後日譚2
「ミザリー。保証人になってくれないか?」
久しぶりに会ったお父様から耳打ちされた内容に、わたしは頭が痛くなった。
乳母がようやく決まった。
まだ私付きの侍女は決まらないけれど、すでに三ヶ月もお世話をしてくれていたお母様をこれ以上拘束するわけにはいかない。お母様をファサン子爵家まで見送るついでに、私は娘を連れて里帰りをすることにした。
ハロルド様も忙しい中、心配だからと見送りに付き添ってくれた。
馬車はゆっくりと進む。
話には聞いていたけれど、街道から領地まで伸びる道は、川の護岸工事と共に綺麗に整備されている。
もう轍に車輪が取られて跳ねることもない。ハロルド様の膝の上で
去年は肥料が撒けずに貧相だった麦も今年は実りも良く、収穫間際の麦畑はまるで黄金色の海のよう。
屋敷の隣にある彫金工房は、親方はじめ職人達が戻ってきている。
馬車で工房の前を通ると、私たちが来ることを聞いていたのか、みんな待ち構えて手を振ってくれた。
実家の庭は相変わらず実用的な植物ばかりが植わっているけれど、植栽は整えられ、下草は刈られたりと手入れがされていた。
使用人も戻ってきている。顔馴染みの使用人だけでなく新しく入った使用人もいる。
昔のファサン子爵領のような活気が戻ってきた。
一年前が嘘みたい。まるで夢でも見ているみたいだわ……
お母様が使用人達に挨拶という名目で娘を屋敷中連れ回している。わたしは台所で煮出した野草じゃない、ちゃんとした紅茶を飲みながら感慨にふけっていた。
それなのに、お父様の耳打ちで一気に現実に引き戻された。
──冷静にならなきゃ。
わたしはお父様を見つめる。
「銀行にお待ちいただいている利息の支払いにようやく目処がついた。と、おっしゃってらしたのはお父様よ。それなのに何のために借入を増やすおつもりなんですか」
私の質問をなぜか保証人の承諾だと受け取ったお父様は目を輝かせる。
「ミザリーに手紙で我が家に助言してくださる紳士がいると教えただろう?」
わたしは頷く。
お父様だけが正体を知らない、ハロルド様の代理人のことだ。
「その紳士がなんなのですか?」
「その紳士にね、工房に職人も戻ってきたし職人見習いも増えたからアクセサリーを卸す量を増やせそうだって話したら、王都の宝飾店にアクセサリーを卸す量を増やすのではなくファサン子爵家で宝飾店を構えて自分達で売ったらどうかというんだよ」
お父様は唾を飛ばす勢いで前のめりだ。
「いま王都ではうちの工房で作ったアクセサリーの繊細なデザインが受けているらしくてね。オーダーを受けてアクセサリーを作るような店を経営すれば儲かるって言うんだ」
「そう」
お父様の大好きそうな儲け話ね……
「確かに大通りに並ぶ宝飾店は素材はいいものを使ってる店は多いが、ろくな細工はしてない。うちの工房の繊細な細工のアクセサリーは目を引く。いやぁ、ミザリー、これはとんでもなく儲かるよ」
「そうね。儲かると思うわ」
だっていつもの詐欺話しなんかじゃない。デスティモナ家は投資家としてこの国の誰よりも儲かることに敏感だもの。
「だろう? ただ、高位貴族相手にオーダーをとって商売をする店を開くには、店構えはそれなりにしなくちゃいけないからな。初期投資にはかなりの額が必要だ。借入をするにもすでに屋敷も土地も抵当に入ってるから、ミザリーに保証人になってもらわないと新たな借入ができない。だから、保証人になっておくれ」
「……そうね。ハロルド様に話してくるから返事は少し待っていただけますか」
期待に胸を膨らませているのが手に取るようにわかるお父様を台所に残して、わたしはハロルド様の元に向かった。
仕事で王都の屋敷にとんぼ返りするハロルド様は、屋敷の前に止めた馬車のそばで馭者と話をしていた。
「ハロルド様。話がございます」
「ミザリー!」
振り返ったハロルド様はわたしに駆け寄り抱き寄せる。
「ミザリー達と離れ離れになるなんて、俺はもう生きていけない!」
「一週間だもの、死にはしないわ」
ハロルド様の腕の中から抜け出して見つめた顔は捨てられた子犬のよう。
何でも大袈裟に見えるハロルド様の表情にほだされそうになるのを慌てて首を振る。
「ねぇ、ハロルド様。父がわたしに保証人になってほしいそうです」
「聞いたのかい? なかなかいい話だろう? 保証人になったらどうかな?」
隠す気もないのね。
「どうしてこんな回りくどいこと……」
「回りくどいって。そりゃ本当は、俺が直接出資したかったさ。でも、前にミザリーがファサン子爵家にお金を使うのを嫌がったから、銀行から借入してもらうことにしたんだ」
弟達の進学費用だけじゃなく、通ってる期間中の生活まで面倒をみようとしていたので慌てて止めるなんてこともあった。
「ねぇ、ハロルド様。わたしはハロルド様を愛しているわ。だからもうお金で愛を買うようなことをなさらないで」
「ミザリーの愛はお金で買うようなものではないのはわかってるよ」
「じゃあ、どうして!」
「ミザリーだって俺の気持ちをわかってくれないじゃないか! 俺がミザリーを愛していることを示すためにお金を使いたいだけなのに、どうしてちっともお金を使わせてくれないんだ! 俺はもっとミザリーに贅沢な思いをさせたいんだ。ドレスもアクセサリーももっと贈りたいのに、ミザリーはこれっぽっちも欲しがってくれない! 前だってパーティー用のドレスを作るのに俺の意見を聞かずにミアとばかり相談して」
だって……ほら、それは……
声も身振りも大きくなるハロルド様は、まるで役者のようだ。
「だから、ファサン子爵家に使おうとしたのにそれも窘められて……もうこんな方法しか思いつかない! これもダメなら俺にどうしろっていうんだ!」
ハロルド様は再びわたしを抱きしめると首を振って大袈裟に嘆く。
「なんだ痴話喧嘩か」
「まあ、いいじゃないか」
「そうだ。そうだ。ミザリーお嬢様が幸せそうならよかったじゃないか」
気がつくと人だかりの中心にわたしとハロルド様はいた。
顔馴染みの使用人や工房の職人達が、わたしとハロルド様の言い争う声に心配して集まってきたらしい。
「ありがとう。わたしは幸せよ」
みんなに囲まれ、わたしは笑う
お父様が騙されやすいのは困ったものだけど、お父様が騙されやすいおかげで愛する人に会うことができた。
「……そうね、お父様の保証人になってあげてもいいかしら」
わたしの呟きにハロルド様は満足そうに微笑んだ。
借金のかたに大富豪の元で奴隷扱いされるはずが花嫁として一家総出で歓迎されてます⁈ 江崎美彩 @misa-esaki
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