第6話:アイドルのお世話係に任命されました!
『あなた達三人は、来年、アイドルグループ『ルーン』としてデビューすることが決まったんだからね!』
お姉ちゃんの明るい声とは正反対に、三人はそれぞれに違う反応を見せている。
俊介はいつもどおり、ぶっきらぼうに。
綾人くんはかなり驚いている様子で。
ヨウくんは両手をあげて大きく万歳をしている。
そして私は、どうしていいのか分からなくてパチパチと拍手をしてみた。
なんだか芸能界の裏側を見れたような気がして、少しだけワクワクしている。
何より綾人くんや俊介達の『アイドルデビューが決まった』という、歴史的な瞬間に立ち会えたことが嬉しかった。
けれど、なんでこの場に私がいるのか。それが一番の疑問だった。
「あの、お姉ちゃん……。なんで私が呼ばれたのか、聞いてもいい?」
「もちろんよ」
ここは本来、私が来てもいいような場所じゃない。
昔はお母さんによく連れられて、この事務所で遊んでいた。
ゴールドスターに所属している俳優さん達が、私と一緒に遊んでくれたこともある。
けれど、この場所がどういうところなのか知ってから、足を踏み入れたことはなかった。
だってここは、夢を持った人しか入れない。
大きな夢に向かって、日々努力して、練習を重ねて、『芸能』という仕事と向き合っている人だけがいてもいい場所だから。
「りんにはね?この三人のお世話係になってほしいの」
「お、お世話係!?」
「そう。デビュー自体は来年だけど、ウチの事務所はこの子達三人を、これから猛プッシュしていく予定なのね?だからかなり多忙になってくるだろうし、学校での生活も変わると思う。だから、りんにはそのお手伝いをしてもらいたいの」
お姉ちゃんは、何を言ってるの?
私にそんなこと、できるわけないよ。
お姉ちゃんみたいにテキパキ動けるわけじゃない。
優柔不断だし、小さなことでウダウダと悩むし、何より綾人くんや俊介達のお世話だなんて大役を、私なんかができるわけがない。
「わ、私には無理……」
「別に断ってもいいよ?やりたくないならやらなくていい」
「……っ」
「でもね?あたしから見て、りんは家に一人でもちゃんと家事をしてくれてるでしょ?りんがしっかりしてくれてるおかげで、どれだけあたしが助けられてるか」
「そんなこと、誰だってできるよ」
「それにさ。りん、アンタ進路のことで悩んでるんでしょ?将来の夢が見つからないって、夢中になれるものがないって、進路調査で何も書けないって、前に相談してきたでしょ?」
「そう、だけど」
「だから、これは一つの職業体験だと思って参加してみるのはどうかなって、あたしと、お父さんとお母さんからの思いなんだよ」
家族からの、思い。
昔から、いろんなことを無意識に比較しては、自分は劣っていると思ってきていた。
芸能事務所を運営しているお父さんとお母さん。
俊介が練習生にも関わらず、これほどの人気を博しているキッカケにもなった手腕マネージャーのお姉ちゃん。
そのほかにも、周りにはすごい人がいっぱいいて。
例えば同じクラスの友人はみんなちゃんとした将来の夢があって、そのための目標が定まっていて、だから進路のことで一切悩んでいる様子はなかった。
だから余計に、何も持っていない自分がひどく空っぽに思えて、恥ずかしくて。
そんな自分を、変えるチャンス……なのかもしれない。
「で、でも……っ、三人に迷惑かけたらどうしようっ」
「大丈夫。そのために、あたしがいる」
こんなとき、お姉ちゃんがすごく頼もしく思える。
いつも時間に追われていて、二言目には『遅刻しちゃうー!』と嘆きながら家中を走り回っている姿ばかり見てきた。
だけど、やっぱりお姉ちゃんはすごい人だ。
「大丈夫だよ、りん。キミのことは、俺が守ってあげる」
「綾人、くん」
「それに、もう夢中になれるものがないって言わせないから」
「え?」
「これからは俺が、りんを夢中にさせてみせるよ」
「……っ!」
綾人くんは優しく微笑みながら、そっと頭をなでてくれた。
私の心臓は、また大きな音を立ててドキドキと脈を打ちはじめる。
こうして再会する前までは、私のほうがお姉ちゃんだったのに。今は完全に、立場が逆転している。
「つーか、俺は前々から言ってただろ。お前は、"俺の世話係"だっつって」
「ハハッ、何それ」
「この俺がりんを指定してんだよ。ゴチャゴチャ考えずに、一言「やる」って言えばいいんだバーカ」
「僕も!りんちゃんが一緒にいてくれたら嬉しいなぁ!だって優しそうだもん!」
「いいや、こいつは優しくなんかねぇから。怒ったら鬼の形相すっから」
「なっ!ちょっと、俊介!」
「りんはそんな顔しないけど?……ね、りん?」
人生は、何が起こるか分からない。
今だって、本当はすごく不安でたまらない。
将来のことも、少し先の未来のことも、分からないことだらけだけれど。
「……私、やってみる」
綾人くんと、俊介、それにヨウくんの三人と一緒に、私も頑張ってみたいって思うから。今は、この気持ちを大切にしよう。
「よーし!じゃあ来年のデビューに向けて、明日から頑張るわよ!」
===
『──業界発!アイドルグループ『ルーン』の新曲がミリオンセラーを達成!』
『──超人気アイドルグループ『ルーン』の密着インタビュー!』
『アイドルグループ『ルーン』が世界ツアーの決定を発表!ファン歓喜!』
のちに、彼らが日本を代表するアイドルになるということを。
このときの私は、まだ想像すらしていなかった。
===
アイドルのお世話係に任命されました! 文屋りさ @Bunbun-Risa
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