嘲笑うケモノ
「天使人格化…何故…女将は、脱走した
思わず青年はそう呟く。
確かに以前、
だがそれは成りすまされた人物が顔に酷い火傷を負った天涯孤独の老人であったから出来たのだと、青年は記憶している。
顔にだけは傷を負っておらず、他の村人とも面識のあった女将に成りすませるとは到底思えない。
「フフフ…回りくどいけど簡単よ。まあ貴方たちに教えてはあげないけど」
イグバーンたちを軍人であると解っていた点からしても、明らかにそれは格上の天使人格と思われた。
突如として
彼女は不敵な笑みを浮かべながら翼となった両腕を羽ばたかせた。
「もっともっと軍人さんたちとお話ししていたかったけど…今は逃げさせて貰うわ。せっかくのこの身体を堪能したいしね」
羽ばたく両腕は激しい風を生み出し、室内にあった椅子やテーブル。ベッドまでもを吹き飛ばす。
「クソッ…!」
舌打ちを洩らしイグバーンは即座に銃を構え、女将へと発砲する。
が、しかし。彼女は素早く銃撃を交わし、外れた銃弾は青年の真横を掠めた。
「あらあら、それじゃあただの仲間討ちになっちゃうわよ。軍人さん」
余裕を見せつける彼女に、イグバーンは顔を顰める。
状況は二対一。此方が有利であるはずなのに、実際はまるで真逆に感じてしまう。
それがイグバーンはたまらなく許せなかった。
「フフフ…ではそろそろさようなら。軍人さんたち…もう二度と会うこともないでしょうけど」
その言葉の直後。翼の羽ばたきはより一層と強くなり、まるで暴風の如くそれは室内を襲った。
立っているのもやっとという状態にイグバーンは何も出来ず。一方で青年は体勢を崩してしまい壁まで吹き飛ばされてしまった。
激しい突風と高らかな笑い声。
それがようやく止むと、そこに女将の姿は既になく。
その捨て台詞通り、何処かへと逃げ出してしまっていたようだった。
「―――立てるか…?」
天使人格化した女将が放った突風により吹き飛ばされた青年。そんな彼へと近寄るイグバーン。
壁に激突した青年は背中を労りながら、ゆっくりと起き上がった。
「問題はありません…」
「まあとにかく。ようやく会えて良かったぜ、イケメンの―――おおっと、今はカイルくんと名乗ってたっけか?」
嫌味たっぷりのイグバーンの言動に、青年はあからさまなしかめっ面を見せる。
「ようやくって…将軍がこの宿へやって来た直後に話していたじゃないですか」
「俺の声に対して顔も見せず上階からノック音で返答してたアレがか? ありゃ会話じゃなく信号ってんだよ」
そう言い返しつつ、イグバーンはおもむろに懐から煙草を取り出す。
彼の動作により一層と顔を顰めている部下を後目に、イグバーンは一服を始める。
「……それにしても、まさかベルフュング将軍がわざわざ赴くとは思いませんでした」
「最悪の事態を想定するならば急を要すると思ってな。まあその点に関しては取り越し苦労だったようだが…」
青年はイグバーンの痛い視線から逃げるように顔を背け、僅かに頭を下げる。
「それは…申し訳ありませんでした。まさか伝書鳩が悉く、全てがネコに襲われて連絡できなくなってしまうとは…」
そう言うと青年はその双眸を部屋の隅―――自身の手で奪ってしまった小さな命を一瞥する。
後悔を表すように眼を細める青年。と、イグバーンはそんな彼の肩を軽く叩いた。
「『
イグバーンもまた、そう言いながらネコの亡骸に視線を移す。
「あれはもうネコじゃねえ。撃ったのは当然の判断でもあり、その方がネコのためにもなるってもんだ」
亡骸の老ネコ。その尾は―――もはやネコたるものではなかった。鳥のような羽の生えた尾に変貌していたのだ。
それだけではない。その指先から剥き出しとなっている鉤爪もまるで猛禽類のそれを思わせるようなものと化してしまっていた。
それは例えるならば『ネコの形をした鳥』のような生き物であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます