第35話 戦闘! vsネジロイド!
アユムと対峙している駅員は、駅であった時とはまるで別人のようだった。
口調も刺々しく、鋭く睨み付ける視線はこの状況にあっても圧倒的な自信があることを思わせる。
「クフフフフフ……。おかしいですねェ……あなたは先ほど確かに始末したはずなのに」
そう言いながら駅員は、何か確信めいた瞳でイトミクを
先刻――隠し階段の先にいたアユムを背後から急襲して
大方予想はつくが……あの初心者操獣士のレムレスは二体。念属性のイトミクと、もう一体は見慣れない姿だが、操獣士ランクからして大したレムレスでもないだろう。見かけからの属性はおそらく無属性といったところだろうか。
イトミク種は基本的に戦闘力に乏しいが、気配を察知する感知能力に優れているとされている。恐らくあのクソガキは召喚していたイトミクの能力で事前にこちらの動きを察知したのだろう。だが……あの時の一撃には確かな手ごたえがあった。平静を保っているようだが、その実、レムレスの体力も消耗しているはずだ。空元気でふるまっている子供一人くらい、俺の敵ではない……駅員はそんな考えを巡らしつつ、取り出した結晶石からレムレスを召喚させた。
乱戦の形で始まった戦闘だったが、アユムは冷静さを保っていた。
マリーとの特訓でさんざん言われたことを思い出す。未知の相手と戦闘する時、大事なのは冷静でいること。感情的にならず、相手の戦力を分析することで好機を見出す。
駅員が召喚したのは小型の恐竜のような姿をしたレムレス。その体は歯車で構成されていて、ギュイイイインという駆動音が広間の壁に反響していた。
薄暗さのせいでぼんやりとしか見えないが、呪文札は2枚。どちらも青のカードだ。
分析をしつつ、駅員がレムレスを召喚したのに合わせて、アユムもイトミクを前へ出す。
敵がどういう戦法で攻めてくるかわからないため、イトミクに《リフレクション》で防塵の構えを取るように指示する。その傍ら、アユムは気取られないように、懐に忍ばせていた白の本に手を伸ばす。
本の中の光っているページを開くと、そのレムレスについての記述が追記されている。
『名称:ネジロイド。分類:機獣種。属性:鋼。大きさ:1,3m。重さ:100kg。解説:ネジロンが深化した姿。歯車で出来た体は並の攻撃を跳ね返してしまうほど固い』
やはり、ざっくりした解説文だが、これだけでもある程度のことはわかる。今のアユムにもわからない部分もあるが、駅員が召喚したネジロイドというレムレスは金属製の固い体を持っているらしい。属性も鋼属性ということもあって、物理的な攻撃にはかなり耐久力がありそうだ。加えてあの小柄な見た目に反して、かなりの体重を持っている。それだけパワーもあるだろうし、見かけで判断しない方がよさそうだ。
ネジロイドは随分興奮しているようで、二つの目が好戦的に赤く光っていた。
なんだか妙に既視感があるな、と思った次の瞬間である。
「ネジロイド、《テクノバースト》!」
駅員の指示に合わせて、ネジロイドの口から赤い熱線が射出される!
熱線はあらかじめ張っていたイトミクの《リフレクション》による反射防壁を貫通し、アユムの背後の壁をジュゥゥゥゥッと焼き焦がした。
ネジロイドの術技の威力を見せつけたところで、駅員はふてぶてしくニィッと口角を上げる。それは勝利を確信している笑みであった。
「弱っちいですねぇ。所詮ノービスランク、この程度か。次は外さない……お前はもう終わりだよ。ケハハハハッ!」
イトミクは《リフレクション》の発動にかなりの魔力を使ったため、正直、威力を押さえた術技を発動するのがやっとのところだった。
一方、イトミクが張った反射防壁の中にいたカーぼうは、飛来した熱線を目にして体がゾクリと震えた。忘れもしない。強烈すぎる既視感だった。
カーぼうの反応を見て、アユムの中で推測が確信に変わった。
ネジロイドが放った熱線は、黒の樹海でアユムたちが遭遇した機獣型レムレス、ギアノロイドの挙動と瓜二つだったのである。白の本の解説文にも同じ分類でグループ分けされていたし、二体のレムレスはかなり似通った特徴を持っていると思われる。
駅員が操るネジロイドがギアノロイドと同じような挙動・戦法を取ってくるのであれば対処のしようはある。マリーの助けがあったとはいえ、アユムはイトミクとルビー:カーバンクルのコンビネーションで、一時、ギアノロイドをほぼ戦闘不能といえる状態にまで追い込んだのだ。その時の経験で、カーぼうはギアノロイドにトラウマめいた苦手意識を持っているようだが、これは彼にとっても悪しきトラウマを払拭するチャンスだ。
アユムは呼吸を整え、相手の動きを観察する。相手の戦術はおおよそ割れた。現時点で未知数なのは相手の呪文札だが…………。
