第26話 クエスト
ニバタウンのレムリアル・ユニオンは駅からほど近い場所にあったので、霧が濃い中でもそれほど迷わずに辿り着いた。ドーム型の施設の中には、列車が運休になっている影響かたくさんの人がいた。地元民っぽい人よりは、結晶石を吊り下げた操獣士らしい人がほとんどである。
アユムは早速、正面入り口の受付へ向かった。
「あの……すいません。ユニオンで霧の調査をしてるって聞いてきたんですけど」
「ああ、えっとキミ、操獣士ね。施設内ではレムレスの召喚は禁止になっているから、結晶石に戻してもらっていいかしら? あと一応、操獣士ライセンスも見せてもらえますか?」
そう言われてアユムは、肩に乗っていたカーぼうとイトミクを慌てて結晶石に戻した。
施設内での余計な諍いを避けるため、各地のレムレス協会ことレムリアル・ユニオンでは共通のルールになっているらしい。……マリーはそんなこと教えてくれなかったが。
「ノービス……ついこの間取得したばかりじゃ、しょうがないわね。ここ以外でもユニオンの中ではレムレスは結晶石に封印しておくことになっているから、覚えておいて。霧についてなんだけど……ごめんなさい、私たちにもわかっていないってのが正直なところなの」
今日だけで、もう何十回も同じ質問をされたのだろう……受付のお姉さんがすっかり疲れ切った声で、現在の町の状況について説明してくれた。
内容については駅員に聞いたのとほとんど同じである。ユニオンに来れば何か新しい情報が得られると思っていたアユムだったが、彼女の説明によれば、ユニオンでもはっきりした霧の発生原因は未だ掴めていないそうだ。霧の成分をユニオンの分析チームが解析したところ、微量ではあるが魔力の残滓が確認されたらしい。そこからユニオンでは何らかの形でレムレスが関与している可能性が高いとして調査をしているようだが、あまり進んでいないみたいである。
「……というわけで、今ここは行き場を失った操獣士で溢れてるってわけ。はぁ……早く解決してほしいものね。こう霧が続くと参っちゃうもの」
「ちなみに……霧を人為的に発生させるなんて、そんなこと可能なんですか?」
「んー……私からはなんとも。手段まではまだわかっていないし。現在、緊急クエストとして掲示板に張り出してるわ」
「クエスト?」
「……キミ、ホントに操獣士なのよね? クエスト、受けたことないの?」
「ないです」
「ホントに!? ……なんか、心配になってきちゃうわねキミ」
「いやぁ、それほどでもないですけど」
「褒めてないから!」
親切な受付のお姉さんは掲示板の方を示しながら、クエストについて教えてくれた。
クエストとは! 簡単に言うと、ユニオンから操獣士へ向けた依頼である。
街の人々や、様々な企業、行政機関などからレムレスに関するあらゆる相談が日夜ユニオンに届いている。依頼内容をユニオン内部で精査し、その難易度を鑑みて操獣士ランクごとに振ったものがクエストと呼ばれ、ユニオンに設置されている電光掲示板に張り出されているのである。
操獣士たちは掲示板に張り出されたクエストの中から、自分で解決できそうなものを選択し、受付で受注するというのがお決まりの流れらしい。依頼内容はペットの猫探しから、暴走するレムレスの鎮圧まで非常に多岐にわたる。クエストには当然、報酬もあり、ランクが上がればそれだけいい報酬になるというわけだ。
そして、アユムが初めに渡された操獣士ライセンスだが、実はディスプレイ型の端末にもなっており、クエストの受注から、達成報告までこのライセンスカードで行えるようになっている。
クエストは収入源となるだけでなく、操獣士ランクアップのためにも重要である。クエスト達成時、その出来高に応じてユニオンからの評価点がポイントしてライセンスカードに蓄積される。通称UP(ユニオンポイントの略)と呼ばれるこのポイントはユニオンに対する貢献度を示す指標にもなっているため、ランクアップの判断材料にもなる重要な要素なのだ。
……そんなこと、マリーは教えてくれなかったが。
「……なるほど。つまりクエストを受けて旅のお金を稼ぎつつ、ポイントをためていくのが、操獣士ランクを上げるためには大事、と」
「まぁそういうこと。いくらノービスランクでも常識だと思うのだけど……、失礼だけどあなたのライセンス、もう一度見せてもらえるかしら? えーっと推薦人は……マリファ・ヴィオラート――って、え? 見間違いじゃ、ないわね……キミ、これホント?」
「ええ。俺の推薦人で間違いないですたまにサイコな実験したがるけど、基本良い人ですよ。マリーがどうかしたんですか?」
きょとんとした顔で返答するアユム。彼の顔を見て、お姉さんはますますわからなくなってきた。
そうだ。そうに決まってる。
――レムリアル・ヒストリアにおける六度の防衛戦を一匹のレムレスを倒されることなく完全勝利してみせた稀代の天才――天眼の戦乙女、と称される彼女が、こんなしょうもない青年を推薦するだろうか?
まぁ、よくわからないがこの件についてはあまり深く立ち入らない方がよさそうだ……生来の直感でそう判断した彼女は苦笑いでライセンスをアユムに返した。
「ノービスランクでも受けられる依頼は……あんましないわね。見ての通り、霧の影響による列車の運休で、操獣士たちがここに集まってるでしょ? クエストも彼らがほとんど受注しちゃってるから、今、キミに紹介できそうなものはないわね」
「さっき言ってた、緊急クエストっていうのは?」
「この町に発生している濃霧の原因究明よ。ただ……見てもらえればわかるでしょうけど、推奨ランクはシルバーランク以上よ。ノービスでも受注自体は可能だけど……」
見せてもらったデータには、推奨ランク、シルバーランクと記載されている。まだノービスランクのアユムも受注はできるが、おすすめはしませんよ、ということだ。
だが、緊急クエストの他にはアユムが受けられそうなクエストは開示されていない。
「本気? キミ、クエスト他に受けたこともないんでしょ?」
「ええ。でも他にできることもないし、解決しないまでも手掛かりの一つでも見つけられれば、少しは役に立つかなと思って」
「殊勝な考えね……わかったわ。緊急クエストの受注を受け付けます。契約金は200ルッツよ」
ユニオンでクエストを受ける時には契約金として、いくらかのお金を払うことになっている。操獣士たちが支払う契約金は彼らの保険金としての側面だけでなく、ユニオンの運営資金にもなっているのだ。クエスト受注時の手数料みたいなもんである。
大抵はそんなに高額な金額でもないのだが……この時にしてアユムは自分がとんでもない窮地に立たされていることにようやく気がついた。
――財布がないのだ。
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