情報集めるケモノ









「ところで…旦那は今日村の宿に泊まるんでしょう?」

「ああ、野宿の準備もあるが宿があるなら泊まるに越したことはないからな」


 出された料理を平らげ、グラスの酒を飲み干し、そう話すイグバーン。

 すると女店主は両手をパンと併せ、笑顔を向けた。


「なら良かったね! 二週間程前に丁度宿が再開したところだから」

「それ以前は閉めていたってことか…?」

「まあね…昔は何軒も宿があったんだけど、今じゃあ一つしかなくなってね。でもその村唯一の宿で三ヶ月ちょっと前に火災があってね……」


 そう話しながら女店主の視線が無意識に窓の向こうへ移る。

 どうやらその方向に宿があるのだろうとイグバーンは推測しながら、質問を続ける。


「火災か…じゃあ亡くなった人も…?」

「宿の料理番をしていた女将さんの旦那さんと飼っていたネコがね。女将さん、どんなときも旦那さんと寄り添い離れないくらい仲睦まじげだったし、ネコも相当大事にしていたからね…本当にショックを受けてたよ」


 女店主は俯き、眉尻を下げそう話す。

 しかし、実のところイグバーンはその情報については既に入手済みであった。

 

(報告書には確か…物置小屋の火災で女将の連れ添いの男が亡くなっていた、と書いてあったな…)


 その資料によると、男はいつもその物置小屋で隠れて煙草と酒を飲んでいたらしく、火災は煙草の不始末によるものだろうと書かれていた。

 かなりの火力だったらしく、周囲の木々にも僅かに飛び火したようだが、幸いにも宿は無傷であったとか。

 だがネコについては、資料に一切書かれてはいなかった。


「だから火災のせいっていうよりかは、そのショックで塞ぎこんでたのが休んでた原因って話でね」

「だが復帰できたってんなら大した玉の女将じゃねえか」

「けどねー、そうじゃないみたいなのよ」


 そう言うと女店主はカウンターに頬杖を突きながら口角を吊り上げる。

 楽し気な笑みというよりは、呆れた笑いのような表情。

 そんな彼女を一瞥し、イグバーンは新たに注がれたグラスの酒を更に飲む。


「一ヶ月前くらいかね? 急に上機嫌な女将さんを見かけるようになってね。新しくネコでも飼い始めたのかと思ったら…噂によると助けたのはネコじゃなくて…怪我した旅人だとか」


 イグバーンは一瞬だけ、僅かに反応する。

 女店主はそれに気付くことなく、話しを続ける。


「どうやら療養のため宿に泊まってるらしくて、女将さんも付きっきりで介抱してあげてるみたいだよ。ついでに言うと中々のイケメンらしいってさ」


 酒を飲みながら女店主の話しに耳を傾けるイグバーン。

 旅人にとっては聴くにつまらない世間話だ。だが、彼にとっては都合の良い情報だった。 


「だから私も一目見たいと思ってんだけど、全然会わせてくれなくってさ。まあ旦那さんが亡くなって直ぐでもあるし、世間体を気にしてんだろうけど…」

「だがその御仁が怪我人だって言うなら医者辺りが見掛けてるんじゃねえのか?」

「それが見せてないらしいんだよ! 大した怪我じゃないからってそのイケメン本人が言ってたらしいけど…目撃した人の話じゃ片手と片足が包帯グルグル巻きで痛々しそうだったとか」

「ほう…」


 そうまでして見せたくないなんて…よっぽどのイケメンなんじゃ。と女店主は思案顔を浮かべながら付け足す。

 酒を飲みきりグラスを空にしたイグバーンはそれをカウンターに置き、もう一つだけ尋ねる。


「…ちなみに、そのイケメン以外でここ最近村を訪ねた旅人ってのはいるのか?」

「え? いないと思うけど…それが何か?」

「いや、な…さっき山を登っている途中でがいてな。そいつも随分な怪我をしてたもんだから…もしかするとこの山にヤバい獣でも潜んでいるんじゃないかと…思ってな」


 イグバーンの言葉を聞くなり、女店主は驚いた顔を見せ「そんなまさか」と即答する。


「この山にそんな物騒な獣なんていないはずさ。仮にいたとしてもこの村にはネコたちがいるからね…人でも獣でも異変があれば直ぐに反応して警戒するはずさ」


 平静を装いながらも、不安がる女店主は奥の調理場にいる夫だろう人物へ「そうだよね」と返答を求めていた。

 そんな彼女の反応を見たイグバーンは、彼女の不安を吹き飛ばすような笑顔を向けて言った。


「あー、なるほど。じゃあもしかするとそいつは突っついちゃならねえ獣でも突っついちまった、ただの素人狩人だったのかもな」


 そう笑い飛ばしイグバーンは席を立つ。

 と、彼はカウンターに料理の代金と、先刻の捕えた野鳥が入った布袋を置いた。


「旦那、その袋…」

「流石に獲物を持ったまま宿に泊まんのはな…楽しく話が出来た礼だと思ってくれ」

「そんな、あたしはただ思うことべらべらと喋ってただけだし」


 そう戸惑いを見せていた女店主であったが、「そいつで夫にうまい飯でも作って貰えよ」とイグバーンに言われ、彼女は顔を紅くしながら礼を言いつつ受け取った。






 礼の言葉を背に、店の外へと出たイグバーン。

 彼は宿があると案内された方へ足を向ける。

 

(思った以上に口の軽い情報源が居たのは幸運だったな…)


 と、思わずイグバーンは口角を吊り上げる。

 彼が歩く道すがらには、何匹ものネコが身を潜ませつつ、鳴き声を上げていた。


「さて…それじゃあ件の宿に行ってみるとするか。でもって、ついでにイケメンて奴の面も拝んでおかねえとな…」


 辺りはいつの間にか日も沈んでおり、鈍色の雲の隙間からは夜空が姿を見せていた。

 そんな中でも彼はいつものように、懐から取り出した煙草に火をつけ、ふかす。

 吐き出された白煙は、夜風に紛れ、自然と消えていく。



 





   

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