第21話 マッドサイエンティスト
退魔の封札による電撃ダメージでイクシリアが
魔力切れでへばっているのはアユムだけではない。レムレスは契約者である人間と魔力を通じて半共生の関係にあるため、イトミクもカーぼうも、ぐてぇ~っとスライムみたいになっていた。特に、カーぼうは自身のへばり具合をよそに、すっかり調子に乗っていた。
「にししし! 鬼軍曹イクシリアさんでも、さすがにあの電撃は
カーぼうも以前、退魔の封殺による電撃をくらっていたため、その威力については身をもって体感済みというわけだ。今が好機とばかりに、すっかりイクシリアをこき下ろすつもりらしい。さすがというか……小悪党っぷり丸出しのルビー:カーバンクルであった。
そんな中、膝をついていたイクシリアがすっと立ち上がり、黒い太刀を握りしめる。
鋭い
驚いたのはアユムも同じだ。退魔の封札による電撃ダメージを受けておいて、こんなにあっさり立ち上がるなどとは思わなかったのだ。イクシリアの眼は未だ戦意を失っていない、いや……逆に燃え上がっているようである。今にも黒太刀で斬りかからんとする勢いだ。
「やめなさい、イクシリア!」
マリーのその一言で、イクシリアは黒太刀を消し、彼女の後ろに瞬間移動した。
「悔しい気持ちはわかるし、そこの駄犬がムカつくのも完全に同意。だけど、勝負は勝負。非常にインチキくさいやり方とはいえ、キミたちはイクシリアに一撃を与えた。だからこの勝負一回に限っては……私たちの負けよ」
マリーはやれやれと肩をすくめると、ニッと白い歯を見せて笑った。
「課題は合格よ。君の旅立ちを認めるわ。……よく、頑張ったわね」
マリーがそうつぶやいた途端、アユムは体中に活力がみなぎるのを感じた。
自分でも意外なほどに、マリーに認められたことが嬉しかったのだ。これまでの努力は無駄じゃなかったと思えて、溜まっていた感情があふれ出す。イトミクも主の感情に同調して、頭の角を幸せの黄色に発光させていた。カーぼうも照れ隠しのようにそっぽを向いているが、犬さながらに尻尾をふりふりしていることからして、やっぱり嬉しいらしい。
年相応に素直に嬉しさをこぼすアユムを見ていると、なんだかマリーも嬉しくなってくる。かなり無茶な内容だったし、正直アユムが最後までついてこれるとは思っていなかった。一年、時間をかけてみっちり鍛えてやろうと思っていたのに、あっさり予想の上を行ってしまった。期待以上に成長した弟子が課題を乗り越えた姿を見て、師匠の自分まで晴れやかな気分だった。
アユムの成長に驚かされたマリーだったが、とりわけ驚いたのは彼が発動した黒の呪文札である。呪文札にあんな使い方があるなんて、マリーは知らなかった。相手の呪文札を破壊するなんて、そんな非常識極まりない使い方、思いつく方がどうかしている。
「君の呪文札【ハンド・デストラクション】、だったかしら。あれには一杯食わされたわ。まさか呪文札で、私の呪文札を破壊するなんて……君はどういう理屈であの呪文札を設定したの?」
「考え方はシンプルさ。マリーの呪文札への対抗策が思い浮かばなかったから、そもそも呪文札を使えなくするしかないなって」
これまでのマリーの経験上、対戦相手の呪文札を破壊するなんて現象は聞いたことがない。呪文札が破壊できるなんて普通思いつかないし、そんなことに魔力を割くなら、緑系統の効果で身体強化したり、赤系統の直接攻撃術技の威力を上げた方が有用に思うのが普通だ。
アユムの考えは確かにシンプルだが、それはシンプルに常識を外れているということである。
だが、結果として【ハンド・デストラクション】によって、イクシリアの攻撃の後隙をカバーすることができなかった。こと、対人戦に限って言えば、マリーの経験上、絶大な効果を発揮するに違いない。自分の呪文札が突如破壊されるなんて、誰も予想しないし、呪文札の破壊は、相手が構築した戦術自体の破壊にもつながる。
こうして考えてみると、なかなか凶悪な効果である。
黒の呪文札の使い手はいないわけではない。レムリアル・ヒストリアレベルの競技シーンにおいても、黒の呪文札の使い手はいるし、いずれも強力な実力者である。
アユムが思いついた【ハンド・デストラクション】は使いようによっては、彼らトップクラス操獣士の呪文札と同じ……ひょっとするとそれ以上の強さを発揮するかもしれない。
しかし、彼女にとってもっとも常識外れだったのは呪文札ではなかった。
「極め付きは最後のアレ……よく思いついたわね。白の本を攻撃に利用するなんて」
