第22話 旅立ち
街で旅に必要な消耗品などを買いながらアトリエに戻ってきた二人。
アユムはマリーのわりと無茶な特訓を無事に完遂し、明日、このアトリエを旅立つことになった。マリーはもう少し、落ち着いてから出発するよう促したが、アユムとしてはマリーの研究の手伝いだけでなく、失われた記憶の手掛かりを探す旅でもある。だから、無理言ってすぐにでも出発することにしたのだ。ここで過ごした時間はそれほど長いわけではないのに、アトリエはすでにアユムにとって居心地がいい我が家のような存在になりつつあった。だからこそ、アユムは早く出立することにしたのだ。
ずっとこのままでいい……マリーの好意に甘えてそう言ってしまいそうだったから。
旅……とはいっても、隣町までそれほど離れてるわけではないので、装備もあくまで緊急時用のものがほとんどだ。マリーが魔改造した退魔の封札もしっかり白の本に挟み込んでリュックに入れる。
アユムが荷造りをしている傍ら、マリーはテーブルの上に広げた研究資料に目を通していた。バトルの時同様に集中している顔のマリーを見ていて、ふと不思議に思った。
前時代的スパルタ特訓に明け暮れていた日々だったので自分のことだけで手一杯だったが、今にして思えば、特訓が終わってからマリーは夜も遅くまでずっと何かの研究を進めているようだった。すごいハカセって言ってたし、学会発表? とか色々やることもあるんだろうに……。結局、彼女の研究内容についてはよくわからないままだったが、他のことを差し置いてアユムの特訓に付きあってくれていたのは紛れもない事実である。
「ねぇ……マリーはさ、なんでここまでしてくれるの?」
マリーには黒の樹海で気絶していたところを助けてもらった。ただそれだけの関係性だ。
それなのに、アユムに操獣士としての手ほどきをしてくれたり、旅の中で気を付けるべきことや、生活の基礎に至るまで色んな事を教えてくれた。今回の出立の物資にかかったお金も全部彼女が出してくれた。今こうしてアユムがフォルトの町を出て、旅に出れるのも、ぜんぶマリーのおかげなのだ。
マリーはどうしてこんなに親切にしてくれるのだろうか……。彼女は優しい人だ、と思う。けど、それだけでこんなに世話を焼いてくれるだろうか? アユムにはその理由がどうしてもわからなかった。立場的にマリーはアユムの師匠だ。実力的にも、心情的にもアユムはマリーのことを師匠だと思っている。だからこそ、師匠の好意にただ甘えてるだけじゃダメだとも思ってしまう。アユムはただ、師匠の真意が知りたかった。
「……手が止まってるわよ。今日中に出発するんでしょ? 日が暮れちゃうわよ」
レポートを書く手は止めずに、マリーは小さくつぶやいた。
「……過ごした時間は短いけど、私にとってキミは弟子みたいな存在だから。それだけじゃ不満?」
「そうじゃないけど……」
「なら、余計なこと考えてないで、さっさと荷造りして今日は早く寝なさい」
「……わかったよ」
すると、マリーはポンと手をついて思い出したように立ち上がった。
「そうだ。キミにこれを渡しておくわ」
そう言って、マリーがアユムに手渡したのは、六芒星の形をした結晶石ホルダー。
ちょうどマリーが身に着けているのと同じタイプのものである。
「一応、免許皆伝の証。ま、餞別と思って受け取りなさい」
腰に吊るして使うホルダーで、歩くのに邪魔にならないちょうどいいサイズだ。
アユムは貰ったホルダーに早速イトミクとルビー:カーバンクルが封印された結晶石を結びつける。マリーの真似して腰に吊ってみると、六芒星のホルダーは不思議と良く似合った。これでアユムも一人前の操獣士というわけだ。
「なぁマリー……」
「なに? 気に入らないなんて言わないでよ?」
「んなこと言わないよ。その……」
アユムはもらったホルダーを大事にぎゅっと握りしめて、ぽつりと言った。
「……いつか、ちゃんと話してくれよな」
「ええ、そうね……」
アユムはマリーが自分に何かを隠しているのは薄々わかっていた。訓練の最中も本気を出したことは一度もなかったし。彼女の本気の実力はまるで未知数で、今のアユム達が逆立ちしても勝てっこないだろう。マリーの隠し事が何なのかまではわからないけど、いつか、その時がくれば話してくれることを信じて、今は理由を聞かないことにした。
マリーもまた同じように思っていた。アユムはきっと私に全てを打ち明けているわけではない。だけど、それもきっと彼なりの理由があってのこと。だから、今は聞かない。その時が来たら、きっと自ずから話してくれるだろうから。
――アユムとマリー。
師匠と弟子はぎこちないけれど、確かな信頼関係で結ばれていた。
きっと、想像している長い旅になる。次にアトリエに戻ってくるのは、いつになるのか……窓から入ってくる穏やかな夜風を浴びながら、アトリエの夜は更けていく。
◇ ◇ ◇
――やがて夜が明けて、いよいよアユムの出発の刻がやってきた。
マリーは地図を広げながら、今回の旅の目的地についてアユムと最終確認する。
「まずはクランがある街を目指すといいわ。ここから一番近いのは……ここね」
ノービスランクのアユムの当面の目標はライセンスのランクを上げること。そのためには各地のクランに挑むのが一番の近道となる。フォルトの町から一番近いのはオウカシティ。隣町から電車に乗ってすぐの町である。
「いよいよ出発ね」
「うん。ホント、マリーには世話になったよ。ありがとう」
肩に背負ったリュックサックがずっしりと重たい。荷物の重さはこれから始まる旅の長い道のりの一端を感じさせた。
感慨にふけっていたアユムを見つけると、マリーが微笑みながらつぶやく。
「なんか神妙な顔してるけどさ。旅に出るんだもん、どうせなら楽しまなくちゃ」
そう言われてもアユムにとっては記憶の手掛かりを探す旅でもある。お気楽な観光気分にはなれない。こういう時に彼は真面目だった。
そんなアユムにマリーが提案する。
「毎日日記をつけること。それがキミの冒険譚になるのよ。そうね……その白い本を日記帳にしたらいいと思うわ」
「冒険譚? そんなのつけてどうすんだよ」
「私が買い取って、出版するのよ。ブログ発ノンフィクションエッセイ、最近流行りつつあるもの。意外とベストセラーになったりして……そうなったら夢の印税生活ね。ひっひひひ」
「人の冒険譚で勝手に商売するなよな!」
「あら? ここまでキミを世話してくれたのは誰だっけ?」
それを言われると、アユムはぐぅの音もでない。
「約束ね。それじゃあ、グズグズしてないで、さっさと行った行った」
「なんか扱いひどくねぇ!?」
そんな感じで強引にマリーから一方的に約束を押しつけられる形でアユムの旅は始まった。旅の目的は、マリーのフィールドワークの手伝い兼、失われた自分の記憶の手掛かりを見つけること。
この旅が長いものになるのか、あっさり終わるのか――この時はアユムにもマリーにもわからなかった。
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