村訪れるケモノ

   




 



 山道を歩き続けること3時間近く。

 イグバーンはようやく山間の村ラースンへと到着した。


「結構歩かされたな…」


 イグバーン以外に観光客らしき人はおらず閑散としており、寂れた雰囲気が漂っている。

 かつて茶屋宿として栄えていたとは微塵も思えないほどに静寂した村だった。


「こういうときは先ず酒場と行きたいが―――」


 そうぼやきながら村を散策するイグバーン。

 道すがら、寝そべっている野良ネコを何匹も見かける。

 そこかしこから鳴き声も聞こえてくるほど、村の人口以上にネコがいるように思えた。

 と、村の一角に『酒処』の看板を掲げた店を発見する。

 暮れなずむ空はまだ飲みごろの時刻とは言えないのだが。

 店は『開店中』の札も掛けられていた。

 イグバーンは迷わず、吸い込まれるように店内へと入っていく。





「いらっしゃい…って、珍しいね。旅の人?」


 陽気な雰囲気の女店主は一見さんであるイグバーンを温かく迎え、笑顔を向けた。


「辺境旅行が趣味でね…最近読んだ書に載っていたから是非来てみたいと思って足を運んでみたんだよ」


 イグバーンもまた笑顔で受け答え、カウンター席へと腰を掛ける。

 店内には他に2、3人ほど客がいるが、身なりから見て村の者と思われた。


「ああ、その書物ならあたしも読んだけど『辺境』なんて書かれてて思わず笑っちゃったよ。麓に鉄道が開通するまでは本当に賑わってた場所だったんだからさ」


 それがここ十年であっという間さ。

 そう言って寂しげに笑う女店主。

 日焼けした肌、黒髪に八重歯が特徴的な妙齢の女性。

 瞬時にそう観察しつつ、イグバーンはとりあえず酒と適当な食事を頼んだ。


「それにしてもさ―――旦那、ホントにただの旅人? なんていうか旦那を見てるとさ…直感ていうか、匂うんだよね…」


 名産品という葡萄の蒸留酒を手渡しながら、女店主はふと、そんなことを尋ねてきた。

 女の直感ほど厄介なものはない。とは、彼の格言なのだが。

 怪しまれているイグバーンは早速とっておきのの一つを取り出して見せた。





「あー…匂うってのは、もしかするとこれのことか? 路銀でも稼ごうかと思って捕まえてきたんだが…気分を害しちまったかな」


 そう言いながらイグバーンが布袋から2羽の野鳥を取り出して見せた。

 しっかりと処理が施されているとはいえ、店内には獣と血の混じった臭いが漂い始める。


「ああ、なるほど、そういうことね。ごめんごめん、別に気分を害したわけじゃないのよ」


 匂いの正体を知るや否や女店主は直ぐに両手を振りながら謝罪する。


「村のネコたちがね……随分と旦那を見てたからさ」


 そう言って女店主の視線は窓の向こう―――店の外へと向けられる。

 そこでは寄り添いながらイグバーンを覗くネコたちの姿があった。

 凛として佇むネコ。欠伸をかくネコ。様々なネコの目が、イグバーンに向けられている。


「―――赤猫信仰、だったか。読んだ書にはそんなことも書かれていたな」


 天地を創造した三神の一匹。運を司る気まぐれの赤猫神。

 その差別なく平等に運を揮う赤猫神を崇拝する『赤猫信仰』。

 赤猫の信者は赤猫神だけでなく、全てのネコに対しても神聖な生き物として崇めるという。


「ネコなんて。っていう人もいるけれど、あたしはネコには特別な力があるって信じてるんだ。匂うってのは旦那の獲物の臭いもあるけどさ…ネコたちが忠告しているように見えたってわけよ」


 と、店の奥から野菜の炒め物と鹿肉のシチューが運ばれてくる。

 どうやら料理を作っているのは女店主ではないらしい。


「多分だけど旦那さ……不吉な運を背負ってるんだよ。だから黒いネコばかり寄ってくるんだ」


 そう、真剣に語る女店主。

 だが神がかり的なことは基本信じたくないイグバーンとしては、それよりも食事が重要で。

 彼女の言葉に曖昧な返答をし、早速料理を頬張り始めた。


「…酒も料理も悪くはねえな」




 





  

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