彼女をして、最もインチキだと思えたのが、アユムが投げた白の本による電撃。触れると電撃が襲ってくるよう退魔の封札を貼ってカスタマイズをしたのもマリーだったが、こんな無茶な使い方をする想定はしていない。
アユム自身、無茶をした自覚は十二分にある。思いつきはしたものの、実行したくはなかった作戦だった。イクシリアが予想以上に強すぎたから、勝つためにアユムとしては最後の切り札に頼るほかなかった。邪道な攻撃だったのは百も承知だ。勝つためにはああするしかなかったのだ。
「あんたを出し抜くにはどうすればいいか俺なりに考えた結果さ。イトミクやカーぼうの新技もまるで通用しなかったし、呪文札も効果を予測されて、すぐに対処されちまう。けど……
「それはそうよ。はっきりいって、反則よ? 公式試合なら間違いなく、出場停止処分。今回は訓練だから良かったものの……」
「わかってるって。俺だって、傷害事件で逮捕されるのはごめんだ」
「ならばよし。じゃあ、これに
「うん、わかった。……って、え、今なんかおかしいこと言わなかった!?」
「疲れてるのね。何もおかしいことは言っていないわ」
アユムは疲れているゆえの聞き間違いかと思った。マリーが封札にこめられた電撃の威力を上げる旨の発言をしたように思ったけど……うん、きっと気のせいだろう。
「なにボさっとしてるの。キミも早く手伝いなさい。この札を握って、魔力を流し込んで」
「聞き間違いじゃなかった!?」
「この本があんな強力な攻撃手段になるなんて……あくまで防衛策としてしか考えてなかったけど、攻撃手段として確かに有用だわ」
「いや、でも……これって本来反則なんじゃ……」
「ええ。あくまでこの本を奪いに来る不埒な強盗対策よ。ま、弟子の旅立ちに向けた師匠からのプレゼントだと思ってなさい」
「そんなプレゼント、怖すぎるよ。…………もう、聞いちゃいねえし」
「ふふふふ……。これをこうすれば……放出される電撃の出力は二倍……いや、もっとよ。ここと、ここを魔力で繋げ合わせて……そうか、この場所でいったんつなぎ合わせて……」
マリーが退魔の封札を、本に挟む栞の形に折り込みながら、そのマッドサイエンティストぶりを存分に発揮している。いや、発揮しすぎている。マリーの悪ふざけ、もとい綿密な魔力調整術によって、退魔の封殺から迸る電撃の威力は当初の五倍にまで膨れ上がった。
最大威力の電撃の出力はおよそ10万ボルトに匹敵する。イクシリアでさえ、まともに攻撃をくらったら、ものの一撃で光の粒となってしまうレベルの威力である。最大出力が上がったのに加えて、マリーの魔改造によって、電撃の威力調整まで可能になった。威力を調整すれば、最大七回まで電撃を放出できる。威力の調節はアユムの魔力を介して行うため、それほど難しくはない。白の本はいつしか、近年稀に見る凶悪な武器へと変貌を遂げていた。
そして、恐ろしいのはここからだった。
「ふぅー……こんなとこかしら。ちょっと実験してみたいわね」などと言い出した。
そのまま視線はゆっくりと、カーぼうの方へ向いていく。
「ねぇカーバンクルくん。私の実験に付きあってみない? 今なら美味しいごはんつけとくわよ」
「ふざっけんな! 死ぬ! マジで死ぬるっ!」
全力の拒否である。カーぼうにとっては誇張でもなんでもなく、死が近づいてくるのを肌で感じ取っていた。
「冗談よ。私もまだ君を殺したくない」
「まだ、ってなんだ! お前! 冗談で言っていいことと悪いことがあるんだぞ!」
「でも、やっぱ試してみよっかなぁ……。いざって時、発動しないんじゃ無駄になっちゃうもん」
「ちょっと可愛い言い方してもダメ! 大体なんでオレなんだよ! そんなに試したきゃ、自分で試せばいいだろ?」
「え、だって痛そうじゃない。イヤよ、私」
「お前……自分で自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「さ、四の五の言ってないでレッツ、10万ボルト!」
「いやあああっ! アユム、助けて! こいつ、なんとかして!」
マッドサイエンティストと化したマリーを止めるなんて、アユムには不可能である。
全てを悟った彼は、カーぼうを見つめ、慈愛に満ちた眼差しでニコっと笑った。
――断末魔が響いたのはそれからすぐのことである。
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