第34話 窮地

 何かが炸裂した衝撃で、広間には砂塵が舞っていた。砂煙のようになった砂塵のせいで、セピリアもギルバートも一瞬、視界を奪われる。時間にして5秒にも満たないが、広間に舞う砂塵が落ち着いて視界が開けてきたとき、セピリアとギルバートの背には鋭い突起物の先端が押し当てられていた。


 ――下手な動きをしてみろ。いつでも殺せる準備はできているからな。


 強襲してきた謎の人物からの威圧ともとれる無言のメッセージに、セピリアもギルバートも否応なく緊張が高まって体が強張ってしまう。

この姿勢では結晶石を手に取ってレムレスを召喚することもできない。

ギルバートのコガラスは召喚されたままだが、妙な動きを気取られたらおしまいなのは変わらずだ。背後を取られている現状、襲ってきた相手の顔も見えないし、人数も不明。

 極めて不利な状況、窮地といって差し支えないだろう。

 アユムの姿が見えないが、先にやられてしまったのかもしれない。いくら彼が初心者操獣士とはいえ、セピリアにもギルバートにも察知させずに、ごく短時間で戦闘不能にさせるなんて……相手はかなりの実力者と考えた方がいいだろう。


「探す手間が省けたわ。あなた……いいえ、あなた達がアシュロンさんに指示を出していた人たちね」


 会話から情報を引き出そうと試みたセピリアだったが、彼女の思惑通りにはいかない。


「……無駄話をするつもりはない。お前たちはこの場で始末させてもらう。もう一人のやつはすでに始末した。後はお前ら二人だけだ」


「始末……ね。彼は今どこに?」


「その辺に転がっている。今は気絶しているな。無駄話はその程度で十分か?」


 背中に押し当てられている突起物の感覚が少し強くなる。

 ギルバートに余計な口を挟まないよう、目線で合図する。彼もセピリアの意をくみ取ってくれたのか、気づかれない程度に小さく首肯した。


「私たちを招き入れたのはあなたの作戦だったということね」


「……ご明察の通りだ。始めはこの男を始末するつもりだったが、後からのこのこ入ってきたやつらがいたからな。計画を変更させてもらったというわけだ」


「あなた達、随分余裕みたいだけど、私たちに続いて仲間も合流する手筈になっている。そうなればあなたは袋のネズミよ」


「残念ながら、そうはならない。唯一の出入口は封鎖しているし、こんな辺鄙へんぴな場所に都合よく助けはこないぞ。ちょろちょろ嗅ぎまわっていたお前ら二人さえ始末すれば、私の完全犯罪は成立するからな」


 セピリアはこの緊迫化した状況下においても周囲の状況から冷静な分析を行っていた。

 背後にいるのは気配や呼吸音から考えて複数人。だが、どういうわけか先ほどから話しているのは一人だけ。指令役が一人……?

 ずっと押し黙っていたセピリアだったが、隠し階段がある方の通路から仄かな光が漏れているのを見つけた。

 姿が見えないのが気がかりだったが、どうやらその心配は必要ないらしい。

 そうなると、あとはタイミングを合わせるだけだ。


 ちらりと横を見ると、さすがはギルバートだ。直接言葉にせずとも、この状況への対応策を考えて動き出す準備をしていた。彼は目線とほんの僅かな指の動きだけでコガラスに指示を出していた。敵に悟られぬようにゆっくりと物音一つ立てないように慎重に……いつでも不意打ちをかませる位置取りを取る。


 セピリアはこくんと頷いて、懐に忍ばせていた白い呪文札を手に掲げた。


「呪文札起動! 【パルスフラッシュ】!」


 彼女が宣言した瞬間、呪文札から眩い光が薄暗い広間を眩いほどに照らし出す。周囲一帯を光で包み込む白の全体作用系の呪文札である。


 目も眩むほどの眩しい光でも、あらかじめ目を瞑っていればどうということもない。光に連動するようにコガラスがギルバートの指示で術技を放つ。

 コガラスが放ったのは、強い羽ばたきによって小さなつむじ風を巻き起こす術技、《プチ・ツイスター》。決して大きな威力ではないが、不意の一撃ということもあって敵も咄嗟に対処はできない。コガラスの術技が作り出したその隙にセピリアとギルバートは距離を取って対峙する。


