♻︎ scene 02

  ◇  ◇  ◇



 ――…もう少し離れて歩けよ。



 プロムナードをぬけてC棟の昇降ステップをあがっていく千歳とナンパ野郎の背中をみながら念じる。思わず追いかけてきてしまった。にぎっている売上が入ったクリアケースがじゃらじゃら音をたてる。ふたりの話し声はよくきこえないけど、連絡先をきかれた千歳がやんわり断っているところだというのはわかる。

 大体の屋台もしめだして、野外ステージや講堂でのイベントもクライマックスといった時間帯だからほかの屋内は人気ひとけがなさそうだ。男の後ろ姿から察せる表情は、いちいちイラつかせてくるけど、俺の頭の一部は冷静で、「そんなに失礼な奴でも危ない奴でもないだろ、あからさまなだけマシだし」と伝えてくる。でも、無害そうな奴ほど危なかったり……。個室に連れこまれたりしたら……。


 棟に先に入った千歳たちが自動ドアのガラスごしに見える。やばい、死角にはいった。足がはやまる。


 さっき止めればよかった。なんか、彼氏面みたいなのがイヤで、意地張って行かせてしまった。だって、当然断ると思ったから。



浅黄くんこのひとが好きだからごめんなさい♡」



とか言いそうなのに。いつもみたいに無理やり俺の腕をひっぱって。


 ウィン、とドアの音を通りこして左に曲がる。

 黒いピクトグラムの下の扉が全開になって廊下をふさいでいるのがみえた。


 ひゅんと息が詰まる。


 ダッと踏みこんで無我夢中で閉まっていく扉に手をのばす。



「おい!」



 自分じゃないみたいな声が喉から出て、扉をひっつかむ。ドッドッ、と心臓がうるさい。



「浅黄くん?」



ひょこっとトイレの中から千歳が出てくる。すっとんきょうな顔。



「なに? 女子トイレだよ」



 え、と慌ててつかんでいた扉を見やる。赤い印。さらに上を見あげると、赤い印。見間違えた。男子トイレ、手前のほうだった……!


 バタン!


 勢いよく扉を閉めた。



「すみませんでした!!!!」



 べつの意味で心臓がバクバクしている。扉の向こうで千歳は黙っている。



「別にっ! 覗きにきたわけじゃなくてっ! フツーに間違えただけ! ほんとに!」


「……」


「ちがうから!」


「……ついてきたの?」


「つけてたわけじゃない!」


「心配で、ついてきたの?」



 ……。



「……心配……するだろ」



 きい、とゆっくり目の前の扉が開いた。


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あしらってるつもりの浅黄くん 岡村なぎぼ @nagibochang

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