⚘ scene 02

  ◇  ◇  ◇



 しゃー、と坂をくだると園舎がみえてくる。ここまでくると並木が陰になって暑さがマシになるから気が緩む。


 道なりに入った駐輪場はタイルがぼこぼこしていて自転車が跳ねる。去年、タイルにつまづいたあっちゃんが転んだこともあって、ちゃんと舗装してよ、と思わなくもないけどたぶん永遠にされないから諦めてる。あっちゃんは事件現場を通るたび「これオレの血」とか言って、黒い染みが付いているタイルをお気に入りにしてるけど、たぶんそれ、違うよ。元々あった染みだと思う。

 自転車からあっちゃんを降ろして昇降口へ向かう。子どもとバイバイして帰っていく親とすれ違う。


 だんだん聞こえてくる「ヤダぁああぁあ!!」みたいな泣き声に、おぅ…と思う。


 お出迎えしてくれる先生たちの前でお母さんの脚にしがみついて座り込む女の子。



 ちーちゃん、今日は来てるんだ。



 うちの隣に住んでいるあっちゃんと同い年の女の子。本人たちが覚えているかは知らないけど、公園デビューからいっしょだ。

 体がよわいみたいで幼稚園は休みがちだし、人見知りでおとなしい感じの子で、ママが間に入ってようやく私とお話ししてくれるレベルの恥ずかしがり屋さん。あっちゃんと遊んでるのを眺めていると、ふたりは意思疎通できてるみたいだけど、ちーちゃんの声はこういうときの「おかあさぁぁああん!!」とか、なんか言葉にならない叫びとかの方が印象に残っている。



「ちゃんと迎えに来るから! 先生と遊んできな! はい、もう離すよ!」


「かえるぅ」



 私たちの登場に気が付いたちーちゃんママが、こちらをちらりと見て苦笑いする。「おはようございます」と会釈しつつ寄っていくと、あっちゃんがパッと私の手を離した。てててーと駆けていった先で、



「はいろ」


「……」


「かえるの? くるの、まってたのに」


「……」


「はいろ」



むんず、とちーちゃんの腕をひっぱるあっちゃん。ちーちゃんは、ずびっと鼻をすすったまま特に抵抗せず引きずられていく。

 ひとこと言ったほうがいいのかヒヤヒヤしながら見守る私の前で、あっちゃんは自分の靴とちーちゃんの靴を棚にしまう。母親の顔もろくに見ずにしれっと「じゃあね」と言い残すと、ちーちゃんの手を引いて手洗い場のほうに消えた。

 先生たちの間に、恋バナするとき特有のどよめきがほんのりと広まったのを感じて顔が熱くなる。


 もぉ~~~! ませガキ!


 「すみません」「いえいえこちらこそ」などと、ちーちゃんママとやり取りしつつ頭の片隅で息子のイケメンムーブ()を反芻する。どこであんなの覚えてくるの……。


 ハタ、と思い当たる。


 あっちゃん、ウチでは下の子扱いだから、ちーちゃんにはここぞとばかりに兄貴風を吹かせているだけでは!? きーくんのムーブにそっくりだもん、靴のくだりとか。

 絶対そうだ、と納得してちーちゃんへの申し訳なさがふくらむ。それか、いっしょに観たドラマとかの影響!? どうしよう、園で思わせぶりなナンパ野郎になってたら……。そういうの、そろそろ教えないといけないのかなぁ……。

 駐輪場に戻る道を歩きながら、あっちゃんを茶化して傷つけないように、かつ、うまいこと矯正するプランを考える。


 もしも、ちーちゃんだけに特別だったら?


 4歳かそこらの子どもが好きな子狙い撃ちで、そこそこ有効そうなアプローチをしてる……なんて、将来有望すぎるのは親の妄想だと自分に言い聞かせる。あっちゃんがいくらませてても。



 ――…我が子がそういう奴・・・・・だと気付くのは少し先の話。



+ the End? +


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