第8話
お父様とハロルド様は二人きりで話をしたいということで、わたしたちは応接室を後にする。
二人きりでどんな話をするのかしら。契約について?
わたしが応接室の前から離れないでいると、お母様が「お茶にでもしましょう」とわたしを抱きしめる。
お母様も痩せ細って枝のよう。強く抱きしめ返したりしたら、折れてしまいそうだった。
台所に置いた作業机兼ダイニングテーブルでお母様がお茶を淹れてくれる。乾燥させた野草を煮出しただけのお茶はあまり美味しくない。
「こんなお茶しかないんだけど、お持ちした方がいいかしら……」
使用人なんて、とっくの昔にいなくなっている。お茶をお持ちするとしたらわたしかお母様だけど……
流石にハロルド様へ、こんなお茶をお持ちするのは憚られる。
わたしは首を横に振る。お母様は「そうよね」と呟いて椅子に座るとお茶を飲んだ。
「姉さんのドレスすごいね。これって本物の絹? 結婚するからって、ただで貰ったの?」
「えっ? そうなの? 売ったらいくらくらいで売れるかなぁ」
「こら」
そう下世話な話をしてきた弟達をお母様は窘め、手の甲を軽く叩く。
「ミザリー。結婚ってどういうこと? 貴女、デスティモナ伯爵家のご令息と面識なんてあったの?」
心配顔のお母様に、向き合ってそう聞かれて、真実を明かそうか悩む。
お父様はまだしも、お母様は、わたしが「家の借金のために、契約結婚の申し出を受けた」なんて聞いたら卒倒してしまう。これ以上の心労はかけられない。
「今日初めてお会いしたけど、わたしのこと見初めてくださったのよ」
それは馬車内でハロルド様から「結婚について誰に聞かれても、そう答えるように」と言われてあらかじめ準備していた台詞。
口角を上げて目を細め、嬉しそうな顔を意識する。
初めてにしては上手く演じられたかしら。
でも……家族に嘘をつくのは心苦しい。胸が詰まる。
ううん。このくらいでへこたれたらダメ。これからずっと沢山の嘘を重ねて突き通さなくちゃいけない。
この後一年間はハロルド様の偽りの妻として振る舞い、一年後は離縁する。
離縁する時にはなんて周りに言えばいいかしら。またハロルド様と台詞を考えないと。
「まぁ、結婚するのは構わないけどさ。姉さんがあんな金持ちの家の奥方様なんて務まるわけないじゃん。すぐに離縁されるんじゃない」
「そうだね。出戻ってくる時にはたんまり慰謝料もらってこないとダメだよ」
幼い頃からお父様が騙されて我が家が困窮していくのを見て育った弟達は冷静で疑り深い。
一年後、離縁して慰謝料をもらえれば、土地も屋敷も売る必要はない。爵位を返上する必要だってなくなる。そうすれば上の弟に爵位を残してあげられる。下の弟だって騎士になりたがっているけれど、平民としてよりも子爵家の息子として騎士団に入った方が出世だって見込める。
二人の未来のためにも、二人にわたしたちの結婚が愛のない契約結婚だなんて気が付かれないようにしなくちゃ……
わたしは嘘を突き通す決意を固めた。
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