「カーぼう、やれるか?」
するとカーぼうが肩に飛び乗って、周りに聞こえないくらいの小声でつぶやいた。
「ほざけ。嫌といっても、行かせるつもりだろうに」
「……わかってるだろうが、あの熱線の威力は伊達じゃない。タイミングを間違えるな」
「鬼軍曹の特訓よりマシだ」
カーぼうはアユムの肩から飛び降りると、ネジロイドに向けてガウガウと吠えたてた。彼なりの挑発のつもりらしい。
「はん。次はその犬っコロが相手ですか? つくづく弱そうなレムレスばかりですね」
「勝負はまだついてない。カーぼう、ネジロイドに《
苦し紛れな表情のアユムの発言に
「こいつの術技はタメが必要なのが難点ですが、見たとこお前らの攻撃程度じゃ、ネジロイドにはダメージになっていない」
ネジロイドはカーぼうの決死の攻撃をくらっても、まるで怯むことなく、熱線による一撃のためのエネルギー
「だいたい、お前のその呪文札! ハハッ。黒のカードが一枚だけなんて、初心者操獣士丸出しだなぁ!」
アユムは悔し気に歯噛みする。万事休す……そういう表情を見せると、駅員の嗜虐心はさらに増長し、口調もどんどん粗暴になっていく。
「言い返すこともできないようだなァ! ハハハハッ! 知らないようだから教えてやるよ。黒の呪文札は初心者操獣士の証! 半人前の証って呼ばれてるんだよ!」
駅員は興奮のあまり気がついていない。自分がアユムの作戦の歯車にされていることに。
「……このまま一撃で葬ってもつまらないな。最後に俺が呪文札の使い方ってやつを教えてやる!
彼は持っていた呪文札に魔力を送り、効果を発動させる。【スロウバインド】の呪文札を発動させ、相手のレムレスの動きを鈍化させ、ネジロイドの術技を確実に命中させる。回避不能・防御不能のまさしく必殺の一撃だった。
――数秒前までの彼の頭の中では。
アユムはずっとこの瞬間を待っていた。相手が自信満々に呪文札を使うこの瞬間を。
「
アユムの手にした呪文札が煌めいた瞬間、駅員が掲げていた呪文札が霧散した。文字通り、霧のように消えてなくなってしまったのだ。呪文札に込められていた効果も、アユムの【ハンドデストラクション】によって、発動前に呪文札ごと破壊されてしまった。
「な、なな……バカな!? 俺の呪文札が破壊された!?」
駅員は予期せぬ状況に焦りを募らせる。その間にもネジロイドはすでに指示されていた《テクノバースト》の射出体制に入っている。
アユムはカーぼうに指示をとばす。呪文札による妨害を封じてしまえば、恐れるものは何もない。
「カーぼう、イトミク! 仕掛け時だ!」
アユムの指示と同時に二体のレムレスは行動を開始していた。
ネジロイドが口から熱線を出す寸前にイトミクが《テレポート》を発動させ、カーぼうは共に上空へ飛び上がる。カーぼうは上空から重力に乗せて
口を開こうにも、イトミクがダメ押しの《サイコキネシス》でネジロイドの口を念動力で封じている。行き場のなくなったエネルギーは内部で暴走を始め、歯車が異常な駆動音で高速回転を開始し、暴走したエネルギーがやがて爆発を引き起こす。
《テクノバースト》の桁違いのエネルギーによって自爆したネジロイドは、目をチカチカと明滅させていたが、やがて魔力が切れて結晶石に戻ってしまった。
「なんだよ……なんなんだよ、お前の呪文札!? 呪文札を消す、呪文札なんて、そんなの聞いたことねぇぞ!? 黒の呪文札のくせにッ!」
「どんなに強力な呪文札も、手札にあるうちに破壊してしまえば何も怖くないんだよ」
「俺たちの攻撃にビビったりしてるのも、俺を油断させる作戦だったってわけか……。クソが! 完全にしてやられちまったってわけか。あの最後の自爆暴走も狙ってたのか?」
「まあな。俺たちはギアノロイドとの戦闘経験もある。お前が契約してるネジロイドとよく似たレムレスだ。今回はその時の経験も勝利のカギになった」
「ギアノロイド……だと!? バカな。そこの小人と犬っころなんかに倒せるはずは……」
「別にあんたに信じてもらわなくてもいいさ」
駅員は完全に己の敗北を悟り、茫然自失してしまった。その様子を見て、アユムはイトミクを結晶石に戻す。見たところ、駅員が持っている結晶石は一つだけだったし、どこかに隠し持っていたとしても、本人にもはや戦う気は残っていないようだ。それに小技とはいえ、術技を連発したせいで、イトミクも魔力がぎりぎりの状態だったのだ。結晶石に封印されている状態なら、少しずつではあるが魔力も回復する。カーぼうは……まだ元気そうだからいいや。
アユムが駅員との決着をつけた頃には、他の戦線でも決着がついたようだった。
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