+ 仕返しと浅黄くん +

♻︎ scene 01

  ◇  ◇  ◇



「トイレってどこっすか?」



 騒がしい人混みのなか、イヤにはっきり聞こえた。

 みれば、少し離れたところで作業している千歳が、俺たちより若干年上くらいの男に話しかけられている。


 学祭2日目。サークルや部活単位で出し物や屋台が繰り広げられる中、ウチの大学では1年生は“有志”とは名ばかりのほぼ強制で、クラス単位でなんらかの参加をしないといけないらしい。“クラス”って入学式以来聞き覚えないんだけど。

 腐れ縁極まれり、といった感じでクラスとやらまで一緒の千歳と、今はプロムナードで開いた屋台の片付けをしているところだった。ちなみに屋台は地方勢の奴の発案で、きりたんぽドッグをやることになってけっこう繁盛した。


 意識は見知らぬ男の発言にもどり、なんとも言えないムカつきがふつふつと浮かぶ。


 女にトイレの場所聞かねーだろ! 隣に男いんだし!


 明らかなるナンパ。しかもヘタくそ。こっちまでかゆくなりそうな手口に思わず千歳ごと男をガン見してしまった。

 しかも、当の千歳はのほほんと応じていて、さらにもやもやが広がる。



「後ろの建物にありますよ」


「あー、入口わかんないから案内してもらってもいいですか? 混んでるし」



 どこでもいーから、屋根のあるとこ行きゃトイレくらいあるだろボケ!! なきゃその辺でしとけ!!



「いいですよ」



 え。


 あっさりと了承して、ブースを出ていこうとする千歳。


 は?


 お前、ばかみたいなとこはあるけど、鈍くはないだろ。どっちかっていうと他の男には冷たいほうじゃ――…


 ぐるぐる考えている間に、千歳は男と一緒にプロムナードを歩きだした。C棟の出入口のほうに向かうポニーテールの頭が人混みのすき間からちらちら見える。学祭用に結んできたらしく、昨日の朝から「ポニテひさしぶり。どう? かわいい?」とかなんとか絡んできてうるさかった。テキトーに相手しといたけど。


 どうでもいいフラッシュバックを押しのけて、今さっき男としゃべっていた千歳の姿が妙にくっきりとリピートされる。


 ――…あいつ、こっち一度もみなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る