アイドルのお世話係に任命されました!

文屋りさ

第1話:キミと二度目のはじめまして



 「──うわぁ、かっこいい」


 玄関の扉を開けてすぐ、突然の来訪者を目にして、無意識に出てきた言葉がそれだった。



 中学二年生の夏休みも、残すところあと一日。


 山のようにあった宿題をなんとか終えて、今日は夜までゴロゴロするぞと決めていたところだった。


 おかげで今の私の服装はというと、三年前から愛用しているヨレヨレのおにぎりTシャツに、毛玉のついた短パン姿。


 けれど、そんなことを気にする余裕もないくらい、目の前にいる彼のことを食い入るように見つめてしまう。


 格好いいだとか、綺麗だとか、美しいだとか、彼に一番似合う単語がいつまで経っても見当たらない。



 私よりも、うんと背の高い男の子。


 きれいな艶のある黒髪に、くっきりと線を描いた大きな二重の瞳。


 色素の薄い肌に、程よく色付いた薄いくちびる。


 誰もが羨むであろうすべてを兼ね備えている彼は、少しばかり緊張した様子で、目を泳がせながらそっと口を開いた。



 「りん、だよね?」


 「え!?なんで私の名前を……!?」


 そんな彼に名前を呼ばれて、思わず大きな声で驚いてしまった。


 もしかして、知り合い?


 「(でも私、こんなに格好いい男の子知らない)」



 慌ててこれまでの記憶を辿ってみても、一向に彼のことは思い出せないまま。


 どうすればいいのか分からなくて、「えっと」と言葉を詰まらせたそのとき。



 「──ただいま、りん」


 「へっ!?」



 それは、一瞬のできごとだった。


 目の前にいた彼が、突然ギュッと私を抱きしめる。


 一気に胸の高鳴りが激しくなって、私の心臓は今にも止まりそうなほど暴れはじめた。




 「あ、あの!すみません、どちら様でしょうか!?」


 「もしかして、覚えてない?」


 「すみません!分からないです!」



 途端に近くなった二人の距離に、頭の中はパニック寸前だ。自分でも分かるくらい、急激に熱を帯びて、顔が真っ赤になっている。



 私、"イケメン慣れ"しているはずなのに……!




 昔から、格好いい人をたくさん見てきた。


 なんでも、私の両親は『ゴールドスター』という芸能事務所を経営していて、小さなころからいろんなタイプのモデルさんや役者さん達を近くで見る機会が多くあった。


 そんなちょっぴり特殊な環境下で育ってきた私でも、これほどのイケメンな彼に抱き締められて、冷静でいられるほど慣れてはなかったみたい。




 「りん?」


 慌てふためく私と少しだけ距離をとって、彼は悲しそうな表情を浮かべた。




 「よく思い出して、りん。俺、綾人だよ?神崎綾人」


 「かんざき、あやと……くん?」


 「六歳まで、りんのこの家の向かいに住んでた」


 「えっと」


 「毎日、ずっと一緒に遊んでいたでしょ?」



 彼の名前にどこか聞き覚えはあるものの、ひどく曖昧で思い出すまでには至らない。


 六歳ということは、小学校一年生のときということで。とはいえ、今から八年も前のことだ。



 「(綾人くん、向かいの家、一緒に遊んでた……)」


 綾人くんの言葉をリピートして、なんとか思い出そうと躍起になる。



 「じゃあ、この約束は覚えてない?」


 「約束?」


 少しの間を置いて、綾人くんはゆっくりと、丁寧に、大事そうに言葉を紡いでいく。


 《いつか必ず、りんのことを迎えに行くから!》



 《そのときは、一番にギュッてさせてほしい》



 《それから、もう一度りんのことを好きだって伝えるから》



 《それまで僕のこと、絶対に忘れないでいてね!》






 「綾人、くん」


 ──あぁ、思い出した。

 これが、私の人生ではじめてのターニングポイントとなった日。




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