから、学生らしくもう少し遊んでも良いものを、生徒会長は生徒の模範だからとそれを拒むくらい真面目。


 大人びた顔つきやそして何より際立つ白い肌に魅了される生徒も多く、ファンクラブが出来るほど。やっぱり遊ばないのは勿体無いなと思う。ちなみにファンクラブにはわたしも入会済み。


 そうやってボーッと彼女を見つめていると、彼女はまた興奮したように私に詰め寄ってくる。




「こんなとこにいらしたんですね、鹿納先生」


「お昼だからね。休憩をとるのは基本的人権ってやつだよ」


「そんな概念的なお話をつもりはありませんが。それでも、保健室を長く留守にするのは問題では?」


「う、それを言われたらちょっと弱る。これだけ食べさせてよぉ」


「まったく、どれほど私が探したと思ってらっしゃるのか」


「探してくれたの? 誰か怪我したなら戻らなきゃ」


「え、あ、そういうわけではありませんが……」




 すみれさんとは別に約束をしているわけじゃなかったりする。わたしがここでひとりでこそこそやっていると、いつの間にか必ず来るようになったんだ。


 とりあえず、そういう仕事なんだし、急な用事があるならすぐ戻らなければと思ったんだけど、すみれさんはそうじゃないと慌てて否定する。




「じゃあ、どうしてわたしを探してたの」


「な、なんでもいいではありませんかっ」


「良くないよ、用事があるんでしょ」


「ですから、用事などではなくって……」


「それなら何でわたしを探してたのさー」


「もう、しつこいですっ!」




 そういってすみれさんは、『ふんっ』と言った感じに顔を赤らめて、そっぽを向いてしまった。


 用事がないなら良いけど、でもそれならこんなに詰め寄らなくっても良い気もする。すみれさんは真面目だけど、こういう時はわたしにあたりが強い。


 先生と生徒という立場が逆転してるような気がして、じーっと見つめていると、すみれさんがそれに気づいて睨み返してきた。わたしは睨んでないんだけどなぁ。




「な、なんですかっ。そんな狸みたいなつぶらな瞳を向けてっ」


「誰が狸じゃーい。……や、一応わたし先生なんだけどなーと思って」


「そういうことですか。でしたら、まずはご自身の振る舞いから見直されては?」




 わたしの振る舞い。ふむ。




「まずはその亜麻色の髪。先生の優しい雰囲気によくお似合いですが、いささか派手なのではないでしょうか?」


「先生はそこまで髪色に厳しくないし……」


「それから、その眠たげな瞳。私は愛くるしいと思いますが、もう少し目に力を入れた方が大人としての威厳が出ると思います」


「これは昔っからそうだから」


「そしてやはり服装! 大きめ白衣の萌え袖には私も胸をときめかされますが、流石にだらしないですっ」


「これも、ちょうど良いサイズがなかったからさぁ」


「言い訳は結構ですっ!」




 ぴしゃり、と言い切って、またすみれさんはそっぽを向いてしまった。そんなにだらしないだろうか、わたし。

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