第2話:キミと会うための条件
綾人くんが、日本に帰ってきた。
「綾人くん、帰国できたんだね!」
彼を家に招いて、オレンジジュースを渡しながら、私は綾人くんとの記憶を一つずつ思いだしていた。
当時、家の向かいに住んでいた綾人くんとは、親同士の仲がいいということもあって、必然的に一緒に過ごす時間が誰よりも多かった。
あのときは私のほうが背も高くて、いつも何かと私にベッタリだった綾人くん。
同い年だったけれど、まるで仲良しな姉弟のような関係だった。
けれど、小学校一年生になって半年が経ったある日。
綾人くんはお父さんのお仕事の関係で、神崎一家はロサンゼルスに行ってしまった。
「あれ?でも綾人ママは、確か日本に帰ってくるのは早くても大人になってからだって言っていたような?」
そうだ。毎日一緒に遊んで、一緒に宿題をして、たまにお泊まり会なんかもして。
誰よりも仲がよかった綾人くんが突然遠くへ行ってしまうことが悲しくて、私は何度も綾人ママにいつ帰ってくるのか尋ねていた。
「(あのとき、大人になるまでもう会えないなんてって大泣きしてしまったんだよね)」
だけど私達は今、十四歳。帰ってくるにはあまりに早すぎるような気がする。
「実はね?あることを条件に、一人で帰国することを許されたんだよ」
「じょ、条件?なにそれ?」
神妙な顔つきでそう言った彼は、私を見ながらそっと口を開いた。
「それは……」
「──たっだいまぁ!りんーっ!家にいる!?」
「あ、お姉ちゃんだ」
綾人くんの言葉を遮って大きな声を出しながら帰ってきたのは、十二歳年上の私のお姉ちゃんだった。
お姉ちゃんは大学を卒業してから、両親の芸能事務所でマネージャーとして働いている。
彼女は昔からなんでも器用に熟す人で、今では統括マネージャーにまで昇格し、日々多忙を極めているらしい。
「あ、りん発見!それと、綾人も!無事に着いたみたいで何より!」
「お久しぶりです、真奈さん」
「やだぁ、真奈さんなんてやめてよ!小さい頃みたいに、真奈オネーチャンって呼んでよ!ね?ね!?」
普段はこんな時間に帰ってくることのないお姉ちゃんが、大きなスーツケースを何個も抱えながらリビングに入ってきた。
そして綾人くんを見ると、特段驚く様子もなく、普通に会話をはじめている。
「お姉ちゃん、綾人くんが日本に帰ってくること知ってたの?」
「え?うん、もちろん。だって綾人はあたし達が……って、まだりんに話してないの?」
「あのね、りん。俺は──……」
不思議そうにそう問いかけたお姉ちゃんの代わりに、綾人くんが声をあげた。
「俺ね、りん。りんのお父さんが経営している事務所、『ゴールドスター』に所属して……アイドルになるよ」
「アイ、ドル?」
綾人くんの口から、とんでもない言葉が出てきた。
「それが一刻も早く日本に帰れる……唯一の条件だったから」
綾人くんの言葉はしっかり頭の中に入ってきているはずなのに、理解が追いつかない。
そうじゃなくても、当時は『格好いい』よりも『かわいい』のほうが断然似合っていた綾人くんが、八年という月日を経て、恐ろしいほどのイケメンになって帰ってきたという事実だけでも驚きなのに。
そのうえ両親が経営する芸能事務所に所属して、まさかアイドルになるなんて。
「(でも、綾人くんレベルの容姿端麗さなら、きっと一般人という枠に収まることはできないんだろうな)」
少しずつ当時のことを思い出して、懐かしんでいたばかりだったのに。
いつだって一緒にいた綾人くんが、遠い人になっちゃうみたいで寂しいと思ったのは、私だけの秘密にしておかなくちゃ。
「……って、ヤバッ!あたしもう次の現場に行かないと!」
「ちょっと、お姉ちゃん!?もう行っちゃうの!?」
「ごめん、りん!詳しいことは綾人から直接聞いて!」
ドタバタと自分の部屋に猛ダッシュしていったお姉ちゃんは、そのまま新しいスーツケースを三個も引っ張り出して、大急ぎで家を出て行ってしまった。
まぁ、こんなことも今にはじまったことではないから、今さら驚きもしないけれど。
「……」
問題なのは、再び綾人くんと二人きりになったこと。
『アイドルになる』と聞いてから、なんだか彼が別人のように思えてしまう。
「俺、今までずっと、一日でも早く日本に帰りたかったんだけどね?でもやっぱり、俺の両親は一人で帰国させることが不安だったみたいで」
「……うん」
「そんなとき、社長……じゃなくて、りんのお父さんがわざわざLAまで来てくれて。日本で俺のことを引き取る代わりに、ゴールドスターに所属してアイドルを目指してみないかって提案してくれてね?」
綾人くんが話してくれる内容は、どれも私が知らないことばかりだった。
彼の過去も、事情も、本音も、すべて私が何一つ知らなかったこと。
「こっちに帰って来られるなら、なんでもよかった」
「どうして綾人くんは、そこまでして日本に帰りたかったの?」
そう聞くと、綾人くんはそっと私の手を握った。
私よりもあたたかい彼の体温が、触れ合った先からジワジワと伝わってくる。
「りんが、ここにいるから」
「私!?」
「今までずっと、りんに会いたい一心だった。キミがいる場所へ戻れるなら、俺は芸能人にだって、アイドルにだってなる」
綾人くんの、私を見つめる視線と声が本気だったから。
冗談や笑って誤魔化すことができなくて。
「私の、ために?」
「もう、絶対にりんのそばから離れない」
まるで何かに祈るように、綾人くんは『離れない』という言葉を強調させた。
「だから、今日から改めてよろしくね、りん?」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
八年ぶりに再会した彼は、びっくりするくらいイケメンになって私の元へ現れた。
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