対峙威嚇するケモノ
ラースンの村唯一の宿へと向かう道すがら。
脇道へと入った先―――葡萄畑に続く坂道の途中に、その入り口はある。
崖に添え付けられるようにして造られた木造小屋にはしっかりとした両開き扉が造られている。
鍵を開けたその向こうには人工的に造られた空洞が広がっており、そこに蒸留酒を作る蒸留所があった。
「フフ、フフフ…良かったわ。こんなこともあろうかと貴方をとっておいといて正解だったわね」
蒸留所の更に奥には蒸留酒が詰められた樽の並ぶ場所。洞窟を利用した貯蔵庫があった。
そしてその一角に、女将の身体を奪った天使人格は居た。
明かりも付けず暗闇の中で笑う彼女の視線の先。そこには一人の人間が鎖に繋がれ倒れていた。
辛うじて息はあるものの、抵抗する気力も女将を睨む生気さえ失っていた。
生きているのが不思議とも思えるような状況の男―――その嘴の付いた顔を持ち上げながら女将は嘲笑う。
「も、もう…らぐに、ざ、ぜで…ぐれ……」
「フフフ…たかだか腕や足を何回か斬られたくらいで……そんな弱音を吐くなんて天使の恥晒しね」
『天使の呪い』という
女将によって拘束されているこの男もまたその一人であり、元々は女将の身体を奪い取る以前にこの人格が共に行動をしていた仲間の一人でもあった。
「この
頭を鷲掴みにされた男は抗うことも出来ず、されるがままに女将と視線を重ね合わせる。
「あ…が…」
眼を合わせていた
その頭を投げ捨てられても、彼は弱い呼吸を繰り返すだけで、二度と反応することはなかった。
「…背に腹は代えられないとはいえ、質が悪すぎて足しにもならないわ…これなら非常時用にとってなんかおかないで、さっさとあの青年から生気を奪っておけば良かったわ。やっぱり活力のある若者の生気が一番糧になるもの―――」
そう言って不敵な笑みを浮かべ続ける女将。
だが、その笑いは突如聞こえてきた声によって止まることとなる。
「―――なるほどな。それでわざわざ部下を生かしといてくれたってわけか。お蔭で世話になったな」
貯蔵庫内に響き渡る声。それを耳にした女将は目を丸くさせた。
「なん、で!? 此処にいると…?」
雷雨に紛れ森の中に潜み山を下りて逃げたのだと、思わせたはずだった。
今頃、近辺の森林や山中を捜索でもしているのだろうと、思っていた。
ならばその隙にと、女将は逃亡を逆手に取り、此処へ逃げ込んだつもりだった。
「なんでも何も。俺ははなっからこの貯蔵庫を怪しんでいたわけなんでな…」
貯蔵庫入口を照らす明かり。
ランタンを手に現れたその声の主―――イグバーンはゆっくりと、じわりと女将へ近付いてくる。
「今回目撃報告があった
仮にその憶測が事実だとすれば、
わざとらしく足音を立てながらイグバーンは話を続ける。
「それとは別で、部下が最後に送ってきた『ラースンの村にて怪しいものを発見』という伝言も気掛かりだったんでな。偵察がてら村を訪ねてみて…と、後は消去法みたいなもんだ」
『村に異変があればネコが反応している』との村人の言葉から、村の中心部に
となれば他に潜伏可能な場所は村の外れにある宿か。あるいはその道中にあった貯蔵庫だとイグバーンは推測していた。
宿の方には既に噂のイケメン―――基、潜入調査をしていた部下がいたため、イグバーンは貯蔵庫に
「予想外だったのは追っていた
そう言うとイグバーンは横倒しに貯蔵されている酒樽に、持っていたナイフを唐突に突き立て始める。
勢いよく乱暴に刃が刺された酒樽からは蒸留酒が零れ、床へと流れ落ちていく。
「フフフ…理屈が解らなくって八つ当たり? これだからお固い発想の猿の子は愚かなのよ。フフ、そうね……さっきは秘密なんて言ったけど、良いわ。特別に教えてあげる」
じわりじわりと相手を追い詰めるように、まるで憤りをぶつけているかのように、酒樽を壊していくイグバーン。
そんな彼に負けじと女将もまた、不敵な笑みを浮かべながら言葉を返す。
そうして彼から付かず離れず距離を取りつつ、彼女はこの場から何とか脱出する算段を考える。
その間にも零れ落ちていく酒は、雨にも負けない水音を立てながら、ゆっくりと床へ床へと広がっていく。
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