 呪文札による閃光は長くは続かない。相手は態勢を立て直すが、セピリアとギルバートの二人も真っ向から勝負できる構えを取っている。コガラスはギルバートを守るように前方にいつでも攻撃できるように構えているし、セピリアも結晶石から小型の飛竜型レムレス、ドラクンを召喚していた。


【パルスフラッシュ】による光も落ち着いてきて、二人はようやく自分たちを急襲してきた奴らの姿を見ることになった。敵の人数はアシュロンを含めて三人。一人は奇妙な恰好をしている人物で、バイザーのようなものをつけているため、見た目からは男性なのか女性なのかもわからない。


 だが、もう一人の人物。その人物は二人も知っている人物だった。


「な……お前、何の冗談だ……!?」


 まるで予想していなかった人物の登場に、ギルバートは驚きの言葉を漏らした。

 セピリアは言葉にこそ出さなかったが、自分で考えていた中で最悪に近い人物が黒幕だったことがわかって、厳しい顔つきでそいつを睨みつけている。


 その人物は、慣れた手つきで帽子をかぶりなおすと、余裕綽綽よゆうしゃくしゃくの表情で衣服に着いた土埃を払い落とす。


 なぜ、あいつが――駅のホームにいた駅員がここにいるのか!?


 ギルバートは未だ理解が追い付かない。自分たちを背後から急襲してきたことから敵であることは間違いないのだが、なぜ彼が……という思いが考えを鈍らしてしまう。


「クッ……やってくれますねェ……。流石はシルバーランク操獣士ということでしょうか。だがしかし、こちらの人数差は縮まらない。お分かりですかな、この状況?」


 戦闘において人数差というのは圧倒的に有利な状況を作り出す。


 セピリアとギルバートの二人に対峙しているのは、駅員、アシュロン、バイザーを付けた謎の人物の三人である。

 さらに相手はまだ呪文札を使用しておらず、レムレスも召喚していないため、どんな手で攻めてくるのかも不明な状況である。迂闊うかつに仕掛けるわけにもいかず、相手の出方を伺うしかない。この隙に敵の背後から挟み撃ちにできれば一網打尽にしてやれるのに……。

 すると、セピリアの期待に応えるように、広間に声がこだまする。


「カーぼう! 【ファイアボール】!」


 突如姿を現したアユムが駅員たちの背後から攻撃を仕掛ける! ルビー・カーバンクルが放った拳大の火球は威力こそ大したことないが、予期せぬ奇襲の効果は大きい。

 敵が火球を回避しようとしているうちに、機を逃さぬようセピリアとギルバートも陣形を整える。姿を消していたアユムの奇襲攻撃の甲斐あって、人数差による圧倒的に不利な状況が一変し、三人それぞれ一対一で対峙する状況に変わった。


「おかしいですねェ……あなたは先ほど始末したはずですが……!?」


「はん! あんた達の目が節穴だっただけだろ。タネ明かしはお前を縄でぐるぐる巻きにした後でゆっくりしてやるよ」


 駅員はアユムの言葉に呼応するようににやりとほくそ笑むと、結晶石を取り出してレムレスを召喚させた。仲間の二人も同じようにレムレスを召喚させ、戦闘の構えを取った。


「生意気をッ……ここで始末すれば同じこと。いいですね。あなた達! こいつらを逃がすわけにはいかない。全員ここで始末します」


「ッ……わかってますよ!」と徹底抗戦の構えのアシュロンや、計画通りにいかなくて苛立ちを隠しきれずにいる駅員とは違って、謎のバイザーマンは「……フン」と小さく頷くだけで終始不気味なまでに冷静である。


 その間、横目でちらと周りを確認してセピリアの頭は分析を始めていた。先ほどまでの位置関係的に、ギルバートとアシュロン、アユムと駅員、セピリアと謎のバイザーマンが対峙する構図である。

 ギルバートは先刻アシュロンを打ち負かした実力者なので心配はしていないし、正体不明のバイザーマンは三人の中で操獣士ランクも一番上のセピリアが当たる。唯一、初心者丸出しのアユムが気がかりなのだが……彼の真の実力を図るにはいい機会かもしれない。


 ――かくして廃屋の隠し階段から続く広間で、操獣士たちの戦いが始まった